皇妃暗殺 8
泣きながら、今度はフィーアに助けを求めてきた。
「あんただって侍女なんだろ。侍女は命令に逆らえないこと知ってるだろ?」
そう、私はアメリーと同じ侍女だ。エルンスト様の屋敷で一緒に働くヘレナもルイーザもそうだ。
けれど、ルイーザも私もこんなに愚かではない。
もし心に引っ掛かりがあれば、誰かに話せばいい。命令され『はいそうですか』では子供の使いだ。
ただ、アメリーにも同情の余地はある。
実家が貧しくて、お金が欲しかったのだ。
ゲルフェルト侯爵をゆすった度胸には驚いたが。
けれど、皇妃様を殺そうとしたことは許せない。
足元のアメリーを激しい嫌悪感で一瞥した。
「あなたも貴族の端くれならば、プライドを持ちなさい。ゲルフェルト侯の会話を聞いていたのなら、あの液体が水銀であることなんてすぐに察しがつくでしょう。
知らなかった?よくそんなことが言えますね。もし、本当に知らなかったのならば、それはあなたの無知が招いた結果です。あなたが皇妃様を殺そうとした事実は消えません。それこそ万死に値します。無知を後悔しなさい」
冷たく突き放され、アメリーは床に泣き崩れる。
それよりも、広間の皆が驚いたのはフィーアの高潔で毅然とした態度だったようだ。
それはまるで王女然としているようで、同席していた人々はしばらく言葉を失っていた。
フィーアに集まっていた視線がアメリーへと移ったのは、異変に気づいたファーレンハイトがエルンストを呼ぶ声だった。
「閣下っ」
アメリーは自分の喉に爪を立て、激しく搔きむしり、やがて悶絶して倒れた。
「医者を呼べっ」
「はっ」
ファーレンハイトが医者を呼んで戻って来た時には、アメリーの口からは血がながれ、もう息はしていなかった。
医者は動かなくなったアメリーをしばらく観察していたが、立ち上がるとエルンストに告げる。
「恐らく濃度の高い水銀を吸ったか、皮膚についたか。中毒を起こしましたな。水銀の致死量はほんのわずかであるし、この気温です。気化も早かったのでしょう。肺から吸入したせんが強いと思われますな」
アメリ―の脈を確認し、医者は首を振った。
「死んだのか」
先刻助けてやると言ったところで、所詮詭弁だ。皇妃暗殺を企てた人間を生かしておくはずがない。
フィーアの言う通り、無知が招いた結果だ。諦めて冥府への舟に乗れ。
エルンストは同情の余地はないとばかりにアメリーを侮蔑の表情で見つめたその時だった。
「うぐっ!」
それは突然だった。
エルンストの横でフィーアも苦しみ出したのだった。
激しく嘔吐し、その瞳は白目をむいている。
「フィーア!?」
驚いてエルンストが抱きかかえる。
「お前も水銀を吸ったのかっ」
「解毒剤をっ」
医者が叫ぶ。
医者の弟子が鞄から解毒剤を取り出す。
エルンストの腕の中で苦しむフィーアに医者が薬を飲ませようとするが、すぐに吐き出してしまう。
フィーアは眉をよせ、苦悶の表情から解放されない。
「飲んでくれなくては、症状は改善されません」
当たり前のことを、しかも他人事のように言う医者に、エルンストはためらいなく怒りをぶつけた。
「もしフィーアが死んだら、お前にこの世のあらゆる艱難辛苦を味あわせてやるからなっ。覚悟しておけっ」
医者の背筋が凍るくらい、睨みつけたのだった。
エルンストは医者から解毒剤を奪い取ると、自らの口に含みフィーアへと移した。
頼む飲んでくれ。
想いは虚しく、直ぐにフィーアは吐き出してしまう。
あきらめずにエルンストは何度も何度も口移しを繰りかえす。
「フィーアっ!」




