虚飾の城 6
気がつけば夜半を過ぎていた。
「随分お疲れのご様子ですね」
フィーアはグラスにワインを注ぐ。
屋敷に戻ったエルンストは、短い夜を自室でフィーアと過ごしていた。
しんと静まり返った屋敷の空気はどことなく物憂げで、寂しかった。
館でただひとつ明かりの灯った部屋は、密やかだった。まるでその存在を知られたくないように。
互いの体を寄せ合っていなければ、闇に溶けて見失いそうな薄暗い中で、長椅子に背を預け、エルンストは胸に抱く美しい女性の髪に口づける。
「お前の部屋を三階にしたのは正解だった。コンラートやヘレナの監視が届かず、ゆっくりと二人で過ごせる」
口に含んだワインは、渋みが強い。
「ゾフィー様の件はうまくいきまして?」
「まだわからん」
「あまり無理をなさらないで下さいね」
自分を気遣うフィーアを愛おしく感じる。
「今日はこれで失礼いたします。早くお休みになったほうがよろしいですわ」
フィーアはエルンストの腕から、まるで絹の帯がすり抜けるように軽やかに立ち上がった。
「待て」起き上がったエルンストはフィーアの手首をつかむと、フィーアはにっこりと笑った。
「お休みにならないと疲れが取れません」
「もう少しだけ、ここにいてくれ」
フィーアは無言で頷くと、長椅子に座り直した。
そんなフィーアをエルンストが再び包み込む。
「人の心とは儚く、うつろいやすいものだな」
「どうなさいましたの?」
「あれほど愛していたのに、急に心変わりするものだろうか?」
「皇帝陛下のことですか?」
「ああ」
貴族でも愛妾を持つ者はいる。
まして皇帝と言う立場上仕方がないにしても、結婚して半年。早くはないか。
「お前はどうだ?」
エルンストの胸に顔をうずめていたフィーアは顔を上げた。
「私の心がエルンスト様から離れると、おっしゃりたいのですか?」
「お前が俺の腕からすり抜けて、蝶のようにどこかへ行ってしまいそうだ。だからこうして捕まえていないと不安になる」
触れあう肌、伝わる温もり、フィーアの香り。
「私の命はあの日からエルンスト様のものですわ」
あの日——奴隷商人から買った日のことを言っているのか。
「それは、命は俺のものでも心は違うと聞こえるぞ」
「まあ、意地悪を」
二人が初めて会った日、エルンストはフィーアを抱こうとし、フィーアは心のない交わりを拒否したのだった。
「お気になさっているのですか?」
「時々、思い出す」
「・・・わたくしは忘れていました。エルンスト様が沢山の愛情と未来をくださいましたから」
エルンストは頬に温かな感触を感じる。ゆっくりと動く指。
「ご安心ください。わたくしの心もエルンスト様のものです」
少しの間をおいて、「永遠に」と赤い唇が言った。




