蛍の丘 1
城へ出仕するエルンストをいつものように見送った後、フィーアはルイーザに呼び止められた。
「洗濯手伝ってよ」
無言でうなずくと、裏庭へ向かう。
使用人の食堂裏手にあるそこへ出ると、井戸がありその横に干場があった。
屋敷を囲む百合の花はここにもちゃんと植えられている。
井戸の前に置かれた大きな洗い桶の中には洗濯物が山になっていた。
エルンストのシーツは毎日取り換えるし、着替えやその他タオル類や食事用のナプキン、使用人のエプロンなどなど。
すごい量だった。
「このところの雨で、すっかり溜まっちゃったよ」
ルイーザのうんざりする声に、フィーアは同感だった。
「あんたは水汲みしてよ。あたしが洗うから」
フィーアは洗い桶に勢いよく水を入れる。
洗濯石鹸を豪快に泡立てると、その中に溜まったシーツを放り込み、ルイーザはゴシゴシと洗い始める。
あっという間に二人の額から汗が流れてくる。
今日は洗濯物がよく乾きそうだ。
「ねえ、あんたご主人様と何かあったでしょ?」
はっ!?
いきなり核心を突かれた質問をされて、フィーアは井戸から引き揚げていたロープの手を離してしまった。
バッシャーン。桶が水を叩くこもった音が耳い届く。
「図星ね」
ルイーザはニヤリと笑う。
井戸の前で挙動不審なフィーアに近づいてくる。
「ご主人様があんたを好きなことくらい、とっくに気づいてたわよ。おそらくヘレナさんも。コンラートさんはどうだかね」
まさか・・・。
「な、何故、ルイーザはそう思うの?」
「うーん、理由は色々あるんだけどさ・・・」
ルイーザはその理由を列挙し始めた。
第一に、湯殿でのことだと言う。ルイーザはエルンストの背中など流したことはない。
第二に、過去エルンストの寝室にはヘレナとコンラート以外入れたことが無かったこと。
第三に、三階に住まわせたこと。二階にも納戸がある。そこを使わなかったこと。
「きっと納戸は狭すぎたからじゃないかしら」
「使用人にそこまで広い部屋なんて与える?」
「・・・」
「なんだかんだ理由をつけて、ヘレナさんとコンラートさんを納得させたのよ」
知らなかった。
「最大の理由は、あんたを見るときのご主人様の表情よ。どことなくお優しい」
「そんなはずないわ!」
「なにムキになってるのさ」
「えっと、それはその。ルイーザが変なこと言うから。だから、つい――」
フィーアは数日前のことを思い出していた。
あれは突然だったし、自分も混乱していたからエルンストの気持ちを受け入れてしまったけれど、時間が経てば経つほど冷静になり、とんでもないことをしてしまったと後悔し始めていたのだ。
「ねえねえ、あんたついにご主人様のものになったの?」
「ま、まさか!」
あの日の夜は、本当に何も無かった。
ただ抱き合っていただけ。
でもお互いの温もりが、想いを伝えあっていたような気がする。
「あのご主人様が、何もしない・・・。ちょっと信じられないけど」
「本当だってば」
「なーんだ、残念」
ルイーザは一体何を期待していたのだろう。




