それは静かな夏の夜 7
「お休みの邪魔をしてしまって、申し訳ありません」
「誰がそんなことを言った」
「はい。あの、ですからそのうるさくてお休み出来なかったのでは?」
「お前、俺の話を聞いていたか?いいか俺は、今日のハープの音は・・・もういい」
言いかけて、横を向いてしまった。
「も、申し訳ありません」
「・・・お前、謝ってばかりだな」
エルンストは何か言いたげだった。
長い脚を組み、椅子の肘かけに肘を乗せ、指を顎にあてている。
「・・・まあいい。それより何か弾いてくれ。お前のハープの音色は心が安らぐ」
そしてまた、何かを考えるように押し黙ってしまった。
フィーアが何を弾こうかと迷っていると、「よこせ」いきなりハープを奪うと、見事な旋律を奏でだしたのだった。
音楽は奏者の人となりを表わすと言う。
歌こそなかったけれど、長い指からつむがれる音は繊細で優しく美しい。
このかたは、普段はぶっきらぼうで少し冷たいところもあるけれど、優しい心をお持ちなのだ。
ハープを弾くその姿は、まるで神話に出て来る男神のようだ。
窓からは月が見える。窓が額縁となりエルンストと月が一枚の美しい絵画さながらだとフィーアは感銘し、しばしその音色に酔いしれた。
きっと宮廷でも披露されているに違いない。
きらびやかなドレスを身にまとった貴婦人方が、ご主人様のハープで踊っているかもしれない。
フィーアの心に何かが刺さる。
宮廷。貴婦人。
時々、ご主人様は夜勤で屋敷に帰られないことがある。
もしかしたら、このかたは宮廷の美女と浮名を流しているのではないかしら。
急にトクンと胸が鳴った。
そっとエルンストから視線を外す。
言い知れぬ切なさが込み上げてくる。
何故そんなことを考えるのか、自分でも分からない。けれどそれが苦しくて悲しい。
喉につかえた塊が焼けつくようにフィーアを苦しめる。
まるで身の程知らずな小娘に罰を与えるように、じりじりと。
私はこのかたの胸に抱かれることは無い。
ふいに音楽が止まった。
フィーアは我に返る。
フィーアは急に恥ずかしくなった。
なんて不謹慎なことを考えていたのだろう。
エルンストの奏でるハープの音色が甘く切なかったから、抑えていた感情がうずいてしまった。
「フィーア、俺が怖いか?」
ハープを床に置くと、エルンストは一瞬鋭い視線をフィーアに向けた。
けれどすぐに優しく光る黒曜石のような瞳でフィーアを見据えた。
突然の問に、フィーアは驚き答えをためらった。
――怖い。
ヘレナから、エルンストは女性を抱いても愛さない。と聞いていた。
想いを寄せても一方通行で報われない愛。なのに、愛してしまいそうで――怖い。
奴隷という身分を超えて、想いを伝えたい衝動に駆られる自分が――怖い。
「・・・わかりません」そう答えるのがやっとだった。
苦しくて切ない感情が込み上げてくる。
それは胸を今にも突き破りそうだ。
どうしていいか分からず、立ち尽くすフィーアの体はエルンストによって後ろからそっと抱き寄せられていた。
――時間が止まった。




