56.目覚めた力
ロッチアを見送った私は、後ろに立つリファイドへと振り向いた。
「リファイド、お願い」
「ああ、始めよう」
部屋にはマノアさんの他に、蕾が出ている人達も集められ、成り行きを見守り続けた。
国王やカリム殿下やヌェイリブさん、そして調剤師の人達など。
沢山の人達に見守られながら、私は部屋の真ん中に立った。
私の右手にアンナ、私の左手にマリーが触れる。
「「始めます」」
二人の声が重なり合った。
「許可する」
リファイドの返答と共に、アンナとマリーの手に、金色の光が集まって来る。
私はゆっくりと、瞳を瞑った。
「「聖なる光の守護を!!!」」
二人から発せられた力が、サナの手を通じて体内を駆け巡る。
サナの体に広がった二人の力は、光の守護となってサナの体を守り始めた。
◇◆◇
(あれは、なんだろう……)
瞳を瞑った私の目の前に広がる真っ暗な空間。
体の奥底のずっとずっと深い場所に、微かに何かが見える気がした。
私の体の中にある漆黒の空間を、アンナとマリーの力が、ゆっくりと照らし始める。
薄らと二人の力が照らす、私の意識下にある空間が、水を得た魚の様に息を吹き返した。
(そっか……。あなたも、皆んなを守りたかったのね)
私の奥底に眠る力もまた、皆んなを守りたかったのだと言わんばかりに、体内で膨れ上がって行く。
そして私は、両手に集まって行く自身の力を強く感じ取った。
私はアンナとマリーの手を離し、瞳を閉じたまま両手を目の前で組んだ。
湧き上がって来る力に、自分の思いを乗せる。
「お願い!皆んなを助けて。邪紋の恐怖から、みんなを解き放って!!」
目の前で組んだ両手から、優しい光が発光した。
一気に部屋中に広がったサナの力は、部屋の中にいる全ての人を瞬時に包み込んでいく。
パァーっと発光した優しき力は、ゆっくりとその力を消して行った。
マノアだけでなく、その場にいた全員が茫然としていた。
自分の体を包み込んだ、今まで感じた事の無い不思議な力の名残りを、無意識に追い求め続ける。
あの力を求めて視線を彷徨わせたマノアは、ふと自分の腕を見た。
袖口から見えていた邪紋が見当たらない。
ゆっくりと袖口を捲ったマノアの目に、ブワッと涙が溢れ出て来た。
横に立ってそれを見ていたヌェイリブもまた、自分の服を捲って、自身の体を確認した。
そしてそれは、部屋の中にいた邪紋者達全員へと広がって行く。
「「わぁぁあぁ!!!!!」」
部屋の中いっぱいに、喜びの声が湧き上がった。
死の恐怖から解き放たれた人達の、喜びの声が絶え間なく上がり続ける。
この世界に、邪紋に対抗出来る唯一の武器が、目を覚ました瞬間だった。
邪紋が消えたカミゼル国王と、それを見たリファイドが、ガッチリと手を握り合った。
そんなリファイドに向かって、カリムが深々と頭を下げる。
ようやく、願い続けて来た夢が叶ったのだ。
みんなが喜ぶ姿を見て笑顔を見せたサナは、ガクッと意識を失い倒れ掛かった。
直ぐ隣にいたアンナとマリーが、即座にその体を支える。
急いで駆け寄ったリファイドは、サナの無事を確認すると、サナを強く抱き締めた。
この世界の為にと、彼女に捨てさせた物はとても多い。
彼女の犠牲の上に成り立った幸せではあるが、これで何億人もいる邪紋保持者の命を救う事が出来る様になったのだ。
「この世界に来てくれて、本当にありがとう、サナ」
腕の中で眠る、愛しい人。
そんな彼女の頬に、リファイドはソッと優しいキスを落とした。
◇◆◇
外壁門では、激しさを増す攻防が繰り広げられていた。
カムネッカ王国の沢山の兵士達から発せられる攻撃に、砦の騎士達が次々と傷付き倒れて行く。
それでも、砦の回復師や備蓄として溜め込んだ各種回復薬を使い、何とか漆黒の門を死守し続ける。
門の外に集まっているカムネッカ王国の兵士を見たロッチアは、悔しさから唇を噛み締めた。
外に広がる広大な敷地を埋め尽くす程の兵士達。
砦の兵力の三倍はいるであろうその数に、砦の騎士達の士気が落ちて行く。
彼らの侵入を許せば、間違いなくサナは殺される。
なんとしてでも、この門を守らなければならなかった。
その時、カムネッカの兵士達が左右に分かれ、一本の道を開け始めた。
その道を歩いて来る一人の美しい女性。
真っ赤なドレスを身に纏い、白銀の長い髪を揺らして歩いて来る。
戦場と化したこの場に似つかわしくない異質なる存在に、砦の騎士達が息を呑んだ。
真っ赤なルージュをひいた唇を引き上げ、体の横へと下ろした左右の手には、溢れんばかりの真っ赤な魔力が高まりを見せ集まっていく。
圧縮されたその力の塊からは、膨大な魔力が感じ取れた。
力の差は明らかだった。
「なっ!」
「あんなの防げるかよ!」
「クソッタレ!!」
砦の騎士達が、全魔力を使って防御壁を張る。
しかしそれでも、あの魔力に耐え切れるほどの力は無い。
ユマは引き上げていた唇を開き、言葉を溢した。
「さようなら」
両手を天に上げ、其々の手が作り上げた魔力を一つにする。
強力な魔力を放つそれは、次の瞬間、外壁門に向かって放たれた。
誰もが駄目だと目を瞑った、その時だった。
「アクアシールド!!!」
外壁門に張られた結界を守る様に、その上に強力なシールドが瞬時に張られた。
激しい音を立ててぶつかり合った力と力だったが、ユマの力はアクアシールドを破壊して、砦の騎士達が張った結界にぶつかりを見せる。
しかし、アクアシールドによって弱められたユマの力は、砦の騎士達の結界の前に打ち消された。
ギリッと歯噛みしたユマは、外壁門の上に立つ、金色の髪を風に靡かせた一人の男性を睨み付けた。
「どうして邪魔をするのです、リファイド殿下!これは、国王からの命令なのですよ」
ユマの言葉を聞いていたリファイドだったが、彼は彼女から視線を外した。
そして、大地を埋め尽くすほどに広がったカムネッカ王国の兵士達へと視線を移した。
「カムネッカ王国の兵士達よ。例え国王の命令とは言え、この砦を攻撃する事を私は了承しない。今直ぐに、武装を解除せよ」
砦の前に集まっていた兵士達は、一様に戸惑いを見せた。
自分達が崇拝するリファイド殿下からの言葉だったからだ。
しかし、自分達は国王の命を受けて此処にやって来ている。
彼の言葉でも、そう簡単に引く訳にはいかなかった。
そしてもう一つ、リファイドの命が兵達に届かない理由があった。
この兵達を率いている騎士団の存在だ。
兵達の前へと歩み出た騎士団の者達の瞳には、リファイドに対しての怒りが映し出されている。
馬を進め、皆より前に出た騎士団長が声を上げた。
「リファイド殿下。お聞きしたい事がございます。貴方様は何故、王位継承権を放棄なさったのですか?」
何も知らない砦の騎士達と、事情を知らされていなかったカムネッカ王国の兵達が、驚き顔を向けた。
数日前に城で行われた式典の最中に、リファイドはもう一度国王に直訴した。
サナを聖女として認めて欲しいと必死に訴えたリファイドの願いを、国王は簡単にあしらった。
私の決定は変わらないと伝えられたリファイドは、その場にて王位継承権を放棄し、城から姿を消したのだ。
ずっと彼を信じ、命を賭けて付き従って来た騎士達にとって、このリファイドの行動は裏切り以外のなにものでも無かった。
リファイドに打ち捨てられた彼らの怒りは、この黒の砦へと向けられている。
「ガレイジム。お前達の私に対する怒りは、十分理解している。だが、私がこの行動を取らざるを得なかった理由を、お前は良く知っている筈だ。それでもお前が私に尋ねて来るのなら、私もお前に尋ねよう。お前は何故、この砦にいる真の聖女を殺そうとするのだ」
戦場に大きな響めきが起きた。
自分達が崇拝するリファイド殿下が、真の聖女とまで言う存在。
それを亡き者としようとしている話は、ここにいる兵達は勿論、騎士団の半数以上が知らされていなかった。
そんな彼らの戸惑いを見て、ユマが慌てて口を挟んだ。
「お待ち下さい、リファイド様。真の聖女とはなんなのですか?貴方の聖女は、この私です!」
「ユマ。私は貴女が何処から来たのかを、サナから聞きました。貴女が聖女で無い事は、貴女が一番よく知っていますね」
「な、何の話ですか。私は、貴方が召喚した聖女です。あの子は偽物。偽物の話に惑わされないで下さい!」
「いや。私が召喚した聖女は、間違いなくサナの方だ。彼女の持つ奇跡の力を、私は二回もこの目にした。サナが偽物である訳がない。ユマ。貴女は、異世界から時空間へと送られた追放者ですね」
リファイドの確信を持った発言に、カムネッカ王国の兵士達の顔が、一気に青褪めた。
時空間へと追放された者。
それは強力な力を持つ犯罪者への処置である事は、誰もが知っている。
自分達が信じていた聖女が追放者だった。
その事実を突き付けられた兵士達は、その目に恐怖を浮かべながら、ユマから距離をとって行く。
聖女だからこその強力な力だと思っていたのに、追放者だからこその強力な力だった。
同じ力でも、その意味合いには天と地ほどの差がある。
彼らの怯えを見たユマは、怒りをあらわにした。
「何よ、それ……。今まで散々、私の力を使っておいて、なんなのよ、それは!!」
ユマのピンク色の瞳が、怒りでその色を増し、真紅の瞳へと変わる。
ユマの怒りと共に、彼女の手には魔力が集まり、そして急激に高まっていった。
膨大な魔力の高まりに、リファイドが焦りの声を上げた。
「やめろ、ユマ!!!」
彼の声と共に、ユマの強力な力が解き放たれた。
大地を揺るがす程の大きな爆発は、砦の騎士達が守る漆黒の外壁門をも吹き飛ばすほどの破壊力を見せた。




