57.聖女と呼ばれる者の力
意識を取り戻したリファイドは、顔を上げて辺りを見回した。
後ろには破壊された漆黒の門の残骸が広がっている。
先程までその門の上にいた筈の自分は、砦の外の地へと倒れ込んでいた。
ふと横を見ると、気を失っている側近のレイザが倒れている。
その姿を見たリファイドは、あの一瞬の出来事を理解した。
ユマの脅威的な力の高まりを見たリファイドは皆を守る為、アクアシールドをユマへと向かって掛けた。
アクアシールドの中で放たれた強力な魔法は、アクアシールドを破壊して、周囲の者達を巻き込み爆発を引き起こす。
シールドの効果によって威力を抑えられた力ではあったが、その被害は甚大だった。
砦の騎士も、カムネッカの騎士や兵士達も、自身の魔力による結界を瞬時に張って身を守ったが、立っている者はかなり後方にいる兵士達だけだ。
リファイドがユマへとシールドを張ろうとしているのを見たレイザは、即座に自分とリファイドにシールドを張って攻撃魔法から身を守った。
リファイドのサポートを目的とした、後衛力に特化している彼だったからこそ、あの状況で二人の身を守る事が出来たのだ。
「ウグッ……」
体を動かそうとしたリファイドに、激痛が走った。
腹の傷から溢れ出る血が、彼の服を赤く染めていく。
痛みに耐えるリファイドに、スッと影が差した。
なんとか顔を上げて見ると、冷たい瞳で彼を見下ろすユマの姿があった。
「ねえ、リファイド様。これで分かって頂けましたよね?今からでも遅くはないです。貴方には私が必要だと仰って下さい」
「……何故、私にそれを求める。貴女程の力があれば、私の気持ちなど関係ない筈だ」
「貴方の必要とされたいのです。さあ、早く仰って。でないと、今度は砦ごと破壊してみせますわ」
脅しでは無いと、ユマは力を高めてみせる。
それだけの力があれば、間違いなく砦内部の破壊は可能となる。
「それは出来ない。私は貴方の気持ちには応えられないからだ。周りの者達は、私と貴女の問題には関係ない。殺したいのなら、私を殺せば良い」
「私は貴方を失いたい訳では無いのです。貴方さえ一言、私が必要だと仰って下されば、それで済むのです。さあ、リファイド様。ご決断を……」
ニッコリと微笑んだユマは、その掌をリファイドの横に倒れているレイザへと向けた。
リファイドを守る為に、力の全てを使ったレイザは、未だに意識を取り戻していない。
彼を失いたく無いリファイドは、苦渋の表情を浮かべる。
「私は……」
リファイドの言葉を待っていたユマは、ハッとすると顔を上げた。
切り付けられた炎の剣を、シールドでブロックしながら後方へと飛ぶ。
薄茶色をした短髪の若い騎士は、チッと舌打ちを落とした。
彼の姿を捉えたリファイドは、力無く地へと顔をついた。
優秀な騎士であるロッチアの攻撃でも、ユマには届かない。
魔力によって剣を弾いたユマは、即座に攻撃魔法を発動させる。
「死になさい!」
ロッチアに向けて放たれた風の刃は、彼の体を次々と傷付けていく。
剣で防ぎ続けていたロッチアだったが、ついにその膝を地へと付けた。
「聖なる光の守護!」
「光の波動!!」
女性二人の声が響き渡り、光の薄い膜がロッチアを包み込んで、風の刃の攻撃から守護し始めた。
それと同時に、光の波動による攻撃が、ユマを後方へと押しやっていく。
倒れているリファイドへと駆け寄ったアンナとマリーは、直ぐに回復魔法を掛けて傷口の応急処置をした。
意識を取り戻したリファイドは、二人の姿を見て怒りを示した。
「何故、ここに来た。お前達にはサナを守れと命じた筈だ」
「「はい!わたくし達は、いつでもサナ様と共に」」
にこやかな笑顔を見せた二人は、門を失った外壁の上へと視線を移した。
リファイドが顔を向けると、そこにはカミゼル国王と共に立つサナの姿が有った。
「お願い。皆んなを助けて!!」
両手を組んだサナから不思議な力を放つ光が溢れ、それは一気に戦場へと広がりを見せた。
優しくて暖かい光は、戦場に倒れし者達を一人一人フワリと優しく包み込み、そして癒していく。
目を覚ましたカムネッカの騎士や兵達は、自身の体から消えて行く傷を見ながら立ち上がり、そして外壁の上に立つ少女へと視線を移した。
金色の優しい光を放つ水色の服を着た少女。
あの日戦場で見た聖女の姿を再びその目にする。
サナを見た兵士達が、口々に叫び始めた。
「あの時の聖女様だ!」
「我らをお救い下さった、あの聖女様だ!」
「間違いない!あの方こそが、我らをお救い下さった聖女様だ!」
次々と上げられる兵達の声は、次第に大歓声へと変わって行く。
その様子を見ていたアンナとマリーが、にこやかな笑顔をリファイドに向けた。
「サナ様に、あの時と同じ服を着て頂いて、正解でしたね」
「ああ、そうだな。だが、この力を見れば、疑いようが無いだろう」
ユマの力によって壊滅状態だった騎士や兵達が、サナの力によって全員傷一つなく回復していく。
こんなに凄い回復力が使える者は、この世界に二人といないだろう。
アンナとマリーに支えられていたリファイドは、二人の手を断って立ち上がった。
彼の横には、意識を取り戻したレイザが並ぶ。
リファイドは自分達を包み込んでゆっくりと消えていく奇跡の光を、いつまでも見守り続けた。
◇◆◇
光の中にいたユマは、その不思議な力を前に茫然としていた。
「嘘でしょ……。なんなのよ、この見た事もない不思議な力は……」
ユマのいた世界でも、これ程までの回復力を持った力など見た事はなかった。
しかも、これはただの回復魔法ではない。
感じた事の無い不思議な感覚と、神聖なる力をも感じ取れる。
魔力とよく似ているが、明らかに魔力では無かった。
「これが、聖女と呼ばれる者の力なの?」
ふと前を見ると、先程自分を攻撃して来た騎士の男が、光を浴びながら自分の服をめくり上げた。
彼の左の脇腹には漆黒の蔓が描かれているが、優しい光の輝きと共にその蔓が薄くなって消えて行く。
「嘘……。魔源花の蔓が消えた……」
目を見開いて驚きを示したユマに、ロッチアが顔を向けた。
「魔源花の蔓?邪紋の事か?」
「邪紋?」
首を傾げたユマは、城にいた頃に知らない人達が話していた言葉を思い出した。
『リファイド殿下は、邪紋を消そうとしているらしい』
『なんと!感染経路すら分からない奇病が、もし殿下の御身に現れでもしたらどうするのだ!今直ぐにやめさせなければ!』
あの人達が言っていた邪紋って、魔源花の事だったのね……。
まさか、あれを消す事が出来る人が居るだなんて……。
明らかに自分とは違い過ぎる力。
リファイドが自分では無く、あの少女を聖女だと言い放った理由が分かった気がする。
(でも……。それでも、私は……)
グッと拳を握り締めたユマは、外壁門の上に立つサナをジッと見つめ続けた。
力の収まりを見届けた国王は、サナの手を取り外壁の上から姿を消すと、下の地へとその姿を表した。
「リファイド!」
駆け寄って来たサナを、リファイドはその腕に抱く。
そして、国王の顔を見た。
「国王自らこの様な場所へと来るのは、いかがなものでしょうか」
「大国の第一王子が戦っておられるのです。私が出て来ても問題はないでしょう。それに、息子を部屋に閉じ込めて来ておりますので、ご安心を」
ん?っと顔を上げたリファイドは、国王の穏やかな笑みを見て、クスリと笑みを返した。
砦の住民達を心の底から大切にしているカリムが、この戦場に姿を表さない理由。
それはこの国王が、跡取りを守る為に閉じ込めて来たからだったらしい。
きっと今頃、ブチギレている頃だと思われる。
「私は知りませんよ」
「多少のフォローを期待致します」
笑い合ったリファイドとカミゼルは、周囲へと意識を移した。
傷を癒して貰い立ち上がった黒の砦の騎士達が、次々と鎧やシャツを脱ぎ捨てて行く。
そして、歓喜の声を上げていた。
死ぬまで消える事の無い邪紋への恐怖に縛られ続けて来た彼らは、たった今、その恐怖から解放されたのだ。
真の聖女の元、砦の騎士もカムネッカの兵達も喜びの声を上げ続けている。
全員の気持ちが一つになった瞬間だった。




