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52.異世界から来た聖女

部屋から飛び出そうとした私を、騎士の人達が囲み込んで引き留めた。


「離して!こんな酷い嘘を吐くなんて、皆んな大っ嫌い!」


彼らの手から逃れようと泣き喚く私の背後に、一人の男性が歩み寄った。

彼は私の前まで来ると、その歩みを止めた。


「それは、私が命じた事だ」


真っ直ぐに見つめるカリム殿下に、私は涙で濡れた瞳を向けた。


「カリム……殿下。どうして……。なんでそんな事……」


「仕方がなかった。彼がサナを迎えに来たら、この砦の住人は、邪紋から助かる手立てを失ってしまう。時間を稼ぐ為に、私が彼らに命じてついた嘘だ」


「どうして?私はみんなを見捨てたりなんかしないわ!それにリファイドだって、邪紋を消せると知ったら、喜んで協力してくれるのに!」


真剣に伝えたサナの言葉を、カリムは小さく馬鹿にした様な笑いを落として否定した。


「それは、どうだか。どうせ直ぐに城へと連れて帰り、カムネッカ王国の象徴とするに決まっている。他国にとっては、邪紋を消す事など大した事ではないからな」


「違う!それは違うわ。リファイドは、邪紋をこの世界から無くそうとしていたのよ」


「それは無い。大国の王子が、邪紋など気にかける訳があるまい。お前は、あの王子に騙されているんだ!」


壁の上にいる時に、リファイドが話してくれた心の傷。

彼が邪紋を気にかける理由を、サナだけは知っている。


騙されてなんかいないと、サナは大きく左右に首を振った。


「違う!違う!絶対違う!!リファイドは小さい頃、邪紋が出てしまった人を助ける事が出来なかったの。その事をずっと後悔しているわ。だから彼は、邪紋の研究をし続けて来たのよ」


「嘘を言うな!そんな話は聞いた事がない。奴らはずっと邪紋者を迫害し続けて来た。その所為で、ここにいる者達は皆、家族も住む所も奪われ、追い出されて来たんだぞ」


「嘘なんかじゃ無いわ!証拠だって有るもの」


「証拠?ならば、その証拠とやらを見せてみろ!」


サナはグッと言葉に詰まった。

リファイドには、自分が戻るまで誰にも言ってはいけないと言われている事がある。

でも、彼らを納得させられる証拠は、これしか無かった。


覚悟を決めて顔を上げたサナは、真っ直ぐにカリムの顔を見つめた。


「私がこの場にいる事こそが、その証拠です。私は、この世界の住人では無い。リファイドによって召喚された、異世界の住人なのです」


「えっ?」


その場にいる誰もが、サナの発言に驚き、茫然とした。


サナが告げた予想外の言葉は、直ぐに頭に入ってこなかった。

召喚……。異世界……。

頭の中で反芻させる事で、なんとかその言葉を理解する。


「ま、まさか……。失われたと言われている禁術……聖女の召喚の儀を行ったのか!だからこの世界に、急に聖女が……」


もう何百年も現れていなかった、伝説としてのみ語り継がれてきた聖女。

本当に存在したのかどうかも疑わしくなっていた現代に、尊き存在の筈の聖女が急に何人も現れた。


カムネッカ王国の禁書庫にて、厳重に保管されている禁術書に書き記されているこの秘術は、もう二度と使える者は居ないとされていた。


誰もが認める清廉潔白で完璧な王子。

穢れひとつ無い、輝かしい功績だけを持つあの王子が……。

カリムは首を振りながら、サナの告げた事実を否定する。


「いや……。そんな話は信用できない。あの王子が、禁術に手を出しただなんて、とてもじゃ無いが信じられない……」


その時、彼の否定を打ち消す声が部屋の中に響き渡った。


「カリムよ。その少女の言っている言葉に、嘘偽りはない」


皆がその声に視線を向けると、部屋の入り口からカミゼル国王が姿を表した。


「父上……」


「この城からリファイド殿下が出立する日に、私は極秘に手紙を受け取った。そこには、この砦に送られた少女サナは、自分が行った聖女召喚の儀によって異世界から来た者だと記されていたよ。殿下は邪紋を消す為に、とうとう禁術にまで手をお出しになられてしまったのかと驚かされた」


「……お待ち下さい、父上。何故、あの方が父上にその様な話をするのですか?それにそのお話では、まるで父上は、あの方が邪紋を消そうとしている事を知っていたかの様に聞こえるのですが……」


「ああ、知っていた。もう何年も前からずっと、邪紋の研究に協力して欲しいと、何度も頼まれ続けてきたからな。だが私は、貴方は邪紋に関わるべきではないと断り続けた。結局は、殿下の強いお気持ちを変える事は出来なかったがな」


「そんな……。リファイド王子が邪紋を消そうとしていただなんて……」


父王の発言に、ようやくカリムはその事実を受け入れた。

迫害され続けて来た邪紋者達。

黙っていても全てが手に入るあの大国の王子が、人知れず邪紋者に寄り添ってくれていた。


邪紋者の未来を何とか変えようとしてくれていたあの方を、自分は戦場で見殺しにしようとしてしまったのだ。


「私はなんて事を……してしまったんだ」


カリムは小さく後悔の呟きを零した。

部屋の中がシーンと静まり返った、その時だった。


カーン、カーン、カーン!!!と言う激しい鐘の音が黒の砦に響き渡った。

スッと外へと視線と意識を向けた国王は、砦の外に近付く気配を感じ取り、クスリと笑みを溢した。


「やれやれ。あの方は、また危険な事をお考えの様だ。サナ、私と一緒に来なさい」


「えっ?は、はい!」


差し出された手にサナが触れると、フワッとした空気が二人を包み込んだ。

そして、あっという間に、黒のお城にある屋上の様に広いバルコニーへと移動する。


固く閉じられた漆黒の門からは、外へと向かって沢山の攻撃魔法が放たれ続けていた。

壁の上で次々と光る、激しい閃光を見た国王は、空に向かって魔力を放った。


『砦の騎士達よ。我、カミゼル国王の名に於いて命ずる。直ちに攻撃を中止せよ。繰り返す。攻撃を中止せよ』


カミゼル国王の言葉が早いか否か、漆黒の門の上空に虹色に輝く大きな球体が姿を表した。


その美しい球体を見たサナは、大きく目を見開いた。

あの球体は、前に砦の壁の上で見た事がある。


「あれは、アクアシールド!!」


あれだけ大きなシールドを張れるのは、あの人しかいない。

瞳を凝らして半透明な球体の中を見ると、馬に乗った四つの人影が見える。


近寄って来た球体の中に、真っ白な白馬に乗った彼の姿を見つけ、頬を緩ませたサナはバルコニーを走り出した。


「リファイド!!!」


漆黒の城を目指して飛んで来たリファイドは、バルコニーを走る愛しき人の姿を直ぐに捉えた。


ゆっくりとバルコニーに着地したリファイドは、急いでルースタリアから降りると、シールドを解いてサナへと駆け寄った。


「サナ!!」


「リファイド」


サナはリファイドの胸へと飛び込み、その逞しい体へと強く抱きついた。


リファイドは本当に生きていた。

約束通り、サナの元へと帰って来てくれた。


「良かった……。無事でよかった」


顔を上げてもう一度、彼の無事を確認する。

サナを映し出したスカイブルーの瞳が、フワリと喜びの色を増した。


見つめ合っていた瞳をゆっくりと瞑ったサナの唇には、互いの無事を確かめ合うかの様に、何度何度も深いキスが落とされ続けた。



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