53.時空間の常識
「まあぁ!!リファイド殿下は、膝をついて諦めになられたのですね」
「そうなの!私、本当に辛くて……」
「まあぁ!!あれだけサナ様に、必ず戻って来るとお約束をなさっていたのにですか?」
「うん。そうなの!」
「「まあぁぁ!!!!信じられませんわ」」
ソファーに座って繰り広げられているサナとアンナとマリーの会話に、その隣のソファーに座っていたリファイドとレイザが小さくなって行く。
彼らの向かいの席に座っているカリムとヌェイリブ達もどうしたら良いものかと、顔を見合わせた。
リファイドとの感動の再会が落ち着いて来ると、今度はサナの心に、激しい怒りが込み上げて来た。
たまたまカリムがあの場にサナを連れて行ってくれたから良かったものの、大人しく城で待っていたら、彼の死は現実の物となっていたであろう。
あんな危険な事をしたリファイドに、怒るのは無理もない。
まだまだ怒りが冷めやまぬサナに、ヌェイリブが声を掛けた。
「サナ、少し落ち着いて……」
「嫌です!それに、皆んなが私を騙していた事も、私は忘れていません!」
サナはプイッと顔を背けた。
ロッチアや騎士達を含む、カリムやヌェイリブ達も、サナの怒りの前にバツが悪そうに口を閉ざして俯いた。
プリプリと怒り続けるサナの向かいのソファーに、何故か一緒について来たマリク達が笑いながら腰を下ろした。
マリク達用にメイドさんが出してくれたジュースを美味しそうに飲みながら、顔を上げる。
「もう、その辺で許してやれよ、ねえちゃん」
「マリクは黙ってて。そう簡単には許さないんだから」
「うーん。でもさ。俺はずっとねえちゃんの話を色々と聞いてきたけど、どの話も仕方無かったんじゃないかなぁって思うんだ。大切な物を守るために、男は戦場で命を賭けるものだし、にいちゃん達騎士は、国の決定には絶対に逆らえないものだしさ」
「それは、そうだけど……」
「カリム殿下だって、国を守る為の決断だったんだろ?だったら、そんなの怒ったって仕方ねえじゃん。丸く収まって良かったなって思うべきだと、俺は思うけどね」
うんうん、とマリク達は頷きを落とし合った。
マリク達の言いたい事は分かる。
納得はいかないけれど、理解しなければならない事なのだ。
キュッと口を閉じたサナを見て、ホッと吐息を溢したリファイドは、目の前に座るカミゼル国王とカリムへと視線を移した。
「カミゼル国王。話さなければならない事がある」
「ええ。お聞き致しましょう」
「近いうちに、カムネッカ王国の兵が、聖女ユマと共に、この砦に攻めて来る」
「なんと!もう一人の聖女様が……」
リファイドと国王の会話を聞いていたサナは、驚いて立ち上がった。
「えっ!ちょっと待って!どうしてユマが攻めて来るの?」
「ユマは、国王の命令を受けているからだ」
「そんな……」
サナへと返答したリファイドは、顔をカミゼルへと戻す。
「表向きは、国に反逆の意思を見せた黒の砦の制圧です」
「ならば、彼らの真の目的は?」
「黒の砦の聖女の抹殺」
部屋にいる全員が驚愕し、そしてサナへと視線を向けた。
サナもまた、思いもしなかった内容に唖然とする。
「えっ?……それって、私を殺すって事?」
「ああ、彼らの狙いはサナだ。国王は、ユマの他に聖女がいる事自体を認めていない。でも、私が絶対にそんな事はさせない。サナを守る為に、私はここに来たのだから」
「……うん」
リファイドが側にいてくれるのなら、なんとなく安心できる。
でも、やっぱり自分の命が狙われていると聞いて、内心穏やかではいられない。
ソファーに座り直したサナの手に、アンナとマリーが優しく触れる。
大丈夫だと瞳で伝えてくれる二人に、サナはありがとう、と笑顔を返した。
「聖女様が、もう一人の聖女様の命を狙うとは……。何故そのような事に……」
カミゼルの言葉を聞いていたカリムは、ふと疑問を持った。
その瞳をリファイドへと向ける。
「あ、あの!先程サナから、サナは召喚の儀によって異世界からこの世界にやって来た聖女だと聞きました。カムネッカ王国にいる聖女は、どうなのですか?」
「彼女もまた、召喚された聖女だ。私が行った聖女召喚の儀で、何故か二人の聖女がこの世界に召喚されてしまった。ただ、サナの力とユマの力は全くの別物。ユマには、邪紋を打ち消せる様な力は無いと思う」
「一度の召喚の儀で、二人の聖女が……」
そんな事があるものなのだろうか。
通常の召喚は、複数体を一気に召喚する事はできない。
そこは禁術だから出来たのか?と、無理矢理納得をしてはみるが、やはり首を傾げたくなる内容だった。
皆んなの顔から何処か納得いかないと言う空気を感じ取ったサナは、これはやっぱり伝えておいた方が良いのかもしれないと、リファイドへと視線を移した。
「……あ、あのね、リファイド。……その事なんだけど……」
「ん?どうかした?」
「あのね……。もしかしたら、ユマはリファイドが召喚した聖女では無い……のかも……」
「えっ?それはどうして……。ユマの事について、何か知っているのか?」
「私も詳しくは分からないの。でも、リファイドが召喚しようとしていたのは、多分私なんじゃ無いかなってずっと思ってて……。あの時、異世界に行きたくなくて、真っ暗な空間の中で、私はずっと抵抗していたの。その時、声を掛けてきたのがユマだったから」
「真っ暗な空間?召喚の儀で、空間の中を通って来たという事かな」
「うん。私の部屋からこの世界に来るまでにあった空間。そこにユマがいたの。確か、私も連れて行ってって言ってた様な気がする」
私の言葉に、皆んなの顔色が瞬時に変わったのが分かった。
不穏な空気へと変わった事に戸惑いを見せた私に、マリクが慌てて口を開いた。
「ねえちゃん!それってまさか、空間にいた奴を連れて来ちゃったって事?何でそんな事したんだよ!」
「別に連れて来た訳じゃなくて、ユマが私を助けようと手を伸ばしてくれたのを掴んだだけなの。でもそのまま引き摺り込まれちゃって、結果的には一緒に来た事になっちゃったけど……」
「ばっ、馬鹿じゃねえの!世間知らずもそこまで行くとヤバイだろ。時空間にいる奴なんて、ほぼ百パーセント凶悪犯なんだぜ」
「ええっ!凶悪犯?まさか、そんな事有る訳無い……よね?」
私が周りの人達に同意を求めると、全員が首を振って否定した。
呆れ顔のマリクの口撃が続く。
「時空間の中に入ると、魔法が使えなくなる。だから、手に負えない強力な力を持つ犯罪者とかを永久追放したりするのに使うんだよ。この世界だけじゃなくて、魔力を有した他の世界でも、間違いなく皆んなそうしてるってくらい常識なんだぞ。ねえちゃんは、どれだけ呑気な世界から来たんだよ!」
「そんな……。だってユマが犯罪者だなんて、知らなかったし……」
そんな事を知っていたのなら、勿論ユマの手を取る事はしなかった。
知らなかったんだから、仕方が無いよね?
呑気な世界……日本の住人で、本当にすみません。
「これはマズイ事になりましたな、リファイド殿下。ユマと言う少女の力が、強力な訳です」
「……ああ。まさかユマが、追放者だとは思ってもいなかった。だから魔法陣に、サナとユマの二人が……」
リファイドの顔もかなりの強張りを見せている。
私は知らないうちに、とんでも無い事をしてしまった様だ。
「城の兵士達だけなら、私の言葉を使って下がらせる事が出来るかも知れない。だが、ユマだけは違う。サナの言っている事が本当なら、間違いなく口封じに動く筈だ。大至急、この砦の戦力の確認をしたい」
「ええ!分かりました。ヌェイリブ!」
「はい!大至急、騎士団長達を集めます」
部屋にいた男性達が、慌ただしく動き始めた。
情報収集の結果、ユマ達はもうすぐ側までやってきている事が分かった。
この砦に訪れる危機は、近いうちに必ずやって来る。
砦を巻き込んだ回避不可の戦いが、今始まろうとしていた。




