49.もう一人の聖女
人々が慌ただしく走り回る真っ白な城の中を、リファイドは少し足速に歩いていた。
宰相達の引き留めをも無視して、無理矢理父王のいる間へと入って行く。
驚きながら顔を向けた父王に、リファイドは歩み寄った。
「父上、これは一体どう言う事なのですか!」
「なんの話だ?」
「私とユマの婚姻の話です!何故その様な話が、私の知らない所で進んでいるのですか」
「ん?言ってなかったか?……だがお前は、西の国を救った英雄だ。聖女であるユマと結婚し、次期国王としてその地位を示さねばならぬ」
「あの戦場での聖女の話は、父上にもキチンとお伝えした筈です。黒の砦に幽閉された少女サナが、その力を発揮して、あの戦いを勝利へと導いてくれたのだと……。それなのに何故、その時の聖女がユマであったと、偽りの情報が流れているのですか」
物凄い剣幕の息子を見て、国王はフウッと吐息を落とした。
軽く手を挙げて、部屋から近衛をも退室させると、もう一度リファイドへと視線を戻した。
「リファイドよ。この世界に聖女は二人もいらぬ。言いたい事は分かるな」
「まさか、サナを殺すおつもりなのですか?表に集まっている騎士達は、その為だと言う事ですか?」
「黒の砦は我らに牙を剥いた。当然とも言える判断だ。その過程で、幽閉した少女がどうなろうとも、私には関係ない」
「父上!!!」
食い下がるリファイドに、国王は怒りの表情を見せて立ち上がった。
「いい加減に目を覚ませ、リファイドよ!お前は黙って私に従っておれば良いのだ。元はと言えば、お前が聖女の召喚の儀を強行した事が原因では無いか!」
「ですが、父上。サナの力はきっとこの世界に生きる者達を救う力となってくれます。どうか、お考え直し下さい」
「その様な力は必要無い。今、この世界に必要なのは、ユマの絶対的な攻撃力だ!」
「父上!」
「話はこれまでだ!ユマとお前の婚姻は決定事項。変更する気はない!三日後に行われる式典で、正式に公表をする。分かったな!」
「お待ち下さい、父上!私の話を……」
「必要ない!私は、下がれと言っておるのだ、リファイド!!」
フィッと顔を背けた国王は、リファイドを無視してバルコニーへと歩いて行ってしまう。
それを見送ったリファイドは、グッと唇を噛み締めた。
「貴方は、いつもそうだ……」
スッと背を向けたリファイドは、静かにその場から退室をする。
その美しいスカイブルーの瞳には、父王への失望が色濃く映し出されていた。
◇◆◇
廊下を歩くリファイドに、真っ赤なドレスに身を包んだユマが歩み寄った。
「リファイド様」
「ユマ……」
笑顔で歩み寄ったユマは、熱を帯びた瞳でリファイドを見つめた。
「先程国王より、三日後の式典で、私とリファイド様の婚姻の決定を公表するとお聞き致しました」
「その事なんだが、私は納得していない。ユマからも父上に言っては貰えないか?」
「何故ですか?私とリファイド様が婚姻をすれば、次期国王として揺るぎないお立場を得られるとお聞き致しました」
「私が求めているのは立場では無い。民の幸せだ」
「ええ。ですから、貴方が国王としてお立ちになれば、とても素晴らしい国が出来て、民達は幸せな生活ができる事でしょう」
ユマはニッコリと微笑みながら、リファイドの手を取った。
「先の戦いで、魔物の数が激減したそうです。魔物を倒すと言う共通の目的が薄れて来た今、他国との関係も変わってくる事でしょう」
「それは分かっている。だからこそ、私は黒の砦に対する武力での制圧を望まない」
「ですが、リファイド様」
「もう良い。貴女の考えは分かった」
「あっ。リファイド様!」
リファイドはユマの手を振り解くと、自室へと戻って行った。
その背を見送りながら、ユマは唇を強く噛んだ。
(どうして……。なんで、喜んでくれないの?私は貴方の為だけに、ここまで頑張って来たのに……)
数ヶ月前。
東の土地に魔物の大群が現れたと一報が入り、国王からユマへと魔物殲滅の要請が入った。
表向きにはお願いであったが、これは強制的な意味合いを持つものだった。
力を示せ。
さもなくば、お前もあの女と同じ道を歩む事になる。
役に立たない聖女など、この世界に必要無い。
魔力によって直接頭に伝えられた言葉は、そう告げていた。
魔物との戦いで自分の力を示さなければならなかった私は、かなり無理をした。
魔物の大群に対処する為の広範囲魔法、そして確実に倒す為の究極魔法の連発は、流石に身体へのダメージが大きかった。
起き上がる事も辛い位のダメージを負ってしまい、完全に回復出来るまで、数ヶ月かかってしまったくらいだ。
しかし、国王は喜んでくれた。
この国の聖女の力は凄まじいと、他国に知らしめる事ができたからだ。
これでもう安心だと、胸を撫で下ろしていた時だったのに……。
優しいリファイド様が、私に対してあんな酷い態度を取った。
私が引き止めるのも聞かずに戦争に出て、あの子に会って帰って来たリファイド様。
彼が私に見せた態度は、彼が私ではなく、あの子を選んだからなのでは無いだろうか。
ずっと私から一歩距離をとっていた彼。
私の力を示せば、きっと彼は私を受け入れてくれる。
そう思っていたのに……。
(どうしてよ!どうして貴方は、私を必要としてくれないの?私は貴方の為に、こんなにも頑張っているのに!)
頭に浮かぶのは、変な格好をしていた見窄らしい容姿の女性。
あんな女の何処が良いと言うのか。
容姿も力も、絶対に私の方が上の筈なのに。
いくら頑張っても、私を見てくれないリファイド様。
どうしたら彼は私を見てくれる様になるのだろうか。
その答えは未だ見つからないままだ。
「……まあ、いいわ。許可は出ているんですもの。あの子さえ始末すれば、リファイド様も直ぐに間違いだったと気が付く筈よ」
戦場から帰還した者達の話を人伝に聞いた。
あの子もかなりの力を有しているらしい。
(それでも私は、負けられない。絶対に負けられないのよ!)
強い決意を胸に、ユマは自室への道を歩いて行った。
◇◆◇
カムネッカ王国では、三日後に大々的な式典が執り行われた。
しかし、その式典に出席していたリファイドは、城内に混乱を引き起こし、そしてそのまま姿を消した。
安定した統治をし続けてきた国王の怒りは凄まじい。
そしてユマの激しい怒りも、黒の砦の聖女と呼ばれ始めたサナへと全て向かうのであった。




