48.マノアの異変
マノアさんとお茶の支度をしていた私は、ロッチアが廊下へと出て行ったのを見た。
「あれ?ねえ、マノアさん。ロッチアは、お弁当食べないのかな」
私が顔を向けると、マノアさんは紅茶の入ったポットを持ったまま、固まっていた。
「……どうかしたの?」
「えっ?あっ、ごめんなさいね。ボーッとしてしまっていたわ」
「そうなの?……じゃあ、私が紅茶を淹れるね」
「ええ。お願いしようかしら」
私はマノアさんからポットを受け取ると、用意したティーカップ四つに視線を移した。
城で使われているティーカップは、とても高級感がある。
これは割ったらやばい気がする。
一つ一つ慎重に、紅茶を注いでいった。
私の横でそれを見ていたマノアさんは、仕事をしているヌェイリブさんをチラリとみた後、声を顰めた。
「ねえ、サナ。さっきの話、聞こえた?」
「さっきの話?」
「ええ。下級層で邪紋が喪失した市民って話」
「うん。あのね、私の薬を飲んだ人の中で、邪紋が消えた人がいたの。それで騒ぎになっちゃって」
「本当に!?」
「えっ?……うん。私も直接見たから……」
普段おっとりしているマノアさんらしく無いくらいの食い付きに、私は少し驚いてしまった。
しかし、直ぐに手を止めた紅茶のポットへと視線を戻す。
そんな私の横で、マノアさんが落ち着き無く指を動かし、ソワソワとしていた。
「……サナの薬って、まだあるのかしら」
「保管して置いた薬は、全部持って行かれてしまったの。でも材料を買って来れば、また作れるから大丈夫」
「そ、そう……」
返事を返したマノアさんを、私はチラリと横目で見た。
なんだか、マノアさんの様子がおかしい気がする。
何処が?と聞かれたら答えられないが、なんとなくいつもと違うと言う気がする。
「……マノアさん?」
不思議そうに顔を見た私に、マノアさんが慌ててお盆へとティーカップを乗せ始めた。
それをジッと見ていた私は、ふとマノアさんの伸ばされた右手の服の袖から覗く邪紋に、見た事のない丸みを帯びた模様を見つけた。
「あれ?ねえ、マノアさん。手の邪紋……」
「えっ?」
袖口から覗く邪紋に視線を移したマノアさんは、慌てて服の袖を伸ばした。
そして、震える手を隠す様に、私に笑顔を見せる。
「さあ、お腹空いたでしょ?ご飯にしましょう」
マノアさんは、丁度部屋へと戻って来たロッチアへと顔を向けてしまう。
「ねえ、マノアさん。その手、ちょっと見せて?」
「ほら、それは後にして。みんな揃ったのだから、先にご飯にしましょうね」
「マノアさん、お願い。その手の邪紋を見せて!」
頑なに拒否するマノアさんを見て、私は嫌な予感がした。
私の大きな声に、仕事をしていたヌェイリブさんも顔を上げる。
私から後退りしたマノアさんは、ドアの近くに立つロッチアを見て立ち止まった。
「なんだよ。どうかしたのか?」
ロッチアは、不思議そうな顔で私とマノアさんを交互に見つめた。
でも、マノアさんは俯いたまま動こうとしない。
険しい顔をして席を立ったヌェイリブさんが、マノアさんへと近付いて行く。
「マノア……」
ヌェイリブさんの声に、マノアさんの肩がビクッと大きく揺れた。
ゆっくりとマノアさんの手を取ったヌェイリブさんは、震える手でマノアさんの袖を捲っていく。
そこには、見慣れた邪紋の蔓とは別に、見た事が無い丸みを帯びた模様が姿を表した。
それを見たヌェイリブさんとロッチアが目を見開いて驚愕したのち、その表情をクシャッと歪ませた。
「……いつから……なんだ」
「……三日程前から」
その答えに、ヌェイリブさんはギュッと瞳を瞑って俯き、ロッチアは涙を堪えた顔を逸らして右手で顔を覆う。
そんな二人の姿を見て、私もようやくこれがなんなのかを理解した。
邪紋は蔓だけの間なら問題は無い。
しかし病気が発症すると、例え蔓が全身に広がっていなかったとしても、その蔓に蕾の様な模様が出来始める。
丸みを帯びた蕾の様な模様がいくつも現れたのち、その蕾はスウッと一度消える。
そして再び同じ場所に、今度は花が開いた様な模様が現れるらしい。
開花した模様が現れたと同時に、その人には死が訪れる。
蕾が現れたら、その日から長くて一週間から十日の命なのだそうだ。
顔を上げたヌェイリブさんは、涙を溢すマノアさんを優しく抱き寄せた。
「側にいてやれなくて、すまなかった」
首を振るマノアさんは、ヌェイリブさんの腕の中で静かに泣き続けた。
ヌェイリブさんがマノアさんの側に居てあげられなかったのは、私の所為だ。
私の意識が戻らなかった事。
そして目覚めてからも、どうやったら聖なる力を使える様になるのかと、資料探しでずっと城に残ってくれていたからだ。
その所為で、マノアさんは三日もの間、死の恐怖に一人でジッと耐えていた。
自分の死へのカウントダウンが始まった事は、想像を絶する恐怖だったと思う。
でも今は、助かる可能性はゼロじゃ無い。
私はヌェイリブさんへと視線を移した。
「ヌェイリブさん。私、薬を作りたいの!」
「えっ?あっ、ああ!頼む!」
パニックになっていたヌェイリブさんも、その事にようやく気が付いたようだ。
外へと行こうとするヌェイリブさんを、マノアさんが直ぐに止める。
「あなた!先に、ご飯にしましょう?」
「なっ!そんな事をしている場合じゃ……」
「だからこそ、ご飯を食べて欲しいの。お願いよ、あなた……」
「……分かった」
ヌェイリブさんは、ドアの外にいる騎士に用意する物を書いた紙を手渡して、直ぐに戻って来た。
材料が用意されるまでの時間、私達三人はマノアさんが見守る中で、お弁当を食べ始めた。
ヌェイリブさんに要らないと言われたのに、それでも作って来たマノアさんのお弁当には、様々なマノアさんの思いが込められていた。
死が迫る中で、愛しい人にもうご飯を作ってあげられなくなる寂しさ、それでも最後まで作ってあげたいと言う愛する人への愛情。
そして、それを届ける事で愛しい旦那様と息子に会う事ができる。
妻として母としての愛情がたっぷりと込められた、とても美味しいお弁当だった。
私達は一粒だって残さず、綺麗にお弁当を食べ終えたのだった。




