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44.悲しみに包まれた日々

静まり返る城の一室で、私は目を瞑り、そして両手を前へと突き出した。


「うーん。えい!」


パッと目を開いた私は、上半身裸で後ろ向きに座るロッチアを見つめた。


「どう!?」


「消えて無いな……」


ロッチアの返答を聞いた私の視線は、彼の左脇腹へと移された。

そこには漆黒の蔓が描かれている。

全然消えていない。

もう一度、祈りを込めて頑張ってみる。


「えい!消えろ!邪紋よ、消えろ!えい!」


手を前に出したり心で祈ってみたりと、色々試してみているが、全然変化が無い。


「もう!なんで消えないの!」


私の右手がロッチアの背中へと振り下ろされ、パチン!と良い音を立てた。


「イテッ!叩くなよ」


「だって消えないんだもん!」


「叩いたって消えないだろうが!」


言い合いをする私達を見て、部屋の壁際に立つ三人の警護の騎士達がクスクスと笑いはじめた。

ムッとしたロッチアが睨みを効かすが、全くの無意味に終わった。


椅子に座っているだけのロッチアは、暇すぎて少々苛立ち気味だ。

不機嫌そうな顔で立ち上がり、横のテーブルに置いてあった服を手に取った。


「ごめんね!」


慌てて謝った私に、ロッチアが顔を向ける。


「ん?いや、違う。便所。ちょっと休もうぜ」


「……うん」


怒らせたのかと焦った私だったが、ロッチアは怒っていなかった様だ。

三人の騎士達に蹴りを入れながら洗面室へと向かって行く彼の背を、私は見送った。


フウッと吐息を溢した私は、窓際にある椅子へと移動して腰を下ろした。

窓の外は、とても良い天気だ。

でも、私の心は晴れなかった。


一週間もの長い眠りから目覚めた私を待っていたのは、悲しい現実だった。


カリム殿下から、あの場へと連れて行った事の謝罪と共に、リファイドの死が伝えられた。

彼の死を見た私が意識を失ったらしいのだが、私にはその直前までの記憶しかない。


ただその時、私の体から漏れ出した光が、カリム殿下を包み込み、そして邪紋を消したのだそうだ。


なんとかその時の力を出せないかと、カリム殿下からの要請を受けて、こうやって頑張っている最中だ。


頑張っている間なら、辛い現実を思い出さなくて済む。


それでもふとした瞬間、あの人の笑顔を思い出してしまう。

あの人の瞳と同じ色の空を見上げると、途端に心が悲しみに包まれた。

黒色の服に戻した今の姿が、まるで喪に服しているかの様だ。


アンナとマリーは、この城に残っていた他の騎士達と一緒に、リファイドの葬儀の為に城へと帰還したそうだ。

カムネッカ王国で犯罪者となっている私では、彼の葬儀に出る事すら叶わなかった。


(リファイド……)


戦争になんて行かないでって、もっと言えば良かった。

もっと泣いて喚いて、彼の事を止めれば良かったのに。


今更後悔しても遅いのだが、後悔せずにはいられない。


(絶対に帰って来る、必ず迎えに来るって言った癖に……)


一人になんかしないって。

必ず帰って来て、私とずっと一緒に居ると約束してくれたのに。


「……嘘吐き」


ポソリと落とした呟きと共に、一筋の涙がゆっくりと頬を伝い落ちて行った。


洗面室から出て来たロッチアを見て、私は慌てて涙を拭った。


「……平気か?」


「うん、平気。でも、ちょっと疲れちゃったかな。少しお昼寝がしたい」


「ああ、分かった。じゃあ俺は、ヌェイリブさんの所に行って来る。ドアの外には警護の騎士がいるから、何かあったらそいつに言えよ」


「うん。分かった」


ロッチアと騎士達を見送った私は、一人になった部屋でフウッと溜息を零した。


ロッチア達には悪いのだが、ずっと誰かが側にいる事に慣れず、少し息が詰まる。

城の中にいる所為なのか、何処に行くにも必ず警護の人が後ろを付いて来る。

一人になれるのは、お昼寝や睡眠時、トイレやお風呂くらいだが、それもドアの外には警護の騎士達が待機している。


(私に護衛なんて、必要無いのに……)


この城でのルールなのだと聞いたが、結構迷惑だ。


私の部屋は客室で三階にある。

でも昼間は、一階にあるヌェイリブさんの部屋の近くに有る部屋に来て、邪紋を消す練習をしている。


この部屋でよかったと思う事は、窓の外に中庭が広がっている事だ。

私は仮眠用のベッドには向かわずに、窓を開けて中庭へと歩いて行った。


暖かい太陽の光を浴びて、沈み切った心を癒しながら歩いていると、茂みの中から私を呼ぶ声が聞こえて来た。


「ねえちゃん」


「えっ?……マリク!こんな所で何やってるの?」


「シィーッ!静かにして。見つかったらヤバいんだ」


「えっ?そうなの?」


私はキョロキョロと辺りを見回すと、マリクのいる草むらへとしゃがみ込んだ。


「どうかしたの?」


「ねえちゃん、もう薬は売らないの?俺達、ずっと姉ちゃんが来るのを待ってたのに……」


「ああ!!ごめん。売りに行くの、忘れてた」


リファイドがこの城に来てから、私はずっとここに居る。

Aランクの薬の効果が切れ始める頃だった。


「本当にごめんね!」


「姉ちゃんの薬を買ってた人達で、ずっと姉ちゃんを探してたんだ。そうしたら、城にいるって分かったから、忍び込んで来た。今、城の警備は手抜きだから忍び込めたけど、見つかったら投獄されるかも」


「ええ!そんな危険な事したの?」


「兎に角、姉ちゃんの薬をくれよ!あとでちゃんと説明するから」


「薬は全部、家に置いてあるの。取りに行かなきゃ……」


取りに行って貰っても良いのだが、私の家の前には、強力な番人である大家さんが待機している。


知らない人間は、速攻排除となるだろう。


「一緒に城の外に出られるかな」


「多分行ける!ねえちゃん、一緒に来てくれるの?」


「うん、行く!今から行こう」


「分かった!こっちだよ」


私はマリクと一緒に、コソコソと隠れながら城の中庭を走って行った。




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