39.戦いに向かう男達の思い
部屋へと入った私は、フゥッと大きな吐息を溢した。
なんか、色々と気疲れした。
そう言えば、部屋の奥に置いてある箱を見ておいて……と言っていた気がする。
奥へと入っていくと、沢山の箱が置かれており、軽く山が出来ていた。
「ええ!!これ、全部見るの?」
まさか、こんな山だとは思っていなかった。
ため息しか出てこない。
「ご安心下さい、サナ様。わたくし達が、箱から出しますので」
「サナ様は、椅子に座ってお待ち下さい」
そう言った二人に視線を移した私は、ハッとした。
(どっちがどっちだっけ……)
名前はアンナさんと、マリーさんだ。
でも、顔がよく似ている為、どっちがどっちなのか分からなくなってしまった。
さっき紹介されたばかりなのに、名前を教えて下さいとは言い難い。
内心戸惑いながらも、平常心の顔を貼り付けた私は、素直に椅子に座った。
するとクスクスと笑い声が聞こえて来た。
ふと顔を向けると、箱の山を開け始めている彼女達が、私の方を見ていた。
「サナ様。私が姉のアンナです」
「私が妹のマリーです」
「あっ!ご、ごめんなさい。分からなくなってしまって……」
「いいえ。見分けられる人の方がおりませんので、お気になさらず」
「はい……」
バレていました。
私の顔に出てたのかな……。
なんだかとても、申し訳ない気持ちになる。
そんな私の気持ちを察してか、アンナさんがとんでも無い事を暴露した。
「正直にお伝え致しますと、先程のリファイド殿下のご紹介は、反対でした」
「えええ!!反対だったの?リファイドは、区別が付いて凄い!って思っていたのに……。騙された!!」
「そうですね……。皆さん、多分こっちかな?位の感覚でお話しして来るので、私達も名前の間違いを訂正しておりません」
「ですので、サナ様もあまり気にして頂かなくって大丈夫ですよ」
アンナさんとマリーさんは、とても可愛い顔で笑ってくれた。
でも私は、やっぱり納得出来なかった。
箱を開けている二人の側に歩み寄り、二人の顔を見比べる。
やっぱり、違いは分からなかった。
「……サナ様?」
「あの……。私はいつか、二人の区別がキチンと付くようになりたいです。やっぱり、ちゃんと正しい名前で呼ばれた方が、絶対いいと思うから……。だから、間違っていたら教えて下さい。よろしくお願いします」
頭を下げた私を、二人はキョトンとした顔で見つめていた。
そして我に返ると、穏やかな笑みを浮かべた。
「そんな事を言って下さったのは、サナ様だけです」
「とても嬉しく思います」
アンナさんとマリーさんは、とても素敵な笑顔を見せた。
とても美人な二人に、こんな風に微笑まれると、物凄い贅沢をしている様な気分になる。
私は二人の横に座って、作業を眺めた。
ベッドに次々と広げられていったのは、とても可愛らしいワンピースだった。
「わあ!凄く可愛い!!」
「これは全てサナ様の物ですよ。殿下が、サナ様へとお選びになられたお洋服です」
「リファイドが!?」
「はい。サナ様のお好きな色が分かりませんでしたので、沢山お選びになられました」
「それで、こんなに沢山……」
私は、色取り取りなワンピースを手に取って見た。
ここの砦に来てから、ずっと黒のワンピースしか着ていない。
いちいち服を選ばなくて良いし、制服みたいに気楽だったけど、やっぱりこうやって見てしまうと、可愛い色の服も着たくなる。
水色に白いレースが付いたワンピースを手に取り、体に合わせて見ていると、二人が歩み寄った。
「そちらがお気に召しましたか?」
「はい。可愛いと思います」
「では、サナ様。御支度を致しましょう」
「えっ!でも……」
「「お任せ下さい!!!」」
拒否権は無かった。
しかも双子なので、息ピッタリ。
あれよあれよと言う間に、私は着替えさせられていった。
◇◆◇
サナを別室へと向かわせたリファイドは、部屋のソファーへと腰を下ろした。
目の前にはヌェイリブと言う男が座った。
この砦の王、カミゼル国王の意向を伝えに来るのだから、それなりの地位の者だろう。
(まあ、私が気になるのは、彼の後ろに立っている騎士だけどな……)
サナがいなくなった途端に、若手の騎士は表情を変えた。
興味なさそうだった顔から、バリバリに敵意を向けられている。
取り敢えず彼の事は置いておいて、まずは仕事の話を済ませる事にした。
「必要な物資などのご希望がございましたら、私がお伺い致します」
「物資の方は特に必要ない。ただ、戦況は知っての通りあまり良く無い。この国からも出来るだけ兵を出して貰いたいと思っている」
「……分かりました。国王にはそうお伝えさせて頂きます。ただ、ダムネーザはかなりの激戦区となっていると報告を受けております。何故、貴方様がその様な場所に……」
「我が国の聖女は、前回の戦いで魔力を消費していて、まだ回復しきれていない。だからと言って、ダムネーザを含む、西の地の国の全てを見殺しには出来ない」
「ご立派なお考えだとは思いますが、それでも貴方様が向かう必要は無いように思えますが」
ヌェイリブは、周囲に立つカムネッカの人達の表情を窺った。
誰もがそう思っている。
そんな顔をしている。
それなのに何故、この人が戦場に行くのか。
彼はカムネッカ王国の未来であると評価されるほどの方だ。
この行動には、疑問しかない。
「私が行かなければならない理由があるからだ」
リファイドは、真っ直ぐにヌェイリブを見つめた。
彼の瞳には迷いが無い。
美しいスカイブルーの瞳は、その強い意志を示すかの様に、益々美しさを増して光輝いていた。
ヌェイリブは、目の前にいる若き至高の宝に、この世界の未来を見た気がした。
「……ところで、この砦で生活をしていたサナの事を知りたい。彼女は、普段何を?」
「回復薬を作って、それを売って生活しています」
「サナが回復薬を……。それは是非、飲んでみたいな」
フワリと優しく微笑んだリファイドに、ヌェイリブは心の中でコッソリと告げた。
(物凄く、不味いですけれどもね……)
サナの名誉の為、この事は内緒にしておいてやる事にした。
その時、後ろに控えていたロッチアが一歩前へと出た。
ロッチアとリファイドの視線が交わった。
「発言をしても、よろしいでしょうか」
「構わない。何か?」
「サナを、この砦から連れ出す事は出来ないのでしょうか。彼女はまだ、邪紋が出ていません。一日でも早く、この砦から移動させて頂きたく、お願い申し上げます」
頭を下げたロッチアを見て、ヌェイリブが慌てて口を挟んだ。
「何を言うんだ、ロッチア!サナは、この砦で幽閉と言う判決を受けた身。その様な発言は許されない。下がりなさい!」
カムネッカ王国の属国である、この砦の者がして良い発言では無い。
ロッチアはカムネッカ王国の下した判決に対して異議を唱えた事になってしまい、反逆の意思があると取られてもおかしく無い。
王子の気持ち一つで、この場で切り捨てられても文句は言えない状況にあった。
強い口調でロッチアを諌めたヌェイリブだったが、その時、目の前に座っていたリファイドが、思いもしない事を口にした。
「……いや。私も、彼と同じ考えを持っている」
「えっ?」
今なんて言ったんだ?と、ヌェイリブはリファイドの顔を見た。
同意の発言もまた、国の決定に異議を唱える事になってしまう。
例え第一王子と言えど、国が決めた判決を覆す事など出来ない。
それなのに何故、こんな危険な発言をしたのか……。
「国王は、サナへの処罰を取り消す気は無い。私の力では、サナに下された判決を消し去る事は出来ないのだ。ならば、私が武功を立て、サナへの恩赦を願い出るしか方法は無い」
「まさか……。その為の出陣なのですか?」
「そうだ。これが私がサナに出来る最大の償いでもある。必ず戦いに勝利して、彼女に自由を与えたい」
(そこまで、サナの事を……)
ヌェイリブは驚きを隠せなかった。
サナの態度から見て、彼がサナにあまり好かれていなかった事はわかっている。
恋人でも無い女性に対して、ここまでする物なのだろうか。
最大の償い……。
サナがリファイドを突き飛ばしたという事は聞いているが、それなのに何故リファイドの方が償いをするのか。
二人の間に何があったのか。
それがとても気になる所だ。
驚いて口を開けないヌェイリブから、リファイドはロッチアへと瞳を向けた。
「私からも君に尋ねたい事がある」
「はい。なんでしょうか」
「詳しい事は分からない。だが、何故君がサナを遠ざけているのかは、なんとなく理由が分かった。私は必ずサナを迎えに来る。君は、それで構わないんだな」
リファイドの言葉に、ロッチアは固く拳を握り締めた。
本当は誰にも渡したくなんかない。
彼とサナが一緒にいる所を見て、何度悔しい思いをしたか分からない。
本当は馬だって、今度俺が乗せてやると約束していたのに……。
しかし、邪紋を持つ自分では、彼女を幸せにしてあげる事はできない。
だから諦めるしか道は無いのだ。
同じ様にギュッと力を入れた唇を、なんとか動かして答えを出す。
「……はい」
ギリッと音がしそうな程に奥歯を噛み締めた彼。
この決断が、彼にとってどれほど辛いものなのかを表している。
「……そうか、分かった。ただ、君が諦めようと諦めなかろうと、私の気持ちは変わらない。私はサナを必ず幸せにする」
リファイドの言葉を聞いたロッチアは、静かに頭を下げた。
それ以上の言葉は、互いに必要無い。
立ち上がったヌェイリブと一緒に、ロッチアは客室を後にした。
二人っきりになると、ロッチアは体を返してヌェイリブと向き合った。
「ヌェイリブさん、頼みがあります」
ロッチアのこの顔には、嫌な予感しかしない。
「聞きたくない」
ヌェイリブは、ロッチアを無視して歩き始めた。
走ってヌェイリブの前へと出たロッチアは、バッ!と頭を下げた。
「俺を、戦場に行かせて下さい」
「駄目だ!それは絶対に許可出来ない」
「お願いします!行かせて下さい」
「駄目だと言っているんだ。この戦争がどう言う物なのか分かっているのか?魔物の数が多過ぎる。かなりの死者を出す戦争になる事は、間違いないんだ」
「知っています。だからこそ、俺が行きたいんです。……これに勝たなければ、サナは此処から出る事が出来ない。俺がアイツにしてやれる事は、もうそれしか残って無いんです。お願いします」
「……駄目だ!」
「ヌェイリブさん、お願いします!」
拒否し続けるヌェイリブを、ロッチアは諦める事なく追い続けた。




