38.久しぶりに顔を見たロッチア
「絶対駄目!!」
隣の部屋へと続く内扉で、私は入って来ようとするリファイドを必死に食い止めていた。
黒のお城でリファイドに用意された部屋は、かなり広めな、別室付きの客室だった。
そこに連れて来られた私は、室内探検をしていたのだが、別室に入ったと同時にピタリとその足を止めた。
二つ仲良く並んでいるベッド。
遠過ぎず近過ぎずの距離の二つのベッドは、夫婦用のベッドの様に思える。
ベッドを見てドキッとしていた私に、リファイドが背後から歩み寄り、耳元へと口を近付けた。
「今夜は一緒に眠れそうだね」
そう囁かれた私は、ボンッと大きな音が立つくらいに、一瞬で顔を赤く染めた。
なんとかリファイドをこの部屋から追い出さねばと、内扉を死守、頑張っている最中だ。
「まだ怒っているのかな?でも、本当にあれは駆け足程度の速度だったんだよ?」
私のルースタリアはもっと速いんだ……とでも言いたげな表情をリファイドが向ける。
いやいや。そんな事は関係ない。
私にとっては、あれが馬が走っている速さだったのだから。
物凄く怖かったんです!
ってか、今はそんな事を言ってる場合じゃない。
この危険な区域から、見かけによらず意外とイケイケな王子様を追い出さなければならないのだ。
「もう!いいから、あっちに行って!」
グイグイと彼を押し出していた私に、彼は苦笑いを溢す。
そして、スッと体を引いた。
押していた物が急に無くなり、私は前のめりにバランスを崩した。
そこにすかさず、リファイドが体を前に出した。
私の体は、鎧を脱いだ逞しい彼の腕の中へとスッポリと収まってしまう。
鎧からは感じなかったリファイドの体温。
それがなんだかとても心地よく感じる。
「サナがこんなにも積極的に抱き付いて来てくれるだなんて、嬉しいな」
(……はい?)
顔を上げた私は、瞬時に悟った。
これはイケメンの優しさの中に隠されたスパイス……。
意地悪スパイスだ!
「は、離してぇ!!!」
ガッチリと抱き締められている私は、必死にジタバタしても彼の腕から逃げ出せない。
リファイドは余裕の笑みを浮かべている。
「恥ずかしがらなくても良いんだよ。ここに居る者達は、私の側近達だからね。私とサナが何をしても、ちゃんと黙っていてくれるから」
「余計に、怖いんですけど!」
「何も怖い事なんてないから大丈夫。私がいない間にサナが不安になってしまわぬ様、私がどれだけサナの事を愛しているのかを、たっぷりと伝えてから行くからね。今日は遅くまで、二人で語り合おう」
「ヒッ!!」
私は息を呑んだ。
これは、このまま此処にいたらやばいやつだ。
これ以上無いほどの、身の危険を感じ取った。
「あれ?おかしいな……。どうしてサナは、そう言う反応になるのかな?」
とても不思議そうにリファイドが首を傾げる。
確かに、他の女性ならうっとりする所だったのかもしれないね。
でも交際歴ゼロの私には、そんなの無理です!!
「離して!やだぁ!!!」
「サナ!!!」
私の叫びと同時に、室内に声が響き渡った。
驚いた私がリファイドの体を避け、真横から顔を出して見ると、ヌェイリブさんが立っていた。
「ヌェイリブ……さん?」
今まで見た事がないほど怖い顔をしたヌェイリブさんが、そこに居た。
「サナを離しては頂けませんでしょうか。彼女の同意無き行為は、了承致しかねます」
「安心して良い。私も、サナが本当に嫌がる行為をするつもりはない。これはちょっとしたスキンシップだ」
「……本当なのか、サナ」
ヌェイリブさんの質問に、私はオロオロと狼狽えた。
スキンシップ!?
いやいや。
こんなスキンシップは、交際歴ゼロの非モテ女にはキツ過ぎます。
兎に角、ちょっと怒っているヌェイリブさんと一緒に、一度外へ……と思った私は、彼の後ろに立つ男性へと視線を止めた。
家に来た時もチラリとみたが、数ヶ月ぶりに会う事ができたロッチアだった。
まだ彼を見ると、心がチクリと痛む。
でも何も変わらず、元気そうな彼の姿が見れて嬉しかったし、良かった……と、安堵した。
しかし、私と瞳を合わせたロッチアは、サッと瞳を逸らした。
久しぶりに会えたと言う嬉しさは、彼のこの行動の前に、粉々に打ち砕かれた。
(そうだった……。私は、ロッチアに嫌われているんだった……)
何を浮かれていたんだろう。
彼に直接拒否された癖に……。
もうロッチアにも、ヌェイリブさんにも迷惑なんて掛けられない。
私は、ヌェイリブさんへと視線を移した。
「だ、大丈夫!私の事は、心配……いらないから……」
尻つぼみになってしまった言葉。
私の事なんか、心配してくれているのかな……と、ちょっと不安になってしまったからだ。
目の前にいるリファイドの服をギュッと握り締めた私は、下を向いた。
室内に、シーンとした空気が流れた。
リファイドは、何かに耐える様に自分の服を握り締めるサナを、身動きせずにずっと見つめていた。
サナは、気持ちが表情によく出やすいタイプだ。
だからこそ、なんとなく気が付いた事がある。
リファイドはスッと瞳を細め、部屋に入って来ている砦の住人である、二人組の男を見つめた。
それに応じたかの様に、視線を外していた若手の騎士が、リファイドへと視線を戻す。
互いにぶつかり合う視線が、サナに対する自分の気持ちを主張し合った。
(やはり、そう言う事か……)
リファイドは、フウッと吐息を落とした。
これでも何とか早めにサナに会いに来た方なのだが、サナの心を乱す存在がもう現れていた。
サナの様な子なら仕方がないとは思う反面、その存在がやはり気に入らないと言う気持ちが湧き上がる。
とは言え、まずは仕事をしなければならない。
自分の気持ちをグッと押し込め、リファイドは再びサナへと視線を戻した。
サナは未だに辛そうな表情で俯いている。
彼女には、そんな顔は似合わない。
いつも元気に笑っていて欲しいと願う。
俯くサナをリファイドはギュッと強く抱き締めた。
そして、突然の行動に驚くサナへと囁いた。
「仕事をする時間の様だ。しかし、愛しいサナを離し難い……」
ギョッとしたサナは、再び顔を赤らめて抵抗を始めた。
「離して!!私に構わず、仕事して!」
クスクスと笑ったリファイドは、横へと視線を移した。
そして、控えている女性二人を手招きで呼んだ。
「それでは仕事をして来る。サナは彼女達と一緒に、部屋の奥に置いた箱を見ておいて欲しい。この二人は双子で、右がアンナ、左がマリーだ。サナの身の回りの事をする」
「「よろしくお願い致します、サナ様」」
ペコリと頭を下げた二人の女性。
ショートヘアの赤茶色の髪をした二人は、顔がよく似ている。
瓜二つなので、きっと一卵性の双子だと思う。
彼女達は藍色に細やかな金刺繍が施されたローブを着ており、ズボン姿だ。
そして、腰には剣を帯剣している。
普通の侍女では無いような気がする。
「この二人は、光術師と言う最高位の術師の地位を持っている。だが、神殿で大人しくしているタイプでは無くてね。騎士の称号も実力で得た程だ」
「ええ!凄い!!」
魔法も剣も優等生。
そんな二人が、私の身の回りの世話をする?
いやいや。それは駄目でしょ。
それに私は一般人なので、身の回りの事を誰かにやって貰う必要はありません。
「身の回りの世話をする人なんて、私には必要ないよ。だって、自分の事は自分で出来るし……」
リファイドに拒否を伝えてみると、彼はそれならば……と口を開く。
「この二人が嫌なら、私が直接手伝うよ!」
げっ!そんなの冗談じゃ無い。
私は即座に意見を変えると、二人に向かって頭を下げた。
「アンナさん、マリーさん、よろしくお願いします!」
「「はい。よろしくお願い致します、サナ様」」
クスリとにこやかな笑顔を見せた二人と共に、私は隣の部屋へと入って行った。




