29.悲しみの真実
仕事を終えて帰宅したヌェイリブが扉を開けると、マノアが急いで駆け付けた。
「ただいま、マノア」
「お帰りなさい、あなた。今日は遅くなるんじゃ無かったの?貴方の分のお弁当も無駄になってしまったかしら」
「早めに切り上げて来た。後で食べるから、テーブルに置いておいてくれ。それより、やっぱりロッチアも帰って来ているのか」
「えっ?ええ。庭で素振りをしているけど……。何かあったの?」
「俺もそれが聞きたいんだ……」
ヌェイリブは荷物をマノアに渡すと、ロッチアのいる中庭へと歩いて行った。
沢山の汗をかきながら剣を振り続ける、ロッチアへと歩み寄って行く。
無言のままジッと自分を見つめるヌェイリブに、ロッチアは前を見据えたまま剣を止めた。
「何?」
「俺が聞きたい事は分かっている癖に、いちいち聞くなよ」
背を向けたまま顔を見ようともしないロッチアを見て、ヌェイリブはベンチへと腰を掛けた。
そしてクスリと笑う。
「お前は昔から、何か悩んで答えが出なくなると、庭で剣を振ってたな」
成長して大きくなったとしても、やる事は変わらない様だ。
ヌェイリブは、ゆっくりとした口調のまま、ロッチアに尋ねた。
「なんでサナに、あんな事を言ったんだ?」
「別に……。俺がいなくても、アイツは一人でやっていけるだろ?だからもう、俺の事はほっておいて欲しかっただけだ」
「本当に、そうなのか?」
グッとロッチアが押し黙った。
やはり、何か理由がある様だ。
それでも話そうとしないロッチアに、ヌェイリブはボソリと告げた。
「泣いてたぞ……」
ロッチアの右手が、剣をギュッと強く握りしめた。
こんなにも辛そうにするのに、どうして何も話してくれないのか。
血の繋がりなんて関係無く、ずっと息子だと思って育てて来た。
息子がここまで悩んでいる事ならば、相談に乗ってやりたかった。
「……俺にも話せないか?」
シーンとした空気の中、ロッチアが重くなった口を開いた。
「俺はもう……サナの側には、いられない」
「どうしてだ?」
「……好きに……なってしまったから」
「ん?サナをか?」
ヌェイリブは、驚き顔を向けた。
ロッチアにしては、珍しく女の子と仲良くしているな……とは思っていたが、まさかそんな事になっているとは、全然気が付いていなかった。
「アイツが好きだから、触りたくなる。手を繋いで、抱き締めたくなる……。でも直ぐに、そういうのだけじゃ、我慢出来なくなると思う。俺はきっと……サナを抱きたくなる」
「……それが別に悪い事だとは思わないが?」
サナもロッチアも、もう成人した大人同士。
それならそれで、先の事を二人で考えていっても特に問題はない。
しかしヌェイリブの言葉に、ロッチアは小さく笑った。
「俺も忘れていたけど、ヌェイリブさんも忘れてんだろ。サナは、邪紋持ちじゃないって……」
「……あっ!」
「俺が触ったら、邪紋がアイツにうつってしまうかもしれない。俺が、アイツの命を縮めるかもしれないんだ」
黒い服を着ているサナが、邪紋持ちで無い事を知っている人は限られている。
知ってはいても、生活をしていくうちに、スッカリと頭の片隅から消え去ってしまっていた。
ヌェイリブは、ロッチアの言いたい事を理解して、頭を抱えて項垂れた。
「……俺は、狡い考えを持ってしまう。サナに邪紋が出たら、ずっと一緒にいられるんじゃないかって……。そうしたら、遠慮なくアイツに触れる様になるんじゃないかって……。アイツが大事なのに、俺はアイツを殺そうとしてしまうんだ!」
「それは違う!お前はサナを殺そうとしているんじゃない。一緒に生きたいと思っているだけだ。間違えてはいけない」
「でも、俺の一緒にいたいって気持ちは、アイツに邪紋をうつす事と変わらないだろ?アイツを抱き締めて平気なのか?キスしたら?抱いたらどうなるんだよ。うつすかもしれないって分かっているのに、そんな危険な事アイツに出来るかよ!」
ロッチアは持っていた剣を、思いっきり地へと突き刺した。
騎士として普段とても大切にしている剣に当たってしまうほど、ロッチアは悩み苦しんでいる。
そんなロッチアに、ヌェイリブはかける言葉が見つからなかった。
「俺、母さんやヌェイリブさんが、父さんにうつしたかもしれないって、ずっと罪悪感を持っていたのを知ってる。俺はずっとその気持ちには否定的だった。どうやってうつったのかなんて誰にも分からないんだから、いつまでも気にする事じゃないのにって、ずっと思ってたんだ。でも実際、自分がその立場になったら、結構キツイな。……俺、これでサナに邪紋が出たら、自分で自分を許せなくなる」
「ロッチア……」
「好きにならなきゃ良かった……。サナなんか、好きにならなきゃ……」
歩み寄ったヌェイリブは、ロッチアの肩を抱いた。
ボロボロと溢れ出た涙が、ロッチアの頬を濡らして行く。
「なんで、この世に邪紋なんてものがあるんだよ。なんで、俺に……。ウワァアアァァァ!!!」
大切な息子の心が痛む程の悲痛な叫びに、ヌェイリブは、静かに涙を流した。
泣き崩れてしゃがみ込んだロッチアを、後ろから包み込む様に抱き締め続けた。
庭に続く大きな窓ガラスの側で、二人の話をコッソリと聞いていたマノアの瞳からも、大粒の涙がポロポロと零れ落ちていった。




