23.薬販売のお得意様
朝一番から賑わいを見せる広場では、サナが開店準備をしていた。
荷車から看板を取り出し設置し終わると、遠くの方から数人の男の子達が走って来た。
「お姉ちゃーん!まだ薬ある?」
「まだ有るよ。ってか、まだ開店していませーん」
「やった!一番乗りだ!」
五人の男の子達は、嬉しそうな笑顔を見せた。
この子達は、孤児院で生活しながら働いている子供達だ。
一番最初に私の薬を買ってくれた十歳のマリクは、お金が貯まるとこうやって友達を連れて毎回買いに来てくれる。
孤児院も孤児院で、定期的に買って行ってくれるお得意様だ。
「一人一本ずつ?」
「うん!」
お金と引き換えに薬を渡すと、子供達はその場で一気に飲み干した。
「っかぁー、不味い!!」
「このクソ不味い味の薬は、他には無いよな」
「冗談抜きで、すっげぇ不味い!!!」
毎回薬を飲んだ後は、この薬がどれだけ不味いかを大声で品評してくれる。
そして同じ味を味わった仲間同士、ケラケラと楽しそうに皆んなで笑い合うのだ。
作り手の私の前で……。
一切の遠慮なく……。
子供って、結構残酷だよね。
しかも、彼らの話を聞いていた一度も買った事の無いお客さん達が、そんなに不味いのかと、二の足を踏んでいる。
地味に営業妨害です。
男の子達から戻された瓶の代金を返金しながら、そこまで言うほど不味く無いと思うよ……とか、ちょっと心の中で呟いてみたりする。
今日も心に傷を負った私に、辺りを見回したマリクが心配そうな顔を見せた。
「姉ちゃん、今日は全然売れないね。お客さん、俺達だけじゃん」
「まだ開店したばかりだもん」
とは言うものの、実は最近、新規のお客さんがなかなか増えていない。
売り上げの殆どは、リピーターの人だけになってしまっている。
経営的に、少し行き詰まりを感じていた。
「新規のお客さん、なかなか増えないんだよなぁ」
私がポロリと愚痴をこぼすと、マリクがクスリと笑った。
「それは、あの兄ちゃんが居ないからだよ。また一緒に立って貰えば?」
「えっ?なんで?」
私はビックリしながら、マリクの顔を見た。
ロッチアが居たのは最初の日だけ。
それ以降は私だけで売っている。
いてくれた時は心強かったけれど、別に声を出して宣伝してくれていた訳ではない。
不思議そうな顔を私が見せると、マリクは呆れ顔を見せた。
「姉ちゃん、本当に世間知らずだよな……。あの兄ちゃん、騎士だろ?この砦で、結構有名な人なんだぜ」
「ええ!それって、ロッチアの人気で薬を買って貰えてたって事?」
「……違うよ。もしこの薬が偽物だったら、一緒に立ってたあの兄ちゃんにも責任がいくだろ?城の騎士が偽物売ってただなんて、大問題だからな。責任を取る奴がいたから、みんな買ったんだよ。俺だって、あの兄ちゃんが居なかったら買わなかったし」
「そんな……。責任を取らせるだなんて……」
「まあ、実際は本物だったから問題にはならなかったけどね。ただあの兄ちゃん、本当は手伝ったりしたら駄目だったんじゃないかな。バレたら、ヤバかったと思うよ」
「うそっ!そんな事、ロッチア言ってなかったのに!」
「普通、言われなくても分かると思うんだけど……。まあ、本物だって分かっていたから手伝ったんだと思うけどさ。世間知らずの姉ちゃん相手じゃ、あの兄ちゃんも報われないよな」
マリク達はやれやれと言った顔を見せると、手を振りながら皆んなで帰って行った。
ロッチアにはロッチアの立場があるのに、私はそんな事を考えもしないでいた。
泣き出した私の為に、彼はかなり無理をしてくれていたのかもしれない。
あんな小さな子供だって、その事に気が付けるのに……。
ただ、ロッチアが自分に対して優しさを見せてくれる事は、特別扱いをして貰っている気がして素直に嬉しい。
この気持ちが、どんなものから来ているのかは、もうとっくに気が付いている。
ここ最近、ずっと彼の姿を目で追ってしまう自分がいるからだ。
ロッチアに会いたいな……と思う私の耳に、ドカドカと地を蹴る沢山の足音が聞こえてきた。
「おおーい!サナ!!」
顔を向けると馬に乗ったロッチアを先頭に、三人の騎士達がこちらへと向かって来ていた。
馬を止めて軽々と地面へと降り立ったロッチアに、私は目をまん丸くする。
「ロッチア、凄い!馬に乗れるの!?」
「ん?馬に乗れるのは珍しい事じゃねえよ。その辺の奴でも乗れるぞ?」
「ええ!そうなの?それでも凄い!カッコイイ!!」
「えっ?……まあ、うん。そうか……」
ロッチアは少し照れたような表情で、返事を返した。
馬に乗っている人だなんて、テレビの世界でしか見た事がない。
ってか、馬だってこんなに近くで見た事なんて無いのに。
「ねえ!馬に触っても良い?」
「……うーん。まあ、別に構わないけど、馬の後ろには回るなよ」
「分かった!」
恐る恐る触ってみると、とても優しい子だったらしく、スリッと顔を擦り寄せてくれた。
「可愛い!馬って凄く大きいんだね」
「ああ、そうだな。でも、驚いたな。コイツは雌なんだけど、結構気性が荒い方なんだ。いつもだったら、知らない奴には警戒するんだけどな」
「えっ?そうなの!?」
全然そんな感じには見えなかったから、驚きだった。
馬とは言え、女の子に好かれるのはちょっと嬉しい。
「この分なら乗せても平気そうだな。今度休みの時にでも、一緒に乗ってみるか?」
「うん、乗りたい!やった」
はしゃぐ私に、ロッチアが笑顔を見せた。
そんな私達の後ろで、私とロッチアの会話を茫然とした表情で聞いていた騎士の人達が、顔を見合わせた。
「俺達お邪魔だったか?」
「これは、このまま帰った方が良さそうだな。邪魔なんかしたら、馬に蹴られそうだ」
うんうんと頷きを落とす騎士達に、ロッチアが苛立ちの顔を向けた。
「なんだよ!お前達が、サナの所に行きたいって言うから、案内してやったのに!」
「いや、だってさ……。お前、普段から女に対してすっごく冷たいだろ?それが、これだぞ?」
「そうそう。馬の事よりも、お前の態度の方に驚いたわ」
「別に普通だろ……」
「いやいや。それはねえよ」
「照れんなよ、ロッチア」
騎士達はケラケラと笑い始めた。
揶揄われ続けるロッチアは、段々と機嫌が悪くなっていく。
焦った私は、騎士達へと顔を向けた。
「あの……。私に何かご用事ですか?」
「ああ!薬を買いに来たんだ。三本貰える?」
「俺は二本」
「俺は三本」
「はい!」
騎士さん達は、家族の分まで買いに来てくれたようだ。
こうやって態々買いにまで来てくれるだなんて本当に嬉しい。
「んじゃ、そろそろ行くか」
「おお!」
買った薬をカバンに仕舞った三人は、ニヤニヤとしながらロッチアを見る。
「お前はどうする?まさか、早退か?」
「はあ?ふざけんな!」
「「あはは!!」」
大笑いをした彼らは馬に跨り、私に手を振りながら去って行った。
ムスッとしているロッチアに、私は歩み寄った。
「ごめんね、ロッチア」
「別にサナが謝る事じゃないだろ。……でもまあ、お前の所為でもあるな。よし!」
ロッチアは胸ポケットから三千リェンを取り出すと私に渡した。
「俺は今日、外壁門の警備の日なんだ。そこに二人分の昼飯を届けてくれ」
「ええ!私が?」
「持って来てくれたら、外壁の上に連れて行ってやるよ。そこで一緒に飯でも食うか」
「本当に!?行く、行く!持って行くから待ってて!」
「ああ!じゃあ昼にな!」
ロッチアはサッと馬に跨ると、颯爽と駆けて行った。
私はロッチアを見送りながら、遠くに聳え立つ外壁へと視線を向けた。
漆黒のとても大きな壁。
あの上に上がる事が出来るのだ。
あの先には、きっと素敵な景色が広がっているだろう。
(すっごい、楽しみ!)
ウキウキしっぱなしの私は、十一時には午前中の仕事を終わらせ、荷物を置きに一度家に帰った。




