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旋と律のシンフォニー  作者: 杉 薫田
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11月「合唱コンクール」のロンド

「秋の日ははつるべ落とし」という言葉を先生から聞いたことがあったが、11月を迎えると 日が暮れるのが早くなり 学校からの帰り道は真っ赤な夕日に包まれることが多くなった。


 教室では 高校受験がだんだんと迫りくる中で 中学3年生として これまで遊びまくっていた旋自身も少し勉強をしなければと思い始めていた。

 旋の通う鶴城中学では 中学校最後の行事の校内合唱コンクールの話題で3年4組のクラスは盛り上がっていた。

鶴城中学では1年を通じてクラス対抗のイベントが季節ごとに用意されていた。


春の運動会、夏の水泳大会、秋の運動会と続き 最後の学級対抗イベントが合唱コンクールだった。


 3年4組の成績は 春の運動会では7クラス中7位の最下位で、クラス士気が大きく落ち込んで、雰囲気もまとまりも最低の状態に皆が大きく落ち込んだ。


そんな時、担任の山村が クラスに語り掛けた言葉はクラス全員を勇気づけた。


「まあ気を落とすな!」


「今回は最下位だったが、これから他のクラスを追い越していく楽しみがあるじゃないか!」


この、励ましとも鼓舞する言葉とも感じられた激励はその後の3年4組の絆を作り上げて行くのに大きな力となったのかもしれなかった。


 夏の水泳大会に向けては 部活動の終わった3年生にとってはあまり気の入る時期では無かったが、夏休みでプールに入ることの出来る練習日では 他のクラスと比較して最も出席率の高い物となったが、残念ながら水泳力の強い水泳部出身の同級生が少ない中では5位になるのが精いっぱいだった。


 秋の運動会では「今度こそ優勝を勝ち取るぞ!」という目標を掲げて 学校近くの矢作川の河原にクラス全員が集まり 「緊急強化トレーニング」と称して足腰が強くなるといわれていた砂浜練習会を行う事となった。この砂浜でのトレーニングをすると言う発想は 実は体育委員を務めていた友人の安直な考えで、テレビで見た青春ドラマでは海岸の砂浜で夕日に向かってサッカーやラグビーの練習をして鍛えると言う事が最も走力を高める効果があるという思いからクラスに投げかけたものだったのだが、結局、練習もそこそこに砂浜練習は川遊びの場に変わってしまい、水遊びになってしまった。それでもこの遊びの中からクラスの連帯感がつよまったのか、運動会での成績は3位というこれまでにない実績を作ることができた。


 クラスの順位は上昇しつつはあったが、どうしても最強クラスの3年5組には勝つことが出来なかった。クラスのまとまりは決して悪くないし、個々の実力なら5組に引けを取ることなどないとは感じてはいたが、毎回のようにいつも敗れ去ることとなってしまった。3年生になって常に優勝をさらっていく5組の存在は 3年4組にとっては何としても乗り越えなければいけない大きな壁となっていた。


 3年生にとって最後に残されたイベントが 校内合唱コンクールで、ここで優勝することは学校を代表して市の主催する6つの中学校の対抗合唱コンクールへの出場権がかかった最も大きな意義のあるイベントでもあった。


 高校受験が迫りくる中でこの合唱コンクールはクラスが一つになってぶつかっていくチャンスとしてクラス担任の山村が3年4組というクラス全員にぶつけたチャレンジの場だった。


「ここで頑張ることが出来れば 必ずみんなの高校受験の願いはかなう!」


「 頑張ろう!!」


 山村先生の主張する合唱コンクールの勝利が受験の成果とどのようにして結びつくのかは理解しにくいところはあったが、山村の言葉に魔法をかけられたように、クラスがまとまって成し遂げる事が、受験勉強にも強い雰囲気を作り上げていくのではないかという催眠術のような盛り上げ方は、クラス全員の気持ちを高ぶらせた。音楽教師のクラスで合唱コンクルーに向けて直接指導を受ける事も出来る事は、3年4組にとってはプライドともいえる 負けられない中学最後のイベントでもあった。


 クラスメイト全員で中学校からほど近い場所にある 山村先生の自宅に押し寄せて リビングに置かれたグランドピアノを取り囲んで合唱コンクール前の3日間の集中練習に励んだ。 選んだ合唱曲は1971年にフォークグループの赤い鳥が歌った大ヒット曲の「翼をください」だった。


 しかし、女生徒たちの調和のとれたコーラスを崩してしまうのが 変声期の真っただ中にある男性陣の声で、何時も3人ほどの男子生徒がその合唱ではネックとなっている事が感じられた。 ハーモニーがはもっていると言えなくもないが、小学校の頃ならソプラノではなかったかと思える美声を響かせていた同級生たちが、いつの間にかテノールを通り越して バスの音域になっている状態で、それに音階が安定しないダミ声が混ざり合って、自分たちで聞いていても決してきれいなハーモニーを奏でているとは言い難い苦しさが次第に練習の中に苦しい時間を作り出しているのが判るようになった。


 合唱コンクールのリーダー格で、中学の3年間クラブ活動で合唱部の部長を務めていた 河合美幸がポツリとつぶやいた。


「無理して 男子が声を出そうとするよりも 口パクの方がよいかもしれない・・」


 この言葉には 自分達でも足を引っ張っていると自覚している2、3人の男子生徒がうなづいた。


「みんな、ごめんな。みんなのハーモニーを俺がぶっ壊しちゃって・・・」


「俺、口パクで行くから、歌っている様に見せるの上手いんだぜ、まかせとけよ。ばれないから。」


 クラスで一番身長が高く 野球部のエースだった赤山裕司が いがぐり坊主頭をかきながらその場の雰囲気を和ませた。


「安心しろ 俺も口パクで行くから みんなの足を引っ張る事はしないから・・・」


 赤山に同調するように、剣道部の金田幸一も続いて口パク宣言をして グランドピアノを取り囲むクラスメイトを笑わせた。

金田は剣道の試合では、試合会場の体育館が引き締まるような気合のこもった絶叫を発し、おそらく学年、いや学校中を通じても最も大きな強い発声力を持った男子生徒であると思われるのだが、その彼が 合唱コンクールの場で口パクを演じる事は考えただけでも違和感を感じるところもあった。


「違うんじゃないかな?」


「声が出ないのは仕方ないし、音階が合わないのはしょうがないと思うけれど、口パクって なんか違うんじゃないか?」


 旋は、口パク宣言した二人を否定するように思いをぶつけた。


「私も違うと思うよ。」


「中学生活最後の合唱大会じゃない。そのイベントで口パクで通したって、悲しいし、それでたとえ優勝したとしても、私はうれしくないな。」


「たとえ。音階がずれてしまったり、だみ声になってしまったとしても、思い切りやろうよ!」


 学級のマドンナで学級委員を務める槙原京子が旋の意見に同調するように 口パク宣言の二人を制した。


「山村先生 何か良い方法は無いですか?」


「最後の合唱大会を とにかく思い切り歌って それで5組に勝つ方法って無いですか?」


 槙原の疑問に答えるように 山村が返した。


「ほかのクラスでも、5組だって 男子生徒の中には苦しんでいる男子生徒はいるよ。確かに口パクはやめよう・・・」


「いろいろな方法があるんじゃないかな。」


「歌い易いパートにもう一度 編集してみようじゃないか。」


「部分的には編曲してハミングでアカペラという方法を試してみるか?」



 こんな中で 11月30日(金曜日)の合唱コンクールの日を迎えた。


 1年生 2年生が終わり いよいよ3年生の順番がやってくる。5組の中学3年生としてのイベント4連勝の完全制覇は許すまじと他のクラスもライバル心をむき出しにしてこの合唱コンクールには意欲を見せていた。

 男性陣の声がそろっていない、音階がずれていると悩み続けた4組も 問題点の解消に山村先生にアイデアを受けた アカペラの手法を取り入れて、ハーモニーが完成したと自信をつけてこのコンクールの本番に向かってきたという自覚もあった。

 先に舞台に上がった 1組から3組までの演奏を聴く中で、間違いなく自分たち4組が勝てると言う自信の気持も押し寄せてくるのが判った。


『今、私の願いごとが

 かなうならば 翼がほしい 

    ・・・・・・・』


 本番ではクラス全員の気持ちが一つになったように、練習でも歌えなかったほど見事に女子生徒の声と男子生徒たちの声がシンクロし それはこれまでにない最高の出来映えだと感じられるほどに素晴らしい合唱の歌声を披露することができた。


 赤山や金田たちのバスの低音も ハミングやアカペラの音階で女子生徒の主旋律を効果的に演出するように奏でられ、他のクラスと比べてもその出来栄えは圧倒的だと感じるほどだった。


 歌い終わった時の 会場の体育館を埋め尽くす他のクラスや1年、2年生の後輩たちから送られる拍手もこれまでで一番大きいと感じられ、その熱狂の温度は冷え込んでいた広い体育館の温度を1~2度上昇させたかのような熱気に包みこんだ。


 年間イベントの完全制覇を目指す最大のライバル、3年5組の合唱が始まった。楽曲は「あの素晴しい愛をもう一度」。2年ほど前の昭和46年に発表された大ヒット曲で、フォークソングのブームの中で誰もが知っていて、口ずさむことが出来る曲だった。


 5組の歌う曲に合わせて 体育館全体が口ずさんで、その盛り上がった様子は 合唱の上手さ以上に心にしみこむ物があったかもしれない。奏でられた音色や歌声も 4組に負けず劣らずの素晴らしいハーモニーに加えて、会場全体を味方に引き込むような選曲はさすがと言うべきものだった。


 スポーツイベントも強く、合唱コンクールという文化的な活動でもクラスのまとまりと力強さを見せる 5組の底力には舌を巻くしかなかった。


 旋の4組もこれまでのイベント以上にこの合唱コンクールではクラス全体で取り組み、挑んで来たという自信はあったのだが それでもひょっとしたらまたもや5組の前に負け去るかもしれないと言う不安が会場の様子からも伝わってくるのだった。


 審査結果を持つ中では 誰もが4組と5組の優勝争いになるであろうとの予感がされていたが その評価点数は5組と同点という予想もしなものとなった。


 合唱コンクール実行委員会の選出審査員の生徒の評価では 1年生から3年生までの20クラスのうち 自分たちのクラスの審査委員を除いた点数で会場を引き込むことに成功した5組の評価が高く、旋の4組は5組に後れを取ったものの、音楽教師などの、教員から選出された審査員の点数では 逆にその音楽的な合唱力やクラスのまとまりを評価されて4組が第一位に選ばれたことで 総合点数では、トータル点数で全くの同点という審査結果が発表されて、体育館全体がその結果に驚き 大きなざわめきが起きた。


 得点上では同点で 4組、5組ともに優勝という判断が示されたが、表彰式で優勝の賞状を得ても 旋たち4組の中では結局1年間を通じて 5組には勝てなかったという虚しさがクラス全員の仲間たちの胸を締め付けた。そして 学校を代表して市の大会に、出場する学級は 審査員でもある山村先生の判断で5組に決まってしまったのだった。


 自分のクラスの生徒たちの頑張りを見てきた山村先生の心の中では、自身のクラスを選出したいという思いはあったのだろうが、教師としての立場として えこひいきに思われてしまうのを嫌がったのだろうとおもわれたし、年間を通じての5組の頑張りに対しては 学校を代表して送り出すには 適切であろうと言う判断もあった様だった。

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