第73話 巨悪の影①
「東雲さん、これは一体…どういう状況なのかね?」
「私が聞きたいです…」
なにがなんだかもうわからん。
「うむ…とりあえず状況を整理しようか…」
「はい…」
「まず、そこの男だ。何をしにきて、どうしてこうなったんだ?」
「この人、私の前世…死ぬ前の人生で先輩だった人なんです。突然ウチに来て、私を襲おうとしました」
「お、おそ…」津島の鼻の穴が広がる。
「エロい妄想はやめてください。なにもされてませんから」
俺は両手で胸を隠す。
「なっ!?そ、そんなことは考えていないぞ!」津島は慌てて両手を前に出しブンブンと振った。女神の裸を必死に見ていた前科があるので説得力ゼロである。
「…そういう事にしておきます。で、この人、加藤先輩は今の私の事も知ってたみたいで」
「どういうことだ…?」津島は眉をひそめる。
「さあ…ナターリャはあんな調子だけど、転生の事を他人に漏らすはずがありません。曽根崎さんや心愛も。そもそも誰も、加藤先輩の事は知りません」
そして、加藤先輩は、そんな事をする人じゃない。友達を残らず失った俺に、最後まで手を差し伸べてくれた人なんだ。
「なるほど…しかし、本人に聞かないと何とも言えんな」
「ええ。なんであんな事を…」
「まぁ、とりあえずそれは置いておこう。このお嬢さんは?」津島は真理衣の方を見た。さっきまで頭痛で唸っていたが、今は気を失っている。
「えっと…恋…いや、同僚で…」
そうだ。まだ真理衣の気持ちを聞けていない。
「…なるほど。あまり立ち入った事は聞かないでおこう」
「いいんです。真理衣…この子は目覚めたらどうなるんですか?」
転生者が記憶を取り戻すのは初めて見る。性格が変わって、嫌われたらどうしよう…
「前世がよほどの危険人物でなければ、今の性格、人格から逸脱する事は無い。ただ…」
津島は神妙な顔をした。
「た、ただ…?」
「前世が異性の場合、数日間、異性の身体に違和感を覚える事がある。今まで女性として生きてきた記憶は残るから、君よりは楽だろうが」
俺にはしのぶとコルネリアの記憶は無い。転生方法がそもそも違う。女の身体には苦労した。
「あとは…性指向が変わる場合がある。ユーリーがバイセクシャルなのはそれが理由だそうだ」
「じゃあ、元々バイセクシャルの人は…?」
「前世の性指向に偏る可能性がある」
「…そう、ですか…」
真理衣の前世が女だったら…この恋は…無かった事になるかも知れない。彼女の気持ちを聞く前に。
「まあ、とりあえずこの子は無関係です。で、津島さんはなんでここへ?」
「ああ。枡田くんから東雲さんの話を聞いてね。ここの住所はユーリーに聞いていた。それで、桃源郷の媚薬、つまり転生者のことなら私が動くべきと考えてここに来たら、外法の気配を感じてね…」
「外法?またですか?」
「ああ。それでエルヴィンの仕業かと思ったのだが…」
「あり得ません。たった今、ナターリャが天界でエルヴィンを調べると言って出て行ったので」
エルヴィンが逃げ出したのなら、ナターリャがすぐ戻るはずだ。
「なるほど…となると、やはりこの男をどうにかせねばなるまい。目覚めたら事情を聞いてみよう。その前に…」
津島は加藤先輩の前に屈み、頭に手を当てた。
「東雲さん、この男…傀儡の外法をかけられているぞ。これは…髑髏斎の術式か!?」
穢土中髑髏斎。喜多嶋から聞いた、最悪の外法師の名。エルヴィンが髑髏斎ではなかったのか…?
「東雲さん。これは思ったより厄介な事になりそうだ。しかもこの男…」
津島は加藤先輩に巻かれたガムテープを一部破り、ポケットを探った。
中から小瓶が出てきた。透明の液体が入っている。
「やはり…」
「なんですか?」
「桃源郷の媚薬だ…」




