第68話 桃源郷の媚薬③
俺の頭を撫でてくれていた喜多嶋の手が、頭から胸に向かって伸びる。
「え?ミクさん?」喜多嶋の腕を手で止めた。
「なんか、しのぶちゃん…すごく…可愛い…」
喜多嶋の目つきが、だんだん正気を失った曽根崎と似た雰囲気になっていく。
「ミクさん!?ミクさんは男性しか対象じゃないですよね!?」
「え?でも、しのぶちゃん、おっぱい見せて?」
「何言って…!?」
「ねえ、いいでしょ?」
喜多嶋の目から完全に光が消えた。
「おっぱいは敵じゃないんですか!?」
喜多嶋は巨乳の女が嫌いなはずだ。明らかにおかしい。
ナターリャは喜多嶋の目を観察していた。
「え?敵だよ?巨乳はみんないなくなればいい。でもおっぱい吸わせて?」
「おかしいおかしい!ナターリャ!」
「…なんだろうね?ほいっ」
ナターリャが指を鳴らすと、喜多嶋も気絶した。
「どうすんのこれ…」
「加古ちゃんにも襲われてみる?」
加古医師はチビデブハゲ三拍子揃ったオッサンだ。そんな彼が正気を失ったら…
「む、無理…」
「じゃ、電話にしよっか」
ナターリャはスマホを取り出して電話をかけた。
ーーーーー
『媚薬だネ』
「媚薬!?」まさかの加古の即答に驚いた。そんな危険すぎる効果の媚薬があるのか?
『失礼だけド、最近生理がこなかったかナ?』
「あ、はい…今日来ました」
『今日?…うーム…』
「どうしたんです?」
『ちょっと思ってたのと違うけド、仙人の仕業だと思うヨ』
今度は仙人!?
『でもおかしいんだよネ。仙人の媚薬は子孫繁栄が目的で、飲んだ後、生理後から排卵日の間に男を魅了するものなんだヨ』
「なるほど…?」
ひと通り、加古から受けた説明によると…
仙人の世界「桃源郷」…
そこに伝わる媚薬は、人間の繁栄を目的として作られたのだという。
製法さえわかっていれば、こちらの世界でも作れるという、厄介な代物だ。
仙人の媚薬を女性が服用すると、飲んだ本人には興奮作用があり、妊娠しやすい時期に目掛けて強いフェロモンと理性を弱める成分を身体から発する様になる。
媚薬の効果は魅了されてから2時間ほどで切れる。
しかし、今回は妊娠し難い日にピンポイントで、男性ではなく女性を3人も魅了した事になる。
…いや、3人ではなく、真理衣以外の2人と信じたい。久々に好きになった相手が、薬の力で自分に惹かれていたなんて信じたくない。
とりあえず、時間の経過を待った。
ーーーーー
「うーん…」先に曽根崎が目を覚ました。
「大丈夫ですか…?」
「私は一体…あ、しのぶ…さん…」曽根崎はまだ虚ろな目をしている。
「…なんだか、ものすごく破廉恥な夢を見た…って…えっ!?は、裸…」曽根崎は、掛け布団で胸を隠しながら俺を上目遣いで見た。
「いや、俺じゃないです」
「では私は誰に…」
「ご自分で脱ぎました」
「な、なぜ…」
「そりゃ、しのぶちゃんの身ぐるみ剥いで襲いかかってたからだよ」ナターリャがド直球に事実を突きつけた。
「…え!?」
「本当にすまない…」
曽根崎は土下座している。
喜多嶋はまだ目覚めず、ソファの上に寝かせている。
「いいんです…その、顔を上げて下さい…」
「しかし…その…私の気持ちは…」
曽根崎は媚薬以前に、俺の事が好きだったらしい。
「その…ごめんなさい…好きな人が出来たので…」
付き合えるのか曖昧なまま今日は別れて来てしまったが、俺は真理衣の事が好きだ。曽根崎の気持ちには応えられない。
「そう…か…」
「で、どこで媚薬飲まされたの?しのぶちゃん」ナターリャが寝転がった姿勢でスマホをいじりながら言った。人間の色恋沙汰関係無し。容赦無し。
「…全く記憶にないけど…仙人から転生した人なら1人、会社にいるんだよな」
しかし、等々力が、俺に媚薬を…?何のために?




