第59話 ホワイト企業の闇①
『等々力くんとは、前世からの仲ですから』
「へっ!?」
前世からの仲…ということは、仙人の世界の出身…!?
『…冗談ですよ。ところで、今回の件は大変失礼…というよりご迷惑をおかけしました。改めてご来社頂いた皆様にお詫びに伺います。等々力くんにもそのようにお伝えください。商談はそれが落ち着いてからということで』
「は、はぁ」
このタイミングで冗談とは…最近、転生だの転移だのとファンタジーに染まり過ぎて、長い付き合いという意味の冗談を真に受けてしまった。
『東雲さん…また、お会いできるのを楽しみにしていますよ…』
背中に寒気が走る。電話の向こうで毒島が気持ち悪い笑みを浮かべているのがわかる。
「は、はい…し、失礼します」
電話を切る。
あの男の声は、女性の脳が生理的に嫌う周波数でも出しているのだろうか。ひたすらに気持ち悪かった。
いや、直接会った時もそうだ。底知れぬ不気味さを放つ男。
毒島は、本当にエルヴィンに操られていただけだったのだろうか。
…分からない。病院の廊下を歩きながらあの男の顔を思いだそうとするが、気持ち悪かったことだけが印象に残り、顔がボヤける。キツネ顔だった様な…分からない。
「毒島さんに電話してきました」
「ああ、戻りが遅かったということは、繋がったみたいだな。すまない、電話させて」等々力は微笑んだ
「いえ。ただ今回の事故のお詫び回りが終わらないと、商談は進められないみたいで…」
「…うーん。この件をどうするかは毒島さんの上司次第だろうな」
「え?あちらの事故であちら次第とは…?」
「ん?ほら、報道発表するかどうかだよ」
「ニュースにはなってますよね?」
「いや。ならない。見てみろ」
テレビを点ける。
救急車を呼んだはずなのに、テレビもネットニュースも何も書いていない。
SNSで検索すると、「大きなビルの裏手に救急車が入って行った」という投稿が数件だけあった。
「これって…」
「社会的影響の大きな天衣社や我々清光の様な会社の場合、こういう事故は会社の損失以上に社会の損失になる事が考えられる。なので、報道するかどうかは…その会社の幹部が決める事だ」
そんな事、テレビの中の話だと思っていた。
「そんな…」
「…あ。いや、すまん…忘れてくれ。この話は俺も…信じられなかったんだ。ああ。しまったな…東雲。これは我が社の社員は皆、薄々感じているだけでそれが事実かどうかを知る者はいない…ちょっと近くに来てくれ」
等々力の近くに寄る。ふいに、袖を引かれて顔が近づいた。等々力の口が俺の耳元へ。等々力の息がかかる。
「…このネタを使って、俺は本社に返り咲くつもりだ…東雲も俺についてこい」
等々力は誰にも聞こえない小声で俺に囁いた。
すぐに顔を離した。
「…考えておきます…」
等々力が何をしようとしているか、なんとなく想像できる。
事故の件を天衣社が隠蔽しようとすれば、それを使って商談を優位に進め、出世の足掛かりに…それは他社もやりそうではあるが、会社同士のパワーが拮抗していなければ不可能。それができるのが清光商会だけと踏んだのか。
あるいは、天衣社と清光商会の間でこの件を隠蔽したと清光商会側を脅すのか…
しかし、返り咲くとは…等々力は過去に何かしたのだろうか。
…なんだか、転移者探しよりもずっと、現実世界の事の方が面倒に感じてしまう。
なぜか俺に当たりの強い田野島。転移者の疑惑もまだ晴れない。
内勤なのに本社への出張がやたらと多い梅木。
退職再雇用の作田は、おそらく転生者か転移者で、どちらかは確定だ。
栗田は…そこまで気になる事はない。
そして等々力。
同じ部署内でも曲者ばかりだ。
ホワイト企業も、なかなか大変だな…




