第27話 前世 東雲忍③
雪島先輩は電話のあった日から1週間後、会社の屋上から飛び降り自殺した。
過労が原因だった。
俺は先輩の葬儀に出席するため、その日生まれて初めて仕事をサボった。
遺影はあの日の笑顔そのものだった。
遠距離恋愛の彼氏は葬儀に来なかった。
その後、加藤先輩に何回か会った。お前も働き過ぎだ、葵ちゃんの後を追う気かと迫られ、自分の仕事を省みた。
そして、俺は仕事を辞めた。
退職しても天涯孤独の俺には頼るものがない。すぐに新しい仕事に就いた。
また営業職。
今度は365日働かされる事もなく、休みもあった。
仕事が減って余裕ができ、恋人ができた。
女はキャバクラに勤めていた。ある日、接待で行ったキャバクラで出会い、その後誘われて個人的に会ってホテルで一夜を過ごした。俺は初めてだったが女は優しく、何も文句を言われなかった。
女は俺が寝ている隙にメイクを落として早起きして直そうとしていたらしいが、たまたま夜中に俺が目覚めて素顔と対面した。
女の顔は化粧をしている時とまるで違う顔をしていた。それがかえって魅力的に見えた。
「見ないで!」女は顔を隠したが、俺はその手を掴んで顔を見た。
「いや、これがいい」
「えっ…」
こうして、俺はその女と付き合い始めた。雪島先輩を忘れたかったのかもしれない。
しかしそんな気持ちでは当然、長くは続かず女は出て行った。
その後も何人かと付き合ったが、誰とも続かなかった。
女たちは皆こう言った。
「あなたは、自分が何かしたいって気持ちはないの?」
よく分からなかった。
高校時代を好きな人に捧げ、10代の最後を職場に捧げ、付き合った女には、仕事の妨げにならない程度に構ったつもりだった。
俺がやりたい事…
分からない。
雪島先輩は、今の俺を見てなんと言うだろうか。
「色んな人を助けてあげてね」
そんな先輩の言葉がこだまする。
俺は、一番助けたい人を助けられなかったじゃないか…何が専属秘書だよ。
電話をかける。
「あ、加藤先輩?今から飲みに行きません?」
加藤先輩は結婚していた。
「おまえもいい人見つけろよ。葵ちゃんが死んで…もう3年だぞ」
「そうっすね…でも、あの時先輩は…」
「また飲みに行こうって言われたって話だろ?あのな。その時お前がヒマだったとしても、あの自殺は遺書すらなくて突発的だって話じゃねえか。だから関係ないよ」
「そう、ですね…」
「それより、おまえもブラック企業勤めだったんだろ?今のところは大丈夫なのか?」
「まぁ、大丈夫ですね」
「…ならいいけど…ホント、働き過ぎは良くないからな」
「ええ…」
「ところでおまえさ、生まれ変わりって信じてるか?」
「え?なんですか急に」
「生まれ変わりだよ。なんかほら、前世の記憶っての?思い出すやつ」
「あぁ…」
「ウチの上司がさ、急にそんなことを言いだしたんだよ」
「オカルト趣味ですね」
「いや、違うんだよ。なんかさ、心の病気かなんかっぽいんだよ。自分は騎士の生まれ変わりだとか言い出してよ。相当酔ってたからなんとも言えないけど、ヤバいぜアレ」
「そういう小説の読み過ぎとかじゃないんですか?俺も好きですよ」
「まぁ、そうかな…それにしては設定が凝ってたんだよなぁ…ほら、葵ちゃんの書いてた小説に、そんな話があったろ」
「ああ、かなり面白かったですね。雪島先輩の『青の世界より』」
「ああ!そんなタイトルだったな!懐かしいなぁ。どんな話だっけ」
「…えーと…主人公が生まれ変わって…いや、それ以外は忘れました」
「そっか…今度ご遺族に頼んで読ませて貰おうか…」
「はい…」
「葵ちゃんも生まれ変わって、幸せになってるといいな」
「そうですね」
そして、その翌日。
俺は死に、生まれ変わったのだった。




