第26話 前世 東雲忍②
高校を卒業し、就職が決まったすぐ後、両親が事故死した。
家庭は貧乏ながら両親は優しく、愛されて育った俺は2人の死を心の底から悲しんだ。
友人も皆俺を心配してくれたが、就職先はそんな彼らと会う暇すら与えてくれなかった。
ブラック企業。
何もわからないままひたすらにこき使われ、休みもなく毎日仕事をした。俺を心配していた友人達は俺が仕事を理由に断り続けることで徐々に連絡を絶ち、気付けば周りに友人は居なくなっていた。
就職して3年経った頃、雪島先輩の同級生で、俺らと同じく図書委員だった加藤先輩から連絡があった。夜中でもいいから飲みに行くぞ、との事でなんとか深夜に時間を取り、2人で場末の居酒屋に入った。
加藤先輩から、雪島先輩が大企業に就職したことを聞いた。
「葵ちゃん、流石だよなぁ」
「雪島先輩なら、どんな会社でもうまくいきますよ。この俺に勉強を教えてくれたんですから」
「だな!」
「うわ、フォロー無しですか」
「ははは。冗談だよ。っていうか忍、おまえ葵ちゃんに勉強教えてもらうためにわざと低い点取ってただろ」
「あ…バレてたんですか?」俺は現代文は得意だったが、同じく現代文が得意科目の雪島先輩と一緒に勉強がしたかったためにわざと低い点をとっていた。
「バレバレだっつーの。葵ちゃんも知ってたんじゃねーの?それでも教えてやってたんだから、優しいよなぁ。遠距離恋愛の彼氏にも文句一つ言わなかったし」
「…そういう人です」
「そうだなぁ。いや、俺もまだ社会人1年目だけどさ、葵ちゃんはトントントーンって出世しそうだぜ」
「雪島先輩と会ってたりするんですか?」
「ああ。大学も同じだったからな。たまーに会うよ。あっちは彼氏持ちだから他の奴らと一緒に会う様にしてるけど」
「へぇ…」
「今度皆で飲もうぜ」
「ええ、ぜひ!」
「…今じゃダメ?」
気付くと、後ろに雪島先輩が立っていた。
「うわぁ!」
「聞いたぞ、忍くん。私に勉強を教えて欲しくて、わざと点数を落としたそうだねぇ」
加藤先輩はニヤニヤしている。
「あ!加藤先輩!最初から!」
「当たり前だろ!葵ちゃん専属のおまえと俺だけで会うかよ!」
その後俺たちは高校時代の話を肴に、朝まで飲み明かしたのだった。
「じゃあ、またね!」
「あんまり働きすぎるなよ!」
「先輩方もまた!」
雪島先輩は高校時代と変わらない、美しく可愛らしい笑顔を見せた。
…俺、まだ雪島先輩の事が好きなんだな。
そう思った。
電話が鳴る。
「…はい。東雲です」
『あ、東雲君?キミ今日休みだったよね。木下さんにどうしても外せない案件が出来たからさ、午後から出てきて木下さんの代わりに営業行ってきて。よろしく!』
電話が切れた。
いつものことだ。
俺は仕事に出た。
忙しい日々。
仕事。
仕事。
休み…着信、仕事。
仕事。
仕事。
仕事…
俺は365日、仕事をしていた。身寄りもなく、友人もおらず、しかも無知な俺はよほど便利だったのだろう。
ある日の日曜日。いつものように仕事をしながら昼飯を食っている最中、電話が鳴った。
雪島先輩だった。
「はい、東雲です」
『あ、忍くん?』
「どうしたんですか?」
『今、ヒマ?』
「会社ですけど、電話はできますよ。今俺しかいないし」
『あっ、そうなんだ。ごめんね、お仕事中に』
「気にしないで下さい。それよりなんかありました?」
『ううん、お仕事中ならまた今度でいいや。大した事じゃないから。ごめんね』
「いえ。電話でもよければ…」
『いいよ。邪魔しちゃうから。またかけるね!近いうちにまた飲もうね…』
「ええ、ぜひ!」
俺の心に、久々に淡い恋心が芽生えた。また雪島先輩に会える。
しかしそれが、俺と雪島先輩の最後の会話となった。




