第25話 前世 東雲忍①
曽根崎裕佳梨の笑顔を見て、俺は雪島先輩の事を思い出した。
雪島葵先輩。俺の高校時代の先輩だ。雪島先輩は誰よりも優しく、誰よりも楽しく、そして誰よりも美しかった。
高校時代。貧乏育ちの俺は部活など出来る金があるわけもなく、1年の初めから部活を諦めていた。
そんな4月。俺に声を掛けてくれたのが雪島先輩だった。
雪島先輩は図書委員だった。俺の通う学校は図書委員が部活動化されており、毎年、委員会メンバーの勧誘によって人員を確保していた。
「ねえキミ、私の後輩になってくれない?」
黒く長い髪、整った顔立ち。高校生とは思えないほど、洗練された美女。そんな雪島先輩に声をかけられた俺は一瞬にして恋に落ちた。
…しかし、雪島先輩にホイホイついていった俺は彼女の笑顔に騙された事に気づく。図書委員の仕事は案外大変で、どうやら俺は力仕事要員として誘われてしまったらしい。
「ぐぐぐ…」
「忍くん!頑張って!」
「ぬぉお!」
「やった!動いた!その調子よ!」
…古い書棚を動かしたり、
「忍くん、あれ、運んでおいてね」
「300冊くらい見えるんスけど」
…大量の本を運んだり、
「あ、あの、先輩あまり動かないで…」
「もうちょい…きゃあ!」
「ぐえっ!」
先輩を肩車して崩れて、物理的に尻に敷かれたり。
すっかり利用されていたが、先輩はその何倍も、色々なものを俺に与えてくれた。お菓子を作ってきてくれたり、塾に行く金が無い俺に勉強まで教えてくれた。本当に優しい人だった。毎日が楽しかった。
そんな先輩に勧められて読書をしていなければ、俺は力仕事しか出来ない男になっていただろう。もっとも、労働基準法に少しでも触れている本を読んでいれば…ブラック企業に就職しなかったのだろうが…。
「忍くん、この1年間、本当にありがとう。他の先輩もいたのに、なんだか私ばかりこき使っちゃったみたいで」
「何言ってんですか。俺は雪島先輩に勧誘されたから来たんです。他の先輩も俺の事、雪島専属秘書って呼んでますよ」雪島専属。俺はその呼ばれ方がなにより嬉しかった。
「私の専属、かぁ。ねえ忍くん、私がどこか大きな会社の社長になったら…ほんとに専属秘書になってね」
「もちろんっす!でも…その…」
「なぁに?」
「あ、いや…」
「どうしたの?」
「秘書というか…」
「というか?」
「先輩は!か、彼氏とかいないんです、か…」今まで聞けなかった事を、俺はこの時初めて先輩に聞いた。
「いるよ」
「え!?あ、まぁ、そっすよね…先輩、めっちゃ美人だし…」俺の初恋は一瞬にして破れた。
「めっちゃ美人って。ふふ。ありがとう。私の彼、留学してて。日本に帰ったら次は国際的な会社に就職するって言ってるの。だからこの先もきっと、遠距離よ」
「ひどいですね!先輩を置いて!」
「それでも好きなの」
「あ…すいません…」
「忍くんは、いつも誰かために怒るよね」
「え?」
「キミが自分の事で怒ったのを、見た事が無い」
「そんな事…」
「いつも誰かのために行動してる。だから私の専属秘書もやってこれたのかな」
「いや、それは…」先輩の事が好きだったからだ。
「でも、私じゃなくても必ず誰かのために動いちゃうんだよね。キミって」
「…なんか、気付いたら身体が動くんです」
「いい事じゃん。その気持ちで、これからも色んな人を助けてあげて」
「はい」
その後、雪島先輩は有名大学に進学していった。




