幕間 羽根の話、つまるところパンツ
女の身体に転生して半月ほど経つ。
俺は転生後すぐに生理を経験した。毎月、あんな思いをしなくてはならないのかと思うと気が重い。
女に転生というものは、フィクションとは全くちがっていた。生理だけではない。漫画だとブラジャーをつけ忘れて周りの男をドキドキさせる様な展開があったりするが、それも俺にはありえない。なぜなら…
「めっちゃ乳首浮いてる…」
俺は寝ぼけてブラジャーをつけ忘れたまま、シャツを着ていた。そう。ビジネスマンは誰よりも乳首浮きを気にする人種なのだ!誰も見たくない不快ポイントを晒すほど、俺は営業初心者では無い。
「別にいいじゃん。誰も見ないって」
ナターリャがソファーでゴロゴロしながら話しかけてきた。
「ばかもん!意外と見られてるもんなんだよ!男の汚いポッチですら分かるのに、こんなに立派な乳ならなおさら見られるわ!俺だって見るわ!」俺は胸を張った。
「そんなもんかー」
ナターリャはこちらをちらりとも見ずに、興味なさげにスマホをいじっている。
「…そんなもんだ。ところでナターリャ。今日は買い物に行くけど、一緒に行くか?」
「行く!」ナターリャは目を輝かせた。前回人化した時よりも今の方がお菓子がうまいらしく、それが目的だ。
「じゃあ支度してきなさい」
「ほーい」
ーーーーー
買い物に向かう途中。俺とナターリャは他愛ない会話をしながら歩いていた。
「退院前、ミクさんに女性の必需品をもらったんだけどさぁ…」
「ナプキンね」
「…うん、ぼやかした意味無いな。まあそうなんだが、あれさ…」
「ん?」
「だめだわ…」
「退院初日に慣れたって言ってたじゃん」
「いや、そうじゃないんだ!」俺は拳を顔の前で握る。
「んー。私、人間の生理現象は食事以外省略してるからわかんないんだよね。何がダメなの?」
「便利だなその身体…そうそう、ダメなんだよ。ボクサーパンツじゃ!」
「そうなんだ」ナターリャは俺の悲痛な叫びにも平然としている。まぁ、そういう子だ。
「ズレるんだよ。それがなんか…男で言うところのポジション的な…うん、ナターリャに言ってもだめか」
「あー、チンポジね」
「分かるんかい!!」
「男子が言ってた」
おいおい、セクハラかよ高校生男子。
「でさ、ボクサーパンツだと羽根が…ごわつくんだよ…」
ナプキンには〝羽根つき〟タイプというものがあり、ショーツの股…クロッチという部分から左右にはみ出るものがある。その方が吸収量が多く、安心だ。
一度羽根なしを試したがすぐパンツが汚れた。そういう体質らしい。なので俺は羽根つき派…って俺、男だよな…女に染まる前に、早く男に戻りたい。
「ははーん。しのぶちゃん、じゃあ今日はおパンティ〜を買いに行くのね!」
近くにいたオッサンが俺たちを振り返った。
「声がでかい!」
ーーーーー
下着売り場に来た。
男の時は近づいたり見たりする事さえもはばかられた女の園である。
「へー。今時の下着ってすごいねぇ」ナターリャはキョロキョロしている。
「婆さんかよ…さて、何がいいのやら…」
「これは?」ナターリャが手に持った下着のラベルには〝ふんどしショーツ〟と書かれていた。
うん。きっと利点はあるのだろうが、初めて女のパンツを買いに来た俺にはレベルが高すぎる。
「普通のでいいよ普通ので!」
「じゃ、これ」次にナターリャが持ってきたのはモッサリした綿パンで、前に小さな赤いリボンがついていた。
「普通というか、絵に描いたみたいなパンツだな…大人が穿くもんじゃないだろ…っていうかナターリャはどんなの穿いてるんだっけ?」
「私?ノーパン」
「は!?」
「ノーパン。」
「ダメでしょ!?」
「大丈夫大丈夫。スカートがめくれたら天界から光が射す仕様になってるから」
「なんかそれ最近のアニメで見たな…」
「あー。前回人化したときに私を手伝ってくれてた人間、アニメ作ってるって言ってたよ」
「お前の仕業かよ!」
…こうして、俺は結局女性ものの下着を買い、完全に女と変わらない生活をすることになった。他人からは平然としている様に見せなくてはならないが、他にも色々苦労している。
急に女になったって、不便が増えるだけで何も良いことがない。とにかく、早く男に戻りたい。
…この時の俺は、そう思っていた。
DVD版ではナターリャに射す光が消えます。




