第22話 隣人 曽根崎裕佳梨①
定時で仕事が終わり、やることがなかった俺は料理も出来ないくせに食材を買って帰ってきてしまった。
「ナターリャ…料理って、どうやるのかな…」
俺は薄ら笑いを浮かべながら女神に助けを乞う。
「知らなーい」ナターリャはスマホをいじりながら生返事をする。
「えぇ…」
とりあえず食材を入れようと冷蔵庫を開けた。
「あ。肉じゃが…」
冷蔵庫の中には隣人の曽根崎から貰った肉じゃががあった。
「ナターリャ、とりあえずレシピとか見るから肉じゃが食べてまっててくれるか」
「はーい」ナターリャはやはり俺の話を聞いていない。
「ちゃんと聞いてんのかー?」
「うぇー」全く聞いていない。俺はナターリャのスマホを取り上げて肉じゃがを差し出した。
「これあっためて食べて待ってなさい!」
「…お母さんみたい」
「…お父さんと言え!」
ナターリャはぶーぶー言いながら肉じゃがをレンジで温めて食べ始めた。
「しのぶちゃん!これ美味しいよ。あ!これくれた人に料理教えてもらおーよ!」ナターリャの目が輝く。
「いや、さすがに迷惑だろ…」
俺がそう言っている最中に、ナターリャは既にお隣のインターホンを鳴らしていた。
「やあしのぶさん!料理を習いたいそうだね!」
お隣の変なお姉さんがものすごい勢いで俺の部屋に入って来た。
今日は柴犬柄のスウェット上下を着ていた。
「えっと…良いんですか?」
「んふ…ゴホン!も、もちろんだ!たまたま暇だったものでね!」なんか変な笑い方したけど大丈夫かこの人…
まぁ、ナターリャも何も言わないし、大丈夫かな。
「じゃあ、お願いします」
俺達はキッチンに立ち、ナターリャはまたソファでスマホをいじり始めた。
「そう…沿わせて…ゆっくり剥くんだ…上手だね…」
「はい…」
「いいぞ…次はそれを…」
「あの…」
「なんだい?」
「息で耳がくすぐったいので背後じゃなくて横に立っていただければ…」
「そ、そうだな!すまない!」曽根崎は俺にぴったりとくっつく様に立って指導していた。やっぱり変な人だ…
なんだかんだで曽根崎に教わって豚汁を作り、米も炊けた。魚も焼いて、良い感じの食卓になった。
「いただきまーす!」
ナターリャがすぐに食べ始める。
「キミはずいぶん日本語が上手いし、箸まで使えるんだな…」曽根崎が難しい顔をしている。
「あ、父親が日本人で、この子母親似なんです!」慌てて誤魔化した。
「なるほど、ね。ところでしのぶさん。よかったらこれから、何度か今日みたいに一緒に料理しないか?」曽根崎はさわやかな笑顔でウィンクする。美人だな…変な人だけど…
「いいんですか?」
「もちろんだ!私も独り身で寂しいから…こ…妹が二人できたみたいで楽しい。私からお願いしたいくらいさ!」子供って言いかけたのかこの人。そんな歳かな…?
「それは助かります。こどもに毎日外食させるのも気が引けたので」
俺は、両親が死んでからずっと外食とインスタント食品だけで暮らしてきた。
恋人がいた時期は少しは手料理も食えたが、仕事が忙し過ぎて一緒に食べることは無く、今まで付き合ってきた女は皆、そんな俺と付き合いきれずに離れていった。
なので、誰かと食卓を囲むのは久しぶりの事だ。
「…そうか。もっと料理を覚えれば良いお嫁さんになれるぞ、しのぶさん!」
曽根崎は俺をまっすぐに見つめている。
「いや、それだけはないです…」
「いやいや、こんなに可憐な人が…そういえば、しのぶさんには恋人はいないのかな?」




