第三章 -32-
本来この国が進むべきだった国の形とは、一体どんなものだったのだろう。
なぜ、聖武帝や基皇子が、早すぎる死の宿命を持って生まれてきたのか。
藤原氏の横紙破りの専横が、天の神々の怒りに触れるのか。
それとも、壬申の乱によって帝位を受け継ぐことになった天武帝やその子孫たちに、それを恨みに思っているであろう天智帝や戦に破れて死んでいった大友皇子が、大いなる祟り神となって襲い掛かろうとしているのか。
誰が、どんな意思を持って、どんな未来を築こうとしているのか。
堅魚にはわからなかった。
だが、ただの一人の人間に過ぎない堅魚には、いずれにしてもその前に立ち塞がることなど、あまりにも荷が勝ちすぎるというものだろう。
少しでも気持ちを落ち着けようと、堅魚は意富加牟豆美から手渡された錦の筥を握り締めた。
こうして手に持っているだけで、神々しい光のようなものが、しんしんと身体中に満ちてくるような気がする。
人間の寿命を操ることができるという神宝……天璽十種瑞宝。
それには確かに、人間の魂をこの世に呼び戻す力があるようだ。
だが、それを使うことが、果たして我々にとって良い結果をもたらすのだろうか。
人間の生き死にというものは、神の領域にあって、決して人間自身が手を触れてはならない問題なのではないか。
「そなたの好きにするが良い。神々は決して人間に無理強いはしない。人間がある道を選び取り、それに伴う犠牲や責任を引き受けるというのならば、神々はただそっと遠くから見守るだけだ。この天璽十種瑞宝を使うか、否か。それはそなた自身が決めねばならぬ」
意富加牟豆美は静かにそう言った。
しばらくの間、堅魚は天璽十種瑞宝を握り締めたまま、俯いてじっと手の中のものを見つめていた。
だが、やがて堅魚はきりりと顔を上げ、意富加牟豆美を真っ直ぐに見つめながら答えた。
「やはり、私はこれを使いません。人間の命を弄ぶのは間違っている。生死の問題に、人間は関与するべきではない。基皇子の魂は……天女の腕に残しましょう」
「本当にそれでいいのかね」
「基皇子はもう死んでしまったのです。それが寿命である以上、これはもう致し方のないこと。聖武帝も光明子妃も、諦める他ありますまい。それに、国盛や藤原氏の者たちも、自分の身の降り方など自分自身で画策すればよいのです。罪もない基皇子の魂を無理矢理この世に連れ戻すなどという安易な道に頼らず、自分たちの知恵を絞り自分自身の手を汚してでも、己の欲するものを戦い取っていくべきだ。天璽十種瑞宝は、そんな私利私欲を満たすようなことのために、天津神々が我らに下されたものではないはず……そう、私は信じます」
そして、手に持っていた天璽十種瑞宝を差し出しながら、堅魚は意富加牟豆美に言った。
「これは、これからもこの桃花源でお預かりください。ありがたい天津神々の神宝も、使う者が間違えば恐ろしい悲劇を招くでしょう。現世にあれば、悪しき者の手に渡らぬとも限りません。ここでお守りいただくのが、一番良いのだと思います」




