第二章 -29-
戻ってみると、麻奈古は先ほどと同じように岩陰に座り込み、自分の両腕で身体を抱えるようにして震えている。
もう消えかけていた紙束の火の上に、堅魚は急いで乾いた細かい木切れをくべた。そして、少し息を吹いて空気を送り込んでやると、火はまた勢いよく燃え上がる。
暖かくなったのに気づいたのか、麻奈古は顔を上げて堅魚に言った。
「まだ、あの辺りに薪になるようなものがあったか」
「ええ、たくさん。これだけあれば、しばらくは火が持つでしょう。足りなくなったら、また取りに行ってきます。それにしても、あんな奥にこんなものがあることを、どうしてご存知だったのですか」
「ここには、以前に一度だけ来たことがあるから」
「でも、この辺りの人々には、ここへ来たら死ぬといわれているのでしょう?」
「そう……だから、ここへ来た」
堅魚は思わず無言で目を見張る。
麻奈古は俯きながら、小さな声で呟いた。
「ずっと前、まだ十一、二歳の頃。こっそり楯縫の家を抜け出して、一人でここへ来た。父上が亡くなって、しばらくしてからのことだ」
「どうしてそんなことを」
「ここへ来れば、きっと亡くなった母上や父上がわたくしを迎えに来てくださる……そう思って」
堅魚は愕然とした。
麻奈古は死ぬためにここへ来たのだ。
幼顔の麻奈古が、涙をこらえ小さな足に血を滲ませながら、この稲目の窟戸へ急ぐ姿が目に浮かぶ。
そして、今しているようにきつく膝を抱えながら、あの奥の大巌の前で寒さと恐怖と……絶望に震えていたのだろうか。
堅魚だって、決して恵まれた少年時代を過ごしたわけではなかった。
思い起こせば、いつも寂しい想いをしながら、ただ一人でいる自分の姿ばかりが思い出される。
だが、その頃の麻奈古ほど、辛い思いをしたことがあっただろうか。
孤独は生まれついての堅魚の友だったが、それでも自ら死を選びたいと願ったことは、堅魚はかつて一度もなかったのである。
「でも、誰もわたくしを迎えに来てはくださらなかった。何日も、何夜も、ここでお迎えを待ったけれど、結局誰も」
麻奈古は囁くような声で呟く。堅魚は痛ましげに眉を寄せながら尋ねた。
「それから、どうしたのですか」
「何日ここにいたかは覚えていない。でも、気がついたらここを出て、また楯縫へ戻っていた。わたくしにはもう、そこしか行くところがないから」
そう言うと、麻奈古は急に顔を上げ、激しい口調になって言い放った。
「だから、黄泉穴なんて、ただの迷信だ。ここは、海の水や風で勝手にできた穴倉に過ぎない。黄泉国へ繋がっているなどといって、恐ろしがって近づかないなど馬鹿げたことだ」
橙色の炎の色を受けて、麻奈古の瞳が赤くきらめく。
麻奈古のこれまでの生涯に哀れを催しながらも、堅魚はその美しさに思わず息を呑まずにはいられなかった。
琥珀のように輝く瞳、紅梅の花弁を思わせる唇。
あの艶やかな頭に頬を寄せて、乱れた黒髪を撫でてやりたい。
その震える身体をしっかりと抱き寄せて、麻奈古を苦しめる全てのものから守ってやりたい。
堅魚はふいに、強くそう思った。
だが、堅魚はただもう一本、木切れを焚き火にくべただけだった。
そして、目の前の炎をじっと見つめながら、そのまま長い間黙っていた。
父の死の間際のことが、頭の中をよぎったからだ。
差し伸べた手を、またしても拒まれたなら。
堅魚はあれ以来、必要以上に臆病になっていた。




