第二章 -26-
そこは意外に広い空間だった。
ところどころに岩が転がっているのを除けば、地面は平らで思ったよりさっぱりと乾いている。
薄青い月光が洞窟の中に差し込み、気味が悪いというよりはむしろどこか神秘的な感じがした。
堅魚は目を凝らして麻奈古の姿を探した。
麻奈古は入口から少し入ったところにある大きな岩の陰に座り込み、ぐったりと首を落として俯いている。
今日は一日馬に乗りっぱなしだった上に、いろいろなことがありすぎた。さすがの麻奈古も疲れたのだろうか。
堅魚は麻奈古が矢を受けて怪我をしたことを思い出し、肩に担いでいた布包みを下ろした。そして、中を探って小さな貝の入れ物を取り出す。
これは、楯縫の郡家を出る時、史が持たせてくれた傷の塗り薬だった。
堅魚は麻奈古の側に跪き、遠慮しながら血で汚れた左腕の袖を捲り上げた。
麻奈古は少し身じろぎしたが、目を閉じたまま黙っている。
薄暗いなか、堅魚は何とか目を近づけて傷を検めた。
幸い矢は綺麗に抜けており、傷口は小さくてもう出血も止まっている。だが、二の腕は熱を持っていて、どうやらかなり腫れているようだ。
堅魚は塗り薬を指にとり、傷口に刷り込んだ。
だが、麻奈古はゆっくりと首を横に振りながら、小さな声で呟く。
「無駄だ」
堅魚は驚いて問うた。
「なぜです」
「ひどく気分が悪い」
「ならば、他の薬も持ってきています。胃の腑でも痛むのですか。それなら、これを」
堅魚は布袋に手を突っ込み、中を探ろうとした。だが、麻奈古はその手を押さえて言った。
「毒だ」
「え?」
「佐底麿はいつも自分の矢に毒を塗っている。あの男は腕力だけは強いが、弓の腕前は大したことはない。狩に行ってもなかなか獲物を仕留められないので、いつもそうしているのだ。少し掠っただけでも獲物が死ぬようにと」
「何てことだ」
堅魚は顔から血の気が引くのを覚えた。
堅魚はいきなり麻奈古の腕に唇を押し当て、そこから毒を吸い出そうとした。蝮などに噛まれた時、こうすれば毒を抜くことができると何かの本で読んだことがある。
だが、麻奈古はまた首を振った。
「あれから、もうかなり時間が経っている。たぶん、もう毒が身体に回ってしまっただろう」
「何の毒です。それがわかれば、何か解毒の方法があるかもしれない」
「何を使っているかは知らない。たぶん、附子(注)か何かだろう。でも、解毒の方法はないらしい」
「まさか」
「佐底麿はいつもそういって、むしろそれを自慢していた。人を脅す時にも、いつもあの矢を向けたものだ」
「でも、でたらめを言っていたのかも」
「あの男の身内の者すらそれを恐れていたから、おそらく本当だと思う」
そう言うと、麻奈古はまたぐったりと岩陰に寄り掛かってしまった。
堅魚は青ざめた顔を引き攣らせて、思わずうめくように呟いた。
「一体どうしたらいいんだ」
*注「附子」…トリカブトのこと。




