第二章 -16-
「そうか。それにしても、どうして太田殿の母君はそれほどまでに麻奈古殿を嫌うのだ。麻奈古殿にはそう悪いところがあるようにも思えないのだが」
世慣れない若者のような堅魚の問いに、史は思わずぶっと吹き出した。だが、堅魚が極端に人交わりの少ない環境で育ち、未だに独身を通していることをすぐに思い出したらしく、少々苦笑しながらも堅魚に言った。
「女の心というものは、実に複雑で難しいものなのですよ」
「どういうことだ」
「太田様の母君が、麻奈古様を可愛く思う道理がございませんでしょう。夫が自分に隠れて自分より若い女の元へ通い、子供までもうけてしまった。その上、今はその子供の面倒まで看させられているのですから」
「でも、大した世話はしてやっていないではないか」
「それでも、同じ家に居るだけで十分目障りなのですよ。しかも、その子は大そう美しく生まれついた。自分の目の前に、若く美しく、才能があって何でも器用にこなし、その上皆に愛されている者がいる。それを耐えがたく思う女もいるのです」
「嫉妬か。でも、美しく生まれついたのは麻奈古殿のせいではあるまい」
「そうですな。しかしながら、麻奈古様ほど美しいお方になると、本人は何もしていなくても、勝手に相手から妬まれることも多いのです。それに、同じ家に女がたくさんいるというのは、何かと難しいことが多くなるものですからな」
「だが、太田殿の母親と妻は、さほど仲が悪いわけではなさそうではないか。世間では、嫁と姑の仲が悪いというのはよくあることなのに」
「それはそうですが、仲が悪い人間同士にもし共通の敵がいたら、その二人はかえって上手く協調していける場合もございます」
「敵の敵は味方というわけか」
「さようで。現に、麻奈古様がこちらへ参られてから、それまで険悪だったこの家の姑と嫁の仲が良くなったのですよ。麻奈古様がこの楯縫に来たのは、私がこの郡家の世話になるようになってから半年ほど経った時でしたから、その頃のこの家の様子はよく覚えております」
「でも、父親は大そう可愛がっていたのだろう」
「ええ、だから父君が生きている間は、まだ良かったのです。でも、その間父君は、それこそ舐めるように麻奈古様を可愛がっておりました。麻奈古様が何か言う前から、麻奈古様の望みを上手く察して叶えないお前たちが悪いといわんばかりに、家の女たちを叱ったりしていたようで。それに、あまりにも麻奈古様ばかり愛しみ、ご自分の孫である太田様の子供たちには見向きもなさいませんでした」
「太田殿には子があるのか」
「はい。跡取の男の子の他に、女の子が二人ほど。自分の子が蔑ろにされるのを喜ぶ親などおりませぬ。太田様の奥方が父君の仕打ちを恨みに思うのも無理はありますまい」
「だから、その保護者がいなくなったとたんに、麻奈古殿を苛め始めたというわけか」
「ええ。この家でもっとも力を持つ二人の女が、麻奈古様を目の敵にし始めたのです。召使や奴婢たちも従わないわけには行きませぬ。それに、母親がそんな風ですから、太田様の媛君たちも母親に倣ってみな麻奈古様を軽んじるようになる始末」




