第79章
翌年、ベレニスと母親はインドの大部分を旅行して回った。この魅力的な国を、もっと見たい、知りたい、と思った。人生の四年間をヒンズー哲学の本格的な研究に捧げたが、原住民の生活を十分見てきたので、欺かれ無視された人々であることがわかった。帰国するまでに彼らについて学べることは全部知りたいと思った。
そして、徐々にジャイプール、カーンプル、ペシャワール、ラホール、ラワルピンディ、アムリトサル、ネパール、ニューデリー、カルカッタ、マドラス、そしてチベットの南国境まで旅行先を広げた。そして遠くへ行けば行くほど、この驚愕と困惑の土地の何百万人もの住民の低い精神的、社会的水準からベレニスが受ける衝撃は大きくなった。国がこれほど立派で奥深い宗教的な人生哲学を発展させるのに、同時に、こんなに低俗で残酷な抑圧的な社会制度を作って維持し、それにより何百万人もがパン以下のものを求めて苦労する一方で、少数が何とか王族のような生活を送っている実情に困惑した。この明確な格差への純然たる幻滅は、あまりにも大き過ぎてベレニスの理解を超えていた。
ベレニスは、汚らしい、ボロを着た、あるいは裸の、見るからに絶望に暮れた物乞いのいる通りや道路を見た。中には弟子である他所から移住してきた聖人に施しを乞う者もいた。地域によって精神的、肉体的な困窮の種類は、他とは比べものにならなかった。ある村では、住民のほぼ全員が疫病に見舞われたが、何の援助も救援も得られず、死ぬことしか許されなかった。また、多くの村落で、一つの小さな部屋を三十人が占拠するのを見るのは普通だった。その結果が病気と飢饉である。それなのに彼らは、部屋に窓や何かの穴があると、自分たちでそれを塞いでしまった。
ベレニスにとって社会悪の最たるものは、子供を妻にするという衝撃的な慣行だった。実際、この習慣の結果はすでにインドの幼ない妻の大半を、健康や正気とは到底比較できない劣悪な肉体的、精神的な状態にしていた。次に来る死は害悪というより天恵だった。
不可触民の嘆かわしい問題は、この考えに至った起源をベレニスに尋ねさせることになった。現在のヒンズー教徒の肌の白い先祖が最初にインドに来たとき、そこには南部の大寺院を建てたドラヴィダ人という色の黒い体格のがっしりした原住民がいた、とベレニスは聞かされた。そして入植者側の聖職者が、自分たちの民族の血が原住民の血と混ざることがないよう、一つの血統が保たれることを望んだ。そのために彼らは、ドラヴィダ人を汚れた『触れてはならない者』と宣言した。つまり最初の人種差別は不可触民制度が始まりだった!
ベレニスが教わったように、かつてガンジーは言った。
「インドの不可触民制度は終わりかけている。すべての反対をよそに急速に進んでいる。これはインドの人間性を低下させてしまった。『不可触民』は、まるで獣以下のように扱われている。まさに彼らの闇は、神の名を汚している。インドに押しつけられたイギリスのやり方を非難するのと同じくらい強く、それ以上に強く、私は不可触民制度を非難する。私にとって不可触民制度は、イギリスの支配以上に耐え難いものだ。ヒンズー教が不可触民制度を抱え込むなら、やがてヒンズー教は死滅してしまう」
しかしベレニスはヒンズー教の講師と立ち話をしているときに、貧弱な幼児を連れた若い不可触民の母親の数名が、いつも遠くの方から物欲しそうな悲しい顔で、自分を見ている姿を見たことがあった。そして、その中の数名がどれほど顔や体型が傷つきやすそうだったかを思わずにはいられなかった。実際、ベレニスには普通の魅力的で知的なアメリカの娘に見えたそのうちの一人か二人だって、もし道徳的堕落や、無視や、孤立にさらされたら、そのインド人の妹に見えたかもしれない。それでも、聞いたところでは、キリスト教徒になってその呪いから解放された不可触民は五百万人いた。
これに加えて、ベレニスは、栄養失調、育児放棄、病気によって回復不可能なほど衰弱して痩せ細り、手探りで歩き回っている、とても大勢の子供たち、小さな飢えた人たちの哀れな境遇を目の当たりにせずにいられなかった。ベレニスは精神的に傷ついた。神、ブラフマンは、すべての存在、至福である、というグルの自信に満ちた言葉が浮かんだ。そうなら、神はどこにいるのだろう? この考えは耐えられなくなるまでベレニスから離れなかったが、突然、この悲惨な状況に立ち向かって克服しなければならない、という逆の考えが燃え上がった。そして、すべての神の中のすべては、この神の地上の相が変えられるか、悪が善と入れ替えられまで、助け、援助し、変えろ、と彼女に話したり指示をしたりしなかっただろうか? ベレニスは心からそうなることを願った。
ベレニスと母親は、終わりのない悲惨な光景の衝撃にショックを受けて苦しんだ。アメリカに戻らなければならない、そこなら自分たちが見てきたものすべてを考えるもっと多くの時間と安らぎがある、もしできるのであればこのような悲惨な状況をなくすのを助ける手段がある、と思うときが、いよいよ訪れた。
そして二人は、明るくて暖かい十月のある日、リスボンから直行するSSハリウェル号に乗って、ニューヨークのロウアー湾に到着し、ハドソン川を上り、二十三丁目に入った。街の見慣れたそびえ立つ地平線と平行してゆっくり航行しながら、ベレニスはインドでの年月が今自分に与えている大きなギャップについて考え、戸惑った。ここには、清潔な通り、高価な高層ビル、権力、富、ありとあらゆる物質的な快適さがあり、よく食べ、きれいに着飾った人たちがいる。ベレニスは、自分が変わったと感じていたが、その変化が何でできたものなのかまだわからなかった。飢餓の最も醜い形を見てしまい、それを忘れることができなかった。また、自分がのぞき込んだ顔のいくつか、特に子供の顔の表情が絶えずつきまとって忘れることができなかった。もし打つ手があるとしたら、これについて何ができるだろう?
しかし、ここは彼女の国、生まれ故郷、世界中のどこよりも彼女が愛する場所だった。だから、ベレニスの鼓動はごくありふれた光景を見ただけで、例えば、果てしなく続く広告の看板、カラーや文字の大きさが十二インチの派手なものを使っているのに実在しないことが依然として多々ある価値を装ったもの、新聞売りの大きな甲高い叫び声、タクシーや自動車やトラックのやかましいクラクション、それを裏付けるものをろくに持ち合わせないことが多い平均的なアメリカ人旅行者の虚栄心や見栄など、を見ただけで少し早まった。
少なくとも数週間、プラザ・ホテルに滞在すると決めてから、ベレニスと母親は手荷物を申告して、ようやく我が家に帰ってきた幸せな気分でタクシーに乗り込んだ。ホテルの部屋に落ち着いてからベレニスが最初に思いついたのはジェームズ医師を訪ねることだった。クーパーウッドのこと、自分のこと、インドのこと、これまでの出来事のすべてのこと、そして自分の将来についてジェームズと話をしたかった。そして、西八十丁目の自宅の個人事務所で彼に会ったとき、ベレニスはジェームズの暖かい心のこもった歓迎と、自分の旅や経験について話さなければならなかったすべてのことに彼がとても関心を持ってくれたことに、大喜びした。
同時にジェームズは、ベレニスがクーパーウッドの遺産に関する話をすべて聞きたがっているのを感じた。すべての出来事の納得いかない扱いを見直すのは嫌だったが、ベレニスの不在中に何が起こったのかを正確に説明するのが自分の義務だと感じた。だからまず、数か月前にアイリーンが亡くなったことを話した。これはベレニスにとって大きな衝撃であり驚きだった。彼女はアイリーンをクーパーウッドが自分の遺産に託した願いを実行してくれる人だといつも考えていた。すぐに病院のことを考えた。病院の設立が彼の心からの願いの一つだったのを彼女は知っていた。
「彼がブロンクスに建設しようとしていた病院はどうなりましたか?」ベレニスは真剣に尋ねた。
「ああ、あれですか」ジェームズ医師は答えた。「あれは実現しませんでした。フランクが死んだとたんに、法律に詳しいハゲタカがわんさかと遺産に舞い降りたんです。請求、反訴、差し押さえ状、果ては遺言執行人の選定を巡る法律論まで抱えて、あらゆるところからやってきました。四百五十万ドル相当の債券が紙くずだとされたんです。抵当権の利息や、あらゆる種類の訴訟費用の請求が常に遺産に対してなされて、最終的に当初の十分の一にまで減ってしまいました」
「じゃあ、アートギャラリーは?」ベレニスは心配そうに尋ねた。
「すべて消えました……競売にかけられたんです。邸宅そのものが税金や他の請求を払うために売却されました。アイリーンはアパートに引っ越さざるを得なくなりました。それから、肺炎にかかって亡くなりました。間違いなく、このすべてのトラブルに対する悲しみが彼女を死に追いやったんです」
「まあ、なんてひどいこと!」ベレニスは叫んだ。「もし彼が知ったら、どんなに悲しむかしら! あれを建てるために一生懸命働いたのに」
「ええ、そうでしたね」ジェームズは言った。「しかし、世間は彼の善意を評価しませんでした。アイリーンが死んでからも、クーパーウッドを社会的な、犯罪者同然の落伍者だと評する記事が新聞にありました。彼らが言うには何百万ドルが『夢のように消えた』からだそうです。実際、ある記事は『何の役に立つのか?』という見出しで、フランクを完全な落伍者として描きました。確かに、多くの心無い記事がありました。大勢の人たちが法律に目をつぶったとはいえ、すべては彼の死後、彼の財産がほとんどなくなったという事実に基づいています」
「ああ、ジェームズ先生、彼がやろうと考えていたすばらしいことがなくなってしまったなんてひどいじゃありませんか?」
「ええ、墓と思い出の他は何も残されていません」
ベレニスは自分の哲学的な発見を先生に話しつづけた。自らが感じた内面的変化が自分に起こっていた。かつてはとても重要だと感じていた物事はその魅力をなくしていた。例えばクーパーウッドと関わりがある自分の社会的な立場への不安だ。自分にとってもっと重要なのは、インド人全体の悲劇的な状況である、と言ってベレニスはそれについて若干話した。貧困、飢餓、栄養失調、文盲、無知などで、その多くは迷信と言っていい宗教的、社会的妄想から生まれていた。要するに、世界の社会的、技術的、科学的進歩をまったく理解していなかった。ジェームズは、ベレニスが話終えるまでところどころで「ひどいな!」「すごいな!」と相槌を打ちながら熱心に聞き、話が終わった後で言った。
「確かに、ベレニス、あなたがインドについて言うことは全部事実だ。でもね、アメリカとイギリスだって社会的な欠陥がないわけじゃないこともまた事実なんだ。実際、この国だって確実に社会悪や問題点は多々あるからね。いつか私と一緒にニューヨークをちょっと一回りしてくれたら、あなたの言うインドの物乞いや、肉体的にも精神的にも生きながらえるチャンスがほとんどない放置された子供たちと同じくらい悲惨な人たちがいっぱいいる広い地区を見せてあげますよ。貧困に生まれて、ほとんどの場合、貧困で終わるんだ。その間の年月だって、私たちが考えるような意味で、生きていると呼べるようなものは何もない。それから製造業や工場の町には貧民街がある。そういう所の生活環境は世界のどこで見られるものと同じくらい劣悪ですよ」
ここでベレニスは、その話を裏付けるようなニューヨークのそういう場所をいくつか見に連れて行ってほしいと言った。生まれてこのかたそういう環境をろくに見聞きしたことがなかったからだ。ジェームズ医師はベレニスがそう言うのを聞いても驚かなかった。彼女の社会ののぼり道は、若い頃から守られた道だったことを知っていたからだ。
もう少し長居をしてから、ベレニスはホテルへ帰った。しかし、帰る途中、クーパーウッドの財産が消散したというジェームズの話を頭から払拭できなかった。クーパーウッドの計画のすべての残骸を心の中で振り返るうちに悲しみでいっぱいになった。私たちは完敗した! 同時にベレニスは、彼が自分に向けた愛情、彼の精神的、感情的な自分への依存、自分が彼に向けた愛情、について考えていた。思い返せば、彼がロンドンに行って地下鉄整備計画に取り組むことを決めたのは自分の影響によるものだった。そして今、ここでベレニスは次の日また彼の墓を訪れようと計画していた。当時の彼女にとってとても生き生きと現実的ですばらしく思えたすべての価値観の最後の形ある痕跡は、彼女がインドで経験したすべてに比べると、今の彼女にはもう重要ではなくなっていた。
翌日は、クーパーウッドが埋葬された日とよく似ていた。空はまた灰色で曇っていた。墓に近づくと、まるで一本の石の指が鉛色の真昼の空を指し示しているようだった。両腕いっぱいに花を抱えて、小石を敷き詰めた道を歩いていくと、フランク・アルガーノン・クーパーウッドの名前の下にアイリーン・バトラー・クーパーウッドの名前があるのに気がついた。あれほど激しく苦しみ、失った男の傍らに今ようやくアイリーンがいるのを見て心が穏やかになった。ベレニスは勝ったように見えたが、それは一時的なものに過ぎなかった。彼女もまた苦しみ、結局は失ったのだ。
クーパーウッドが最後に眠る場所を物思いにふけって見つめながら立っていると、葬儀で語った牧師のよく通る声がまた聞こえる気がした。
「あなたが彼らを追い散らすと、すぐに彼らは眠ったようになります。そして急に草のようにしおれます。朝は青々と栄えても、夜には切り倒され、しおれて、枯れてしまいます」
しかし今のベレニスには、インドに行く前のような考え方で、死について考えることはできなかった。そこでは、死は生の一段階にすぎず、ある物質的な形が壊れることは、別の形が作られる前の段階にすぎないと考えられていた。「私たちは生まれることも死ぬこともない」と、そこでは言っていた。
そして、墓の踏み段にある青銅の壺に花を生けて歩く間にベレニスは考えた。クーパーウッドは生きてここにいたときは知らなかったとしても、彼があらゆる形、特に女性の形の中の美を崇拝し、絶えず探し求めたのは、すべての形の背後に神が描いたもの……透けて輝いているブラフマンの顔……を探し求めたに他ならない、ことを知っていたに違いない。二人が一緒にいたら、彼なら自分とこの考えを分かち合えたかもしれないと願いながら、あの言葉を思い出した。
ブラフマンに吸収され
彼は世界を制す。
ここでさえも、世界の中で生きている、
ブラフマンは一人、
不変であり、悪の手はとどかない。
私たちには神以外にどんな住み家があるのか?
それと、グルが慈善について言ったことは何だっただろう?「他人に与える機会に感謝をしなさい。貧しい人を助けることで、自分を助けることができる、と感謝をしなさい。なぜなら、宇宙はあなた自身ではありませんか? 人があなたのところに来たら、自分から会いに行きなさい」
しかし、今、自分の良心を探してみたが、慈愛の心はこれまで自分の人生のどこにあったのだろうか? これまで他人を助けるために、自分は何をしてきたのだろう? 自分の生きる権利を正当化するために、自分はこれまでにどんなことをしただろう? 事実、クーパーウッドは貧しい人たちのために病院を作ろうと思い立っただけではなく、その計画は頓挫したにせよ、それを実現させるために、人としてできるあらゆることを行ったのだ。しかし自分は……自分はこれまでに貧しい人たちを助けたいと願ったことがあっただろうか? 人生全体を思い出すことはできなかったが、この数年を除けば、快楽と、自分の向上の追求に費やされていた。しかし、もうベレニスは、人は自分の外側にあるものために生きなければならないことを知っていた。それは、自分もその一員である少数の人たちの虚栄心や快適さのためではなく、大勢の人たちが必要とするものに応える何かのためだった。人を助けるために自分に何ができるだろう?
考えごとをしていて、ふとクーパーウッドの病院のことが脳裏をよぎった。自分の力で病院を作れないだろうか? 結局、クーパーウッドはベレニスに大きな財産を残していた。換金すれば簡単にかなりの金額が作れる貴重な美術品でいっぱいの立派な家に、すでに持っている分を加えれば、少なくともこの計画を始められるかもしれない。それに、おそらく、他の人たちにも助けてもらえるかもしれない。ジェームズ先生は、きっとそのうちの一人になってくれるだろう。
これは何てすばらしいアイデアかしら!
補記
この前の章は、一九四五年十二月二十八日に死ぬ前に、セオドア・ドライサーに書かれた最後の文章で成り立っている。彼は、追加の章と、三部作『資本家』、『巨人』、『ストイック』の三冊の概要のメモを残した。この概要は、人生、強者と弱者、貧富、善悪に関する作者の考え方について、読者の心に疑問の余地を残すまいとした独白の形で書かれたのだろう、とドライサー夫人は指摘する。
以下は、夫のメモをもとにセオドア・ドライサー夫人に作られたものである。
ベレニスは馬車でグリーンウッドから帰る間に、病院の建設推進の可能性を考え、技術面、医学面だけでなく、複雑な実務面と現実的に向き合っていた。これには、裕福で慈善的な精神を持つ人たちと、このような大きな事業を正しく組織化して進めるために使える、適切な専門技術や知識を持つ人たちの参加が必要になるだろう。中身ごとパーク・アベニューの自宅を売却する計画を立てた。これで少なくとも四十万ドルが手に入ることになる。これに今の財産の半分を加えるつもりだった。それでも全体からすれば、これは小さな始まりにすぎない。ベレニスが考えたとおり、確かにジェームズ医師は医院長と経営者にふさわしい人だが、果たして興味を持ってもらえるだろうか? ニューヨークのイーストサイドでも最悪のアパートの一つに一緒に行こうと誘ってくれたジェームズ医師に再会するまで、ベレニスの頭は病院の可能性についての考えと期待でいっぱいだった。
若い頃、ニューヨークの貧困で苦しむ、みすぼらしい、放置された地区を訪れたことがなかったベレニスにとって、今回初めてイーストサイドの街を訪れたのは痛ましい体験だった。ニューヨークの主要な高級ホテルのレストランで、実の母親がルイビルのハッティ・スターである事実を公の場で知り、初めて社会追放の重大さと恐しさがいきなり降り掛かった、ひどく罰の悪い思いをさせられたあの運命の夜まで、ベレニスはずっと母親に守られていた。
しかし、ベレニスはこのすべてを切り抜けた。後で知ることになるが、彼女の価値観は計り知れないほど変わっていた。過去の社会的野心は、今の彼女には薄っぺらいものに思えた。もっと深く人生に入り込みたい……これまで触れたことのなかった生命力を間近で観察し研究したい……という願望がインドで彼女の中に生まれていた。自分個人のために社会的に安定した地位を求めるのではなく、社会的に価値ある仕事を見つけたいと意識するようになっていた。
そして、ジェームズ医師と一緒に彼がよく知るアパートを訪問したとき、その場所のひどい環境と悪臭と汚さに影響されたせいで、ベレニスは気分が悪くなった。見たところ、ベッドはなかった。その代わりに、ワラ布団が夜は床に敷かれて昼は隅に積み重ねられた。十二×十五ほどの部屋と、隣りの九×十二ほどの小部屋に、六人の大人と七人の子供がいた。窓はない。しかし、壁には大きな穴があいていて、匂いと紛れもない痕跡から、ネズミがいるのは明らかだった。
ようやく通りに出て再び新鮮な空気を取り戻すと、ベレニスはジェームズ医師に、自分の野望は、たった今見た哀れで放置された子供たちを少しでも助けるためにこの手でクーパーウッド病院を作ることだと告げた。自分の全財産の半分をよろこんでこの計画に出すつもりです、と言った。
ジェームス医師は、ベレニスのこの心境の変化にとても感激し、数年前にアメリカを離れてから、変化が彼女の中で起きていたことに気がついた。そしてベレニスは、自分の願いに対するジェームスの好意的な反応を感じると、そのための資金集めを手伝ってもらえないか、それと個人的に彼がその病院の医療面と技術面の指揮をとってもらえないかと尋ねた。ジェームス医師は、ブロンクスの近くにはどうしても病院が必要だと長い間認識していて、それが彼の悲願のひとつでもあったので、この考えに心から賛成し、経営者と医院長になることを光栄に思うと言った。
六年後に、病院は完成し、ジェームズ医師は責任者になった。ベレニスは看護婦の道に進んだ。自分でも驚いたが、これまで知らなかった強い母性本能が自分にあることを発見した。子供が大好きで、小児病棟の担当をまかされた。ジェームズ医師も気づいていたが、ベレニスは時々こういう見捨てられた浮浪児に不思議と強く慕われるところがあった。そういう子らは、ベレニスに著しく反応した。
何かの拍子に、目の不自由な小さな子供が二人、入院した。二人とも生まれつき目が不自由だった。パトリシアという名前の、五歳になる小柄でひ弱な金髪の子供は、子守りの時間が全く持てなかった働き詰めの若い女の娘で、片隅の小さな揺り椅子に何時間も、刺激も関心も全然与えられずに、座らされたままだった……この子の自然な発育を遅らせた育児放棄はこうして行われた。母親も障害を持つ子供に罪悪感を抱いていた。ベレニスはこの小さな独りぼっちの人間の子供を見ると、この子に魅了されてしまい、小さなことをたくさん教えて助けたくなった。その中に子供部屋の滑り台を自信を持って滑り降りるやり方があった。パトリシアはこの単純な芸当に大喜びして、何時間もかけて何度も滑り降りを繰り返した。自分が新たに見つけた主体的活動に毎回幸せを振りまいていた。
そのとき、デイビッドもそこにいた……五歳くらいで、生まれつき目が見えなかった。愛情と理解のある聡明な母親がいたから、デイビッドの方が生まれた環境は恵まれていた。その結果、デイビッドはパトリシアよりも発育がよかった。デイビッドはベレニスから、木に登って上の枝の間に座ることを教わった。目の不自由な子供たちがよくやるように、頭を左右に振りながら、細くて敏感な顔を太陽に向けて『黄昏』を繰り返し歌った。ある日、ジェームズ医師は子供部屋を見渡せる大きな窓の前を通りかかったときに立ち止まって、ベレニスが子供たちの間を行ったり来たりしているのを見た。子供を相手に仕事をしているとき、彼女がどれほど生き生きと幸せそうでいるかに気がついた。看護婦長のスレーターが通りかかると、彼はそう言った。ベレニスは彼女に期待されていたものをはるかに上回り、惜しみない称賛に値する、と二人の意見は一致した。同じ日の夕方、ベレニスが帰宅するために病院を出ようとしていると、スレーター婦長とジェームズ医師は、彼女が子供たち相手の仕事をどれほどうまくやっているかや、みんなが彼女のことをどれほど愛して感謝をしているかを語った。ベレニスは、この不幸な子供たちのために貢献できたことに感謝を表明しながら二人に丁寧にお礼を言った。
しかし、質素なアパートに帰る道を歩く間、人生という世界のパノラマの中で自分が演じているのは何て小さな役割かしら、と考えずにはいられなかった。困窮と絶望の海の中の、ひとかけらの人間の優しさ! ベレニスはインドの貧しい飢えた子供たち……その苦悶の顔……を思い出した! 彼らの悲惨な境遇に対して、世界の他の人たちは残酷で、見ようともせず、耐え難いほど無関心なのだ。
「一体、世界って何なのかしら?」ベレニスは自問した。「どうして何百万という小さな子供たちがそこに誕生するのかしら、ただ苦しみ、蔑ろにされ……物不足、寒さ、飢えのせいで死ぬしかないのに?」そう、確かに、今、自分は、運良く病院に運び込まれた数少ない子供たちの苦しみを和らげるために、自分にできることをやろうとしている、とベレニスは思った。しかし、受け入れられなかった何千もの人たちはどうなのかしら? その人たちはどうするの? 自分の貢献など大海の一滴でしかない。ほんの一滴だ!
ベレニスは心の中で自分のすべての人生を振り返った。クーパーウッドと、彼の人生で自分が演じた役割を考えた。彼はどれくらい長い間、戦ってきたのだろう……何のために? 富、権力、贅沢、影響力、社会的地位かしら? フランク・クーパーウッドをあれほど悩ませ、駆り立てた、達成への熱望と夢は、今はどこにあるのかしら? そして、自分はほんの短い間に、このすべてからどれくらい遠ざかったのかしら! 自分の守られた、豊かで、甘やかされた生き方から、人生の厳しい現実に、突然、目覚めさせられたのだ……その生き方は、そもそもインドのような見知らぬ国に行くという衝動で行動していなかったら、決して自分では評価できなかったかもしれない。そこでは、事あるごとに自分の感性とは対照的なものを突きつけられた……その対照的なものからは逃れるようがなかった。
そこで初めて彼女は精神的な覚醒の始まりを経験した。それは今でも彼女にもっとはっきりものが見えるようにしてくれていた。自分は続けなければならない、成長しなくてはならない、とベレニスは思った。そしてできることなら、人生の意味とその精神的な重要性について本物の深い知識を獲得しなければならない。




