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ストイック  作者: ドライサーの小説の翻訳作品です
71/79

第71章

 

 この夜にあったすべてのことに関係する厄介な考えや夢は、早朝の日差しが目覚めさせるまで、アイリーンを悩ませなかった。いつもならしばらくベッドでぐずぐずしたがるところだが、この日は、何か重い物が下のバルコニーの床に落ちたような物音を聞いたので、これはこの前購入して、つい最近仮置きした貴重なギリシャの大理石像かもしれないと心配になって起き出し、バルコニーに通じる階段を降りた。広い応接室に通じる大きな両開きドアを通り過ぎるときに、きょろきょろ周囲を見まわし、新たに設置された美術品のところへ直行したが、それはちゃんとしていることがわかった。

 しかし、今来た道を戻ろうと振り返って、再び応接室に通じるドアに近づいて行くと、巨大な部屋の中央に、大きくて黒い、重々しく布が掛けられた縦長の箱が存在するのとその外観に驚いた。震えるような寒さが体を駆け抜け、アイリーンはしばらく動けなかった。それから逃げるように向きを変えたが、立ち止まって、再び部屋の入口に取って返し、驚き見つめながらその場に立ち尽くした。棺が! ああ! クーパーウッドが! 夫が! 冷たくなって息を引き取った! 生前、アイリーンは彼のところに行くのを拒んだが、彼の方がアイリーンのところまでやってきた! 

 アイリーンは夫の冷たくなった死んで動かない遺体を見ようと、震えながら、自責の念にかられた足取りで、前に進み出た。高い額! 優秀で、形のいい頭! この時点でさえも白髪ではないさらさらの茶色い髪! この印象的な特徴は、すべてアイリーンにとって馴染み深いものだった! その姿全体が、実力、思慮深さ、才能を感じさせたし、世界は最初からすぐに彼の中にそれを認めていた! なのに、彼女は彼のところに行くことを拒んだのだ! アイリーンは内心何か……夫の過ちと自分の過ち……を後悔しながら緊張して立っていた。終わることがない、非情と言っていい嵐が、二人の間を去来した。それでも、最後はここ、家に帰ったのだ! 我が家に! 

 しかし、クーパーウッドがここにいることによって強調された、その奇妙さ、不可解さ、彼女の意志が最後まで無視されたという現実が、突然、アイリーンを怒りに駆り立てた。誰が、どうやって、運び込んだのだろう? いつの間に? 昨日の晩、自分が使用人に指図して命じて、すべてのドアに鍵をかけたのだ。なのに、夫がここにいる! 明らかに、自分ではなく、夫の友人と使用人たちが、ぐるになって夫のためにこんなことをしたに違いない。全員が、自分の態度の変化と、そうなればできるこういう著名人にふさわしい慣例に則った正式な最後の儀式、を期待しているのは、もはや明らかだ。言い換えれば、夫は勝ったことになる。まるで自分が考えを改めて、夫の束縛されない自分勝手な行動を容認したように見えてしまう。いや、だめだ、あいつらにこんなことをさせてはならない! 最後の最後まで侮辱され、してやられるなんて! まっぴらご免だ! アイリーンが自分に反抗を表明したところで、クーパーウッドはそこにいた。クーパーウッドを見つめていると、背後で足音がした。振り向くと、執事のカーが手紙を手に持って近づいて言った。

「奥さま、これがただいま奥さまへと玄関に届きました」

 最初アイリーンは下がれとばかりに手を振って見せたが、相手は背を向けただけだった。そこでアイリーンは「そいつをおよこし!」と叫んで、封を切って読んだ。

  

 アイリーン、私は死にかかっている。これがきみの手もとに届くときには、もういないだろう。私はすべての自分の罪と、きみが私に負わせるすべての罪を知っている。責任は私にしかない。でも、私はフィラデルフィアの刑務所にいたときに、私をずっと応援してくれたアイリーンを忘れることができない。私が謝ったところで、今さら私の役には立たないし、私たちのどちらの役にも立ちはしない。でも、どういうわけか、私がいなくなれば、きみは心の底では私を許してくれそうな気がする。それに、きみが面倒を見てもらえることになるのがわかれば私も安心できる。知ってのとおり、私はそのすべてを手配した。それじゃ、さようなら、アイリーン! あなたのフランクはもう悪いことは考えない、もう二度とね! 

  

 最後まで読み終えると、アイリーンは棺に進み、クーパーウッドの両手を取ってそれにキスをした。それから、しばらく彼を見つめて、振り返ると、急いで立ち去った。

 しかし、数時間後、ジェーミソンや他の者を通じていろいろな頼み事をされていたカーは、葬儀の段取りについてアイリーンと相談せざるを得なくなった。出席の許可を求める声があまりに多かったので、最終的にカーは、アイリーンが音を上げるほど長い名簿を作成せざるを得なくなった。

「ああ、あの人たちを来させなさい! 今さらどうってこともないでしょう? ジェーミソンさんや主人の息子と娘に、すべて好きなように手配させたらいいわ。とにかく、あたしは手伝える状況じゃないので部屋に下がります」

「しかし、クーパーウッド夫人、牧師をお招きして最後の秘跡を行わなくていいのですか?」カーは尋ねた。ジェームズ医師からされた提案だったが、カーの信心深い性格に合っていた。

「そうね、来させたらいいわ。別に害にはならないし」アイリーンは両親の極端な信仰心を思い返しながら言った。「しかし、ここに来る人の数は五十人までよ、それ以上はだめ」……この決定をうけて、みんなが適切と感じる葬儀の準備を始めてもいいと伝えるために、さっそくカーはジェーミソンとクーパーウッドの子供たちに連絡した。このニュースが耳に入るとジェームズ医師は安堵のため息をついた。同時にクーパーウッドの大勢の崇拝者たちにこの事実を知らせた。

 


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