表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ストイック  作者: ドライサーの小説の翻訳作品です
66/79

第66章

 

 船に乗ったとたんクーパーウッドは、自分も他の誰も、人生やその創造主のことを何も知らないと最後に認めながら、孤独を、精神的な孤独を、感じた。彼は今、何らかの理由で、自分に関係するこのすべての偉大で美しい謎に関わる変化に直面していると感じた。

 ジェームズ医師に桟橋で会おうと電報を打つと、すぐに返事があった。「ニューヨークにようこそ。そこに会いに行く。敬具、モンテカルロのジェフ」クーパーウッドに笑いと平和な夜をもたらす内容だった。眠りにつく前に、紙とインクを取り出してベレニスに手紙を書いた。彼女はキャサリン・トレントという名前でSSキング・ホーコン号で旅をしていた。「私たちのたった一日の別れが、私には十数年よりもつらい。おやすみ、美しい魂よ、あなたがそばにいるだけで、私は慰められ、安らぎを覚えます」

 日曜日の朝、クーパーウッドは前夜よりも元気がなくなり、体調不良を感じながら目が覚めた。使用人が着替えを手伝う頃には、体力の大幅な低下を感じた。実際、ベッドに戻って丸一日休むほどだった。最初、クーパーウッドはただくつろいでいるだけだと思われたので、ジェーミソンと、ジェーミソンの部下のハートリーと、身辺世話係のフレデリクソンとで構成される側近たちは不安を感じなかった。しかし、午後遅くなって、かなり気分が悪くなったので、ジェーミソンに船医を呼ぶよう頼んだ。キャムデン医師は検査後に華氏百五度の重病人と診断し、主治医に知らせて朝のうちに船に来てもらい、救急搬送の手配をするように勧めた。

 この知らせを受けてジェーミソンは、アイリーンに、夫が重病であること、船からは救急車で移動させる必要があること、その先の手配をどうするのか彼女に提案があるか、と電報を打つ役目を引き受けた。すると、アイリーンはすぐに返事をして、クーパーウッドの自宅はアートギャラリーを増設するために改築中なので、騒音や混乱がひどいことを告げた。そこで、ウォルドルフ=アストリアに行くのが賢明だと考えた。そこなら適切な介護ができるし、明らかにクーパーウッドは快適でいられるからだ。

 キャムデン医師がモルヒネの注射して患者を楽にさせた後で、ジェーミソンがクーパーウッドにアイリーンの返事の内容を伝えた。

「ああ、その方がずっといいな」彼は弱々しく言った。「手配してくれ」

 しかし、全計画の頓挫と、このときひたることができた考えが、クーパーウッドを疲労困憊させた。自宅が! アートギャラリーが! 計画中の病院が! ロンドンと地下鉄の仕事に戻らなければならない! ふと、気がついてみたら、ベレニス以外のことは誰のことも、何も考えたくなくなっていた。

 そして、船がニューヨークに近づいて着岸作業に入る朝まで、クーパーウッドはそのままだった。周囲の喧騒と動きで、到着しかけている事実に気がついた。

 この時、水先案内船をチャーターしていたジェームズ医師は、SSエンプレス号がまだ湾内にいるうちに乗船した。所定の段取りについてキャムデン医師とジェーミソンに相談してから、クーパーウッドの船室に入った。

「やあ、フランク、ジェフのお出ましだ。どんな気分なのか、正確なところを知りたいな。適切な薬を投与できればすぐに回復すると思うんだ。だから、きみは何も心配しないでほしい。この私に、きみのモンテカルロの相棒に任せればいいんだ」

「きみが来てくれたんだから、ジェフ」クーパーウッドは弱々しく言った。「もう大丈夫だね」そして心から医者の手を握りしめた。

「救急車で、きみをウォルドルフに運ぶ手配をしたんだが」ジェームズは続けた。「それは構わないよね? 実際、そうする方がいいよ。きみの負担が随分軽くなるんだから」

「ああ」クーパーウッドは答えた。「私に異論はない。でも、せめてホテルに落ち着くまでは、新聞記者に悩まされないように手配してもらいたいな。きっとジェーミソンじゃ、連中の扱い方はわからないと思うんだ」

「私に任せてくれ、フランク。それは私がやるよ。きみにとって大事なのは、後で私がきみに話すまで何も喋らず休むことだ。どうせこれからは、私が面倒を見なければならなくなるんだ」

 ちょうどそのとき、ジェーミソンが部屋に入ってきた。

「さあ、ジェーミソン」ジェームズ医師は言った。「まずは船長に会わないとならない」そして二人は一緒に部屋を出た。

 四十五分後、下の通りで待機していた救急車が四番出口の占拠を許された。そこは、まるで下船を待っている乗客が誰もいないかのように空っぽだった。ジェーミソンの指示で、キャンバス地の担架を携えた二名の移送係がクーパーウッドの船室に向かい、彼は待機中の救急車に運ばれた。ドアが閉められ、運転手は鐘をならして走り去った。少し離れた位置にいた驚いた報道陣が次々に叫んだ。

「あれは何だ? 今回は裏をかかれたな! あれは誰だったんだろう?」

 救急車で運ぶ必要があるほど容態の悪かった乗船者の正体を知ろうとする試みは失敗したが、船の看護婦の一人と親しいのを自慢しながら、記者の一人が、さっきのは有名な資本家のフランク・アルガーノン・クーパーウッドに他ならないという情報を持って戻ってくるまでに大した時間はかからなかった。しかし、どんな病気だったのか、どこに連れて行かれたのか、これは突き止めねばならない項目だった。ある記者がクーパーウッド夫人に連絡をとってみようと言うと、その場にいた数名が直ちに最寄りの電話に駆けつけ、SSエンプレス号から救急車で運び出されたのはご主人なのか、もしそうならどこにいるのか、とアイリーンに尋ねた。そうですとアイリーンは答えた。クーパーウッドは病気だった。後にニューヨーク市の所有物となる、追加の美術品や彫像のコレクションを収容する部屋を作るために、建物全体が改修中である事実がなかったら、彼は確実にクーパーウッド邸に運ばれていただろう。今の自宅では得がたい静寂と気遣いを得られるウォルドルフ=アストリアに運ばれたのは、クーパーウッドの希望でもあった。

 したがって、同じ日の一時までに、クーパーウッドの到着と発病と、現在の所在についてのニュースが、市内すべての新聞の午後版に載った。しかし、ジェームズ医師は用心深かったから、面会は医師の書面による同意がない限り誰も許可されず、三名の看護婦が担当につけられた。

 しかしクーパーウッドは、ベレニスが自分の発病についての不安なニュースを知るかもしれないと気がつき、ジェームズ医師にお願いして、まだ船にいる彼女に電報を打ってもらった。「私の病気についての記事はかなり誇張されている。すべてを計画通りに行ってください。主治医のジェームズ先生が、何をするべきかをあなたに知らせます。愛をこめて、フランク」

 この電報がこれほど悲惨な知らせをもたらしたのに、ベレニスはクーパーウッドがとても元気づけてくれる電報を打ってくれたという事実のおかげで、何とか慰められた。それでも、ベレニスはこの病気の性質が定かでないのが気になって仕方がなかった。いずれにせよ、結果がどうであれ、自分の居場所は彼のそばだとベレニスは感じた。

 それでも、午後遅く、船の大広間を歩いていて、ニュースの掲示板に貼られたニュースの貼り紙に驚いた。「アメリカの有名な資本家であり、ロンドンの鉄道界の大物、フランク・クーパーウッドがSSエンプレス号での航海中に倒れ、ニューヨーク到着後にウォルドルフ=アストリア・ホテルに搬送された」

 この白黒の冷たい言葉に愕然として悲しくなったが、彼が自宅ではなくホテルにいると知って安心した。そこに部屋を予約してあったので、少なくとも、彼の近くにいることになる。しかしアイリーンと鉢合わせする可能性があった。そうなったら自分だけでなくクーパーウッドも大変なことになる。それでも当初の予定通りこのホテルに来て欲しいと頼むのだから、クーパーウッドは何らかの手立てを用意したに違いない。しかし、この新しい脆弱な社会的立場は、プライアーズ・コーブでの保護された隠れた暮らしとは完全に対照的だったので、これをやり遂げるのに必要な勇気や根気が自分にあるのか、ベレニスはこのとき疑問に思った。しかし、こういう困難や危険に直面しても、結果に関係なく、自分は彼の近くにいなければならないと感じた。クーパーウッドはベレニスを必要としていた。ベレニスはその必要に応えなければならなかった。

 いったん決心がつくと、翌朝、船が接岸して、荷物を申告し次第、ホテルに直行し、そこでキャサリン・トレントという名前で落ち着いてチェックインした。しかし、ひとたび自分の部屋の私的な空間に入り込むと、ベレニスは自分の状況のさまざまな立場に向き合わされた。何をしようか? わかりきったことだが、アイリーンがすでに彼と一緒にいるかもしれない。しかし、ベレニスがこの問題を考えていると、ジェームズ医師から、クーパーウッドが会いたがっている、と電話がかかってきた。部屋は一〇二〇号室だった。ベレニスは心から感謝して、すぐに行くと言った。クーパーウッドは危篤ではないが、今は休養と安静が一番必要であり、数日間はベレニス以外の誰にも面会は許さないように命じた、とジェームズ医師は付け加えた。

 部屋に着くと、ベレニスはそのままクーパーウッドの前に通された。クーパーウッドは枕を支えにして寄りかかり、顔色は悪く、かなり放心していたが、ベレニスが近づくと明るくなったのがわかった。かがみ込んでキスをした。

「あなた! ごめんなさいね。この旅はあなたに負担が大きすぎるかもしれないと心配してたのに。私ったら一緒にいてあげなくて! でも、ジェームズ先生が、これは深刻なものではないと保証してくれたわ。あなたは最初の発作から回復したのよ、だから気をつければきっと今度も回復するわ。ああ、せめてずっとあなたと一緒にいられたらいいのにね。私なら看護してあなたを健康な体に戻してあげられると思うわ!」

「いとしい、ベヴィ」クーパーウッドは言った。「あなたを見ると、私は気分がよくなるんです。あなたが私に会えるようにします。もちろん、今は世間がかなり注目しているから、あなたがあまり関わらない方が、私としても安心です。でも、ジェフにすべてを説明しました。彼は理解し、同情してくれます。それどころか、私に会う時間と場所についてあなたに連絡を取り続けます。知ってのとおり、ただ一人、全力で避けなければならない人がいます。でも、あなたが日々ジェームズ先生と連絡を取り合っていれば、私がここから出られるまで何とかできると思います。実際、私はやれると確信しています」

「フランク、あなたったらとても勇敢ね。わかってるでしょうけど、私はどんな立場でも、ここにいられたらうれしいわ。できるかぎり、慎重に慎重を重ねます。その間も、私はあなたのことを愛して、絶えず祈り続けるわ」ベレニスはかがみ込んでもう一度クーパーウッドにキスをした。

 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ