第24章
この時、ベレニスに対するクーパーウッドの態度は、父親と恋人が入り混じったものだった。大きな年齢差と、ベレニスの精神性と美しさに対する変わらぬ称賛は、彼女を守って美しく発展させたい気持ちをクーパーウッドに抱かせた。同時に、自分の六十歳とベレニスの極端な若さを公然と仲睦まじくさせることができなかったので、時々この関係を変だと感じはしたが、ベレニスの官能的な感情を共有したのも確かだった。その一方で、内心、ベレニスの現実的な予見はしばしば自分のとも一致するように思えて、クーパーウッドにさらなる強さと誇りを感じさせた。なぜなら、ベレニスの独立性と力は、クーパーウッドの物質的に自分を拡大するという考え方よりも、彼女による気質的な、社会的な理想を実現するために利用できるかもしれない、生じうる結果の一部と結びついていたからである。だからこそロンドンにこうしてクーパーウッドがいて、本当に重大なことになった。さっそくクーパーウッドは、ベレニスが相変わらず楽天的で熱心なことに気がつくと、腕に抱いたときに、彼女の陽気さと自信を少なからず実際に吸収した。
「ロンドンにようこそ!」が、ベレニスの第一声だった。「さあ、シーザーがルビコン川を渡りました!」
「ありがとう、ベヴィ」クーパーウッドはベレニスを解放しながら言った。「手紙もうけとりました。大事にしますよ。でも、私に姿を見せてください。部屋の向こうまで歩いてごらん!」
クーパーウッドは、ベレニスが皮肉な微笑みを浮かべながら遠ざかって、ファッションモデルのようにポーズをつけながら歩き、最後にお辞儀をして言う様子を、とても満足そうに眺めた。「マダム・サリーの監修です! お値段はたったの……内緒です!」ベレニスは口を尖らせた。
ベレニスは、首とガードルの要所要所に小さな真珠をあしらい、プリンセススタイルで仕上げた、濃い青のビロードのフロックを着ていた。
クーパーウッドはその手をとって、ちょうど二人分の大きさの小さなソファーに連れて行った。「実にすばらしい!」彼は言った。「またあなたと一緒にいられることが、どれほどうれしいか、言葉では言い表せません」それから母親の様子を尋ねて続けた。「これは私にとって新しい感覚ですよ、ベヴィ。実はこれまでロンドンなどあまり気にしたことがありませんでした。しかし今回はあなたがここにいることを知っていますから、ロンドンを見て楽しんでいる自分がわかるんです」
「それで、他のことはどうなの?」ベレニスは尋ねた。
「もちろん、あなたに会うこともですよ」クーパーウッドは微笑んでキスをした。いちゃいちゃするのはもっと後になってからよ、と最後にベレニスが警告を発するまで、唇と指で、彼女の目や髪や口に触れていた。さしあたってこれを受け入れざるを得なかったので、旅の簡単な説明と、あったことのすべてを話し始めた。
「アイリーンはセシルで私と一緒です」クーパーウッドは続けた。「新聞用にスケッチされてましたよ。そして、アイリーンが楽しく過ごせるように、あなたの友人のトリファーが頑張っていろいろ取り計らってくれたことは言わねばなりませんね」
「私の友人ですって! あんな人、知るもんですか!」
「もちろん、知らんでしょう。でも、とにかく、とても賢い人だとわかりました。彼がニューヨークで私のところへ来たときとか、洋上で再会したときに会っておくべきでしたね。アラジンと魔法のランプにはお金がかかりましたよ! ところで彼はパリに向かいました。まあ、足跡を残さないためなんでしょうが。もちろん、しばらく不自由しない資金が十分に渡るようにしておきました」
「船で会ったんですか?」ベレニスは尋ねた。
「ええ、船長に紹介されましたよ。でも、そういう事の手配を自分できてしまうタイプの人なんですね。それに、女性に取り入ることにかけては間違いなく才能があるようだ。魅力的なご婦人をすべて事実上独占していましたからね」
「あなたと一緒になって? そんな話を私が信じるとでも思ってますか?」
「奇跡としか言いようがない。しかし、あの男は只者じゃない。何が必要なのかを正確に感じ取れるようでした。私は少ししか会わなかったんですが、彼は何とかアイリーンに好感をもたせましたよ……アイリーンが私たちと一緒の食事に彼を誘いたがるほどにです」
クーパーウッドは真剣な表情でベレニスを見た。今度はベレニスがお祝いするように見つめ返し、しばらくしてから言った。「うれしいわ、本当によ。アイリーンにはこういう変化が必要なんだわ。ずっと前にあってもよかったのよ」
「そうですね」クーパーウッドは言った。「私がアイリーンの理想になれないのなら、誰か他の人がなればいいんですよね? とにかく、トリファーには冷静に続けてほしいです。彼ならそうしてくれると思いますけど。アイリーンはすでにパリに買物に行く計画を立てていますよ。だから物事は順調に進んでいると思います」
「結構なことだわ」ベレニスは笑顔で言った。「私たちの計画はうまくいきそうですね。誰のせいなのかしら?」
「まあ、あなたではないし、私でもありません。起こるべくして起こったことのひとつです……あなたが来るとはちっとも予期していなかった去年のクリスマスにあなたが来てくれたのと同じです」
クーパーウッドは再び愛撫し始めたが、ベレニスは自分の計画に興味があったので「ねえ、ねえ、ロンドンの話を聞きたいわ。それに私にだってあなたに話すことがあるのよ」と言って抵抗した。
「ロンドンですか? これまでのところ、すべてがかなりいい線いってるみたいです。グリーヴズとヘンシャーという二人の男のことと、その話を断った経緯はニューヨークで話しましたね。ついさっきホテルで、出かける前に、その二人から手紙がありました。二人が面会を求めて来たんです。だから私は会うことにしました。もっと大きな計画についでですと、ここには私が話をする予定でいるグループがひとつ存在します。何かがはっきりと決まり次第すぐに知らせますよ。でもそれまでの間、私はあなたと一緒にどこかへ雲隠れしたいですね。これに取りかかる前に、少しくらい休暇をとれてもいいはずですよ。当然、アイリーンはいます。厄介払いするまでは……」クーパーウッドは間をおいた。「私の計画は、もちろん、アイリーンをパリに出かけるように仕向けるというものです。そうすれば、私たちはノース岬でも地中海でも船旅に出られるでしょ。私の代理人の一人が、夏の間リースできる心当たりがあるヨットの話をしてくれましてね」
「ヨット! ヨットですって!」ベレニスは興奮して叫んで、同時にクーパーウッドの唇に指をあてた。「だめよ、だめですからね! もう、あなたったら、私の計画が台無しじゃない。私がやりたいことをやっている最中なのに。あなたはね……」
しかしベレニスが言い終えないうちに、クーパーウッドがつかまえてキスをして黙らせた。
「せっかちなんだから!」ベレニスは優しく言った。「でも、待ってちょうだい……」隣の部屋の開いた窓のそばにあるテーブルへと彼を案内した。「さあ、旦那さま、二人の饗宴です。お招きするのは、あなたの奴隷です。席に着いて、私と一緒に飲み物を飲み、お行儀よくすれば、私のことをお話します。信じようが、信じまいが、私はすべてを解決しました!」
「すべてをですか!」クーパーウッドはからかうように言った。「それも、こんなに早く? せめて、私がそのやり方さえ知っていればよかったのですが!」
「まあ、ほぼすべてよね」クーパーウッドのお気に入りのワインの入ったデカンターを取り、それそれの分を注ぎながら、ベレニスは話を続けた。「ねえ、不思議に思えるかもしれませんが、私はずっと考えていました。そして、私が考えていたら……」ベレニスは話をやめて天井を見上げた。クーパーウッドはベレニスが持っていたグラスをつかんで、彼女にキスをした。ベレニスは彼がそう来ると思っていた。
「お下がり、シーザー!」ベレニスはからかった。「お飲み物はおあずけです。そこへ座ってください。私はここに座ります。それではすべてをお話します。告白することがあるんです」
「いたずらっこ! 真面目にやってください、ベヴィ」
「これほど真面目なことはありません」ベレニスは言った。「ねえ、聞いてください、フランク! こういうことなんです。私たちの汽船にイギリス人の乗客が六人いました。若者も老人もいて、その全員がハンサムでした。少なくとも私のお相手はハンサムでした」
「まあ、そうだろうね」クーパーウッドは寛容に言ったが、それでも少し疑っていた。「それで?」
「ねえ、あなた、すべてを許してくれるのなら言いますが、すべてはあなたのためのたわむれだったんです。別に信じてくれなくてもいいけど、罪のないものです。実はロンドンから三十マイルと離れていないテムズ川に、ボンベニイと言う少し田舎っぽい場所あることがわかりました。アーサー・タビストックっていう一番魅力的な独身の青年が、私にそこの話をしてくれました。母親のレディ・タビストックと、そこで暮らしているんですって。彼ったら私も母親を好きなるって信じてるんです。うちの母も彼をとても気に入ってます。それでね……」
「それで、私たちはボンベニイで暮らすんですね、お母さんと私も」クーパーウッドの言葉はほどんど皮肉だった。
「そのとおり!」ベレニスは混ぜっ返した。「そして、そこがまた重要なところなの……あなたと母が、ってことよ。これからは、たっぷり母に気を遣っていただかないとなりません。私にはほんの少しでいいです。もちろん、私の後見人としては別ですが」ベレニスはクーパーウッドの耳を引っ張った。
「言い換えると、後見人にして家族の友人のクーパーウッドだね」そっけなく微笑んだ。
「正解です!」ベレニスは続けた。「それとね、私はすぐにアーサーとパント船に乗ることになってるのよ。そしてもっといいことがね」ここで、ベレニスはくすくす笑った。「彼が、母と私にぴったりのすてきなハウスボートを知っているのよ。そして、月明かりの夜、お茶の時間の天気がいい午後、そんな中、うちの母と彼の母は座って編み物か、お庭の散歩で、あなたはタバコを吹かして読書、アーサーと私は……」
「ああ、わかった。すてきな生活を一緒におくるんですね、ハウスボート、恋人、春、後見人、お母さん。実に理想的な夏ですね」
「これ以上のものはありえません」ベレニスは熱く語った。「天幕の説明までしてくれたわ、赤と緑なんですって。それと友だちのこともみんな話してくれたわ」
「私も赤と緑だと思いますね」クーパーウッドは言った。
「まあ、実際はフランネルとブレザーでしょうけど。それにすべてが完全に上品なんです。彼が母にそう言いました。母と私が紹介してもれえるお友だちも多数いるんですって」
「すると、結婚式の招待状は?」
「遅くとも、六月までには何とか」
「私が新婦を引き渡す役でいいですか?」
「もちろん、いいですけど」ベレニスはにこりともせずに答えた。
「まったくもって!」クーパーウッドは大笑いした。「船旅は大成功でしたね!」
「あなたは、まだこれっぽっちも聞いてないわよ」ベレニスは露骨に、まるで議論でもふっかけるように続けた。「これっぽっちもよ! メイデンヘッドってところがあるのよ……自分で言っといて恥ずかしいけど」
「あなたが? そのことは覚えておきましょう」
「王族だか何だかの、ホークスベリイ大佐のことはまだ話していませんでしたね」ベレニスは愚かを装って言った。「連隊の関係者の一人なんですけど、テムズ川のどこかの公園か何かに、コテージをお持ちのいとこがいる同僚の士官をご存知なんですって」
「コテージが二軒とハウスボートが二軒ですか! それとも、あなたには二重に見えるんですか?」
「とにかく、これはめったにない貸家だわ。空くのは、この春がほぼ初めてなんですって。それに完全に理想的でしょ。いつもは友人に貸し出されるそうよ。でも、母と私は……」
「今度は連隊の娘になりました!」
「じゃあ、大佐はここまでです。今度はウィルトン・ブライスウエイト・ライアススリーね、発音はロティスリー。この上なく完全な小さい口髭で、背丈は六フィート、そして……」
「ねえ、ベヴィ! 親しい人がずいぶんいますね! 私は疑い始めてますよ!」
「ウィルトンは違います! 絶対に! 大佐はいいかもしれないけど、ウィルトンはないわね!」ベレニスはくすくす笑った。「とにかく、長い話が五倍長くなるけど、私はすでにテムズ川沿いのハウスボート四軒だけではなく、ロンドンの最高級住宅街やその近郊で完全な設備の家を四軒知ってるわ。そして、その全てがシーズンでも一年でも、あるいはもしここに永住する決心がつくのなら永久にでも使えるのよ」
「あなたがそう言うならばそうしよう、ベレニス」クーパーウッドは口を挟んだ。「しかし、なかなかの女優だね!」
「そして、これ全部」相手の褒め言葉を無視して、ベレニスはつづけた。「もし私がちゃんとロンドンの住所を知らせたら……まだ知らせてませんけど……私のファンの一人、あるいは全員が、私に紹介してくれるのよ」
「ほお! 大したものだ!」クーパーウッドは叫んだ。
「でも、まだ何も約束してないし、巻き込まれてもないわ」ベレニスは付け加えた。「でも、母と私はバークレー・スクエアの物件とグローブナー・スクエアの物件を見ることにしました。そうすれば見てわかることはわかりますからね」
「しかし、契約だのそういうことは全て年季の入った後見人に相談した方がいいと思いませんか?」
「まあ、契約についてはそうね。でも他のことはすべて……」
「他のことはすべて手を引きますよ、よろこんでね。私は人生一つ分、十分に管理をやりましたから、あなたがそれに挑戦するのを見るのも楽しいですよ」
「まあ、とにかく」ベレニスはお茶目に続けた。「あなたが私をここに座らせてくれたら」ベレニスは彼の膝の上に座って、テーブルに手を伸ばし、ワインのゴブレットをとってその縁にキスをし始めた。「ほおら、私はその気になりかけているわよ」ベレニスはそれから半分飲んだ。「そして、今度は、あなたよ」と言って、グラスを渡し、クーパーウッドがその残りを飲むのを見守った。「さあ、それを私の右肩越しに壁に投げつけて、もう二度と誰もそれを使って飲めないようにしてちょうだい。これはデンマーク人やノルマン人のやり方よ。さあ……」
クーパーウッドはそのグラスを投げた。
「さあ、私にキスして、それですべてがかなうわ」ベレニスは言った。「だって私は魔女ですから。私が願いをかなえます」
「それを信じる準備はできてますよ」クーパーウッドは厳かにキスをしながら愛情を込めて言った。
食後、二人は今後の行動について話し合った。クーパーウッドはベレニスが今、イギリスを離れるどの計画にも強く反対することに気がついた。春だった。ベレニスはいつも大聖堂の町……カンタベリー、ヨーク、ウェルズ……を旅して、バースのローマ風呂や、オックスフォード、ケンブリッジ、そして古い城を何か所か訪問したがっていた。二人は一緒に旅行できたが、当然、このロンドンの仕事に関連して直面している可能性をクーパーウッドが調べたあとでするしかなかった。ついでに言うと、ベレニスは自分が話したコテージも調べてみたかった。そうして、いったん落ち着けば、すぐに一緒に休日を過ごすことができた。
これからクーパーウッドは彼女の母親に会いに行かねばならなかった。母親は少し動揺し、みんながどうなるのかよくわからないのが心配で、このところ考え込んでいた。そしてその後はベレニスのところへ戻ることになっていた。それから……そしてそれから……。
クーパーウッドはベレニスを腕に抱き寄せた。
「さて、女神ミネルバ!」クーパーウッドは言った。「あなたの望みどおりに準備ができるかもしれません。私にはわかりませんが。でも、ひとつ確かなことがあります。もしここでの障害があまりに大きすぎるようなら、世界を旅しましょう。何とかアイリーンとも話し合ってみます。もし同意しなければ、そのときはアイリーンに構わず行きましょう。アイリーンがいつ事態を公にしようが、おそらくは何らかの方法で克服できるでしょう。私はそう信じてます。とにかく、これまではそうでしたから」
クーパーウッドはベレニスには優しく、自分には大きなやすらぎとなるように、キスをして、カーター夫人と話をするために中に入った。夫人は開いた窓の近くに座って、マリー・コレリの小説を読んでいた。カーター夫人は明らかにクーパーウッドが来るのを見越して服を着て髪を整えていた。そして、とても楽観的な笑顔を向けた。それでも、クーパーウッドとベレニスがしていることのすべてについて、やっても平気で危険はないのだろうか、と彼女なりに神経質に考えているとクーパーウッドは感じた。実際、その目に緊張と憂いが見てとれると思った。みんながイギリスで心地よい春を迎えようとしていることに二、三触れてから、クーパーウッドはごくさりげなく、それでいてかなり率直に付け加えた。
「私があなただったら、何も心配しませんよ、ハッティ。ベヴィと私は完全に理解し合っていますから。そして、ベヴィは自分のこともわかっていると思います。才能豊かで美しいし、私は愛しています。どんな問題が起きようと、私たちなら何とかできると思います。楽しい時間を過ごしましょう。私はとても忙しくなりそうなので、思うようにあなたのお相手はできませんが、見守っていますからね。そして、ベヴィもそのつもりです。心配しないでください」
「まあ、私は心配なんかしていませんよ、フランク」夫人はほとんどすまなそうに言った。「もちろん、ベヴィがどれほど臨機応変で決断力があるか、あなたがどれほどあの娘を心から気遣っているか、わかってますからね。そして私は物事があなたの望みどおりに進むことを願ってますよ。あの娘はあなたにお似合いの娘です、フランク。とても才能があって魅力的でしょ。あの娘がどんなに器用に人に出会って楽しませたか、あなたにも船でのあの娘を見せてあげたかったわ。それに、どうやって相手に自分の立場を守らせたかもね。あなたはしばらく滞在するんでしょ? ぜひ、そうしてね。私は少し具合が悪いのよ。でも、後でお会いしたいわ」
カーター夫人はクーパーウッドと一緒にドアまで行った。貴賓客をもてなす女主人の態度だった。実際、夫人は彼をそう感じた。彼がいなくなり、ドアが閉まると、夫人は鏡の前に行き、とても悲しそうに鏡を見つめ、頬に少しルージュを塗った……ベレニスが入ってきた場合に備えた……その後で鍵をかけた旅行鞄に入れて持ち歩いているブランデーのボトルを取り出して、自分で少し注いだ。




