~未改稿~
7月25日深夜【鹿児島県 熊毛郡 屋久島町 屋久島町役場】
屋久島町長の大木 真喜雄は災害対策本部で頭を抱えていた。
北太平洋沖の遥か上空から降り注いだ電磁パルスにより島内が停電し、通信施設や車、漁船のエンジンまで故障してしまい、屋久島が完全に本土から孤立化して1週間が経とうとしていた。
町長の大木は島民を励ましながら、職員の先頭に立って奇跡的に難を逃れた数台の自家用車とラジオを駆使して情報の収集と、観光客の保護に奔走していた。しかし、本土との物流が途絶えた影響は大きく、医薬品や一部の食糧が底を尽き始めて大木を悩ませていた。
「町長、古い友人と仰る方が何人か入り口に来られていますがお会いになりますか?」
「町長室にお通ししてくれ。」
大木は疲れきった顔でしぶしぶ頷いた。
町長室は今や大木の仮眠室と化しており、机の上には大量の書類と非常時のマニュアル等がうず高く積まれ、物を書く台としての机の役割は無いようだった。立派なリクライニング式の椅子も避難した観光客に貸し出しており、代わりに簡易式寝台が置かれ、脱ぎ散らかした衣服が寝台に積もっている。応接セットは僅かな非常食と飲料水のペットボトルが置いてあるだけで辛うじて来客を応対する体裁はあるようだった。
「むさ苦しい所で申し訳ありません。非常時なので。」
大木は職員に案内されてきた3人の老人に応接ソファをすすめた。
大木の古い友人と言う3人の老人達は、60代の彼よりも10歳以上年上に見えるが、大木は何故か幼馴染みに出会ったような親近感を持った。
「こんな夜分にお邪魔して申し訳ない。」
老人達の中で一番年長と思われる、ロマンスグレーの髪を綺麗に整えた紳士然とした男が丁寧に大木に詫びた。
「実は''ここ''を離れる事にしましてな、お別れの挨拶に参りましたのじゃ。」
他の二人は大木に感謝の言葉を告げる。
「あんたらは昔から儂らを、大切にしてくれたからのぅ。」
「よそ者を容易に近付けないよういっつも気を配ってもらったからのう。安心して過ごせたのじゃ。」
老人達が別れを告げるので大木は、彼らが食糧の備蓄が残り少ないことを察して''口減らし''の為に島を離れると思ったので慌てて引き留めようとした。
「とんでもない!島の者は家族ですから!昔も今もそれは変わりませんよ。どうかお気になさらずに。」
「儂らは本当に心地よく過ごせたのじゃ。何かお礼をさせてくれんかのぅ。」
ロマンスグレーの紳士が大木に微笑みながら申し出た。
物資が尽きかけている状況で老人から何かを貰うことなど大木にはとんでもない事だ。
「いやいや、お気持ちだけで充分です。皆さんもお辛いでしょうがもう少し皆で乗り切って生き残りましょう!」
「ほんに、あんたは昔から優しい子のままじゃな。なに、夜が明ける頃には良くなっとるから。安心しなされ。達者でな。」
老人の言葉を聴きながら、大木は疲れきった頭から疲労が抜けてゆき、急速に抗い難い眠気を感じて意識を失った。
7月26日午前5時 屋久島町役場
一向に戻らない町長を呼びに職員が町長室に入ると木箱に入った沢山の魚介類と野菜や薬草が天井近くまで積まれており、水が入った大きな樽が幾つも置かれていた。大木は樽にもたれ掛かるように熟睡しているようだった。
3羽のツバメはその光景を見届けると、町長室の窓際からシュッと飛び上がり北の空高く昇って行った。
大木町長が職員に起こされた直後、屋久島の停電が復旧し電力が回復した。車や漁船の故障も治り、本土との通信も可能となった。
大木の悩みはひとまず解消されたが、大量の水や食糧がどこから届けられたのか、大規模な停電と電子機器の故障が何故「屋久島だけ」復旧したのか原因は不明だった。
この出来事は「屋久島の奇跡」として政府中枢が密かに注目する事になる。
不思議な事に大木町長と案内した職員の記憶から老人達の記憶は消失していた。
翌日、世界遺産に指定されていた樹齢1700年の縄文杉が忽然と消失しているのが島民から通報されることになる。