第九話 「昔話」
「そういえばあんた達って、なんでそんなに仲が良いのかしら?」
唐突にそんなことを言ったのは、青子だった。あんた達、の対象である白金ツインズと優は、リビングを飾り付けている手を一旦止めて「え?」と首を傾げる。
ちなみに今、響は琴乃を肩車して、壁に折り紙で作った鎖をもよおす装飾を、画鋲でひっつけているところだ。優は琴乃に、その装飾を手際よく渡す係である。
青子はといえば、はさみとのりを使って五メートルほどの長さの模造紙を作り、じっと眺めてマジックを片手に何と書くべきか考えている。かれこれ三十分、“誕生日おめでとう”と書くか、“ハッピーバースデー”と書くか悩んでいた。
だが、朝からずっと休まずの作業だったので(ちなみにもうすぐ正午になる)、その質問のついでに、お昼も兼ねて休憩を入れようというのが彼女の算段である。
青子は「決ーめた」と、ようやく決断を下し、ハッピーバースデーと英語(しかも筆記体)で素早く書いて、マジックを放る。そして、早く早くと急かすように、質問に対する答えを響達に要求した。
「え、えーと…どういう意味ですか?それは」
琴乃を肩車から降ろした響が、その質問の真意がわからないという顔で青子を見る。この人はいつも唐突だ、と思いながら。
「うーんと、ほら、響と琴乃が仲良しなのはわかるのよ。兄妹だし、双子だし。でも、優は出身中学校さえ違うわけでしょう?それなのに、中学からの付き合いだって言うじゃない」
そう、青子の言うとおり。白金ツインズと優は、別々の中学校に通っていた。しかも二つの中学校はおよそ対極の場所に位置しており、つまるところ響達と優が住んでいた場所も、遠く離れていたわけである。接点などないのだ。
「ずっと気になってたのよね。女嫌いのくせに、どうしてか優は、琴乃のことだけは平気だったみたいだし」
あ、その設定まだ生きてたんだ、と思う人もいるかもしれないが。
優は大の女嫌い(というか苦手)である。それはもう、自分の領域内に女属性が入ってきただけで、吐き気をもよおして足元が覚束なくなり、眩暈と頭痛のダブルアタックを受け、その数分後にはばたりと気絶してしまうくらい、女が苦手なのだ。
そしてその要因というのが、以前紹介した四人の姉であり、優よりも一足早くこの世に生を受けた彼女たちが、彼に一体どんなトラウマを残したのか―それはご想像にお任せする次第である。
ちなみに優は、そのトラウマを訊ねられるだけで大いに精神的ダメージを被るので、その話題に触れることはタブーとされていたりする。
そしてその女嫌いの優だが―どうしてか琴乃にだけは、どれだけ近づかれようと拒絶反応を示さないのだ。
青子に関しても、若干免疫がついてきたような気がしなくもないが、琴乃だけは初めから、免疫も抗体も関係なしに、そもそも拒絶をしていなかったのである。
そのことに関して、青子は今までずっと疑問に思っていたのだ。
「それは…まあ、琴乃は…他とは少し違うというか」
優が、言葉にしづらいというか、言葉にするのが億劫だとでも言いたげな表情で口ごもる。
「特別ってことかしら」
「…そういう括りで表すなら、多分琴乃は特別ですが。俺にとっての特別は、琴乃だけでなく、響にも当てはまることなので」
その“特別”は、好意であっても恋情ではない。彼が選んだのは、そういう括り方だった。
「相変わらず、優ってほんと馬鹿みたいに正直だよね。まあ、そういうところが気に入ってたりもするんだけど」
琴乃は、優の“特別”発言がツボに入ったらしく、くすくすと笑って、珍しいことに響ではなく優にがばっと抱きついた。「うわっ」と上がった声と同時に、その反動で優の体がよろめく。
だが、転倒するなどという無様は晒さず、しっかりと体勢を立て直した優が、ぽんぽんと肩にかかる彼女の腕に手を置いた。
自他共に認めるくらいにはシスコンである響も、優なら構わないといった様子で、琴乃のスキンシップもあまり気にしていないようだった。ここから鑑みるに、この三人の信頼度がかなり高いことがわかるだろう。
「…ていうか、僕らのことって話したことありませんでしたっけ?」
「ないわよ、少なくとも私は聞いたこと。だから聞いているんじゃない」
「それもそうですよね…えっと、どこから話せばいいのか…」
うーん、と悩ましげに響が腕を組む。片や優は、そっと琴乃から離れ台所へと向かった。赤崎の家は、カウンターを挟んでリビングとキッチンが合体しているため、台所にいても会話を続けることは可能である。
優が、腕をまくって手を洗い、冷蔵庫を開ける。中には、ここに泊り込み始めてから買い足した食材などが入っている。冷蔵庫の中身を吟味しながら、チャーハンにするかなと彼は呟いた。
そして優が、冷蔵庫からベーコンと玉ねぎ、にんじん、ピーマンを取り出す。
「簡単に言うとですね」
「うん」
「僕らが中学二年生で、琴乃が誘拐…というか、拉致された時のことなんですが」
「うんうん」
「その時、琴乃を助ける為に、一緒に敵地に乗り込んだのがきっかけですかね」
「うんうん……ううん?」
青子の眉間にしわが寄る。
「あの事件…まあ、事件っていうほど大袈裟なことでもないけど、あれがなかったら、今みたいに優と仲良くなったりはしてなかったんだろうなあ」
琴乃がどこか感慨深そうに目を細める。その動作が、普段の彼女よりも大人びていたのだが、今青子が反応するべきなのはそこではなく。
琴乃が巻き込まれたという事件の方だった。
驚かないわけがない。というか、驚けないわけがない。初耳すぎる。
「ら…拉致されたって…一体どういうことなの?」
「いや、えっと…拉致されたっていうか、あれですよ、別に身代金要求とか、そういうのじゃなくてですね」
青子の反応に、慌てたように響が両手を振った。それを聞いてとりあえず青子はほっとする。
だが、それでは一体拉致されたというのはどういうことなのだろう。一体誰に。
「あー…えっと、まあ、復讐?みたいなものですよ。過去に「壊す双子」にボコボコにされたことがあるクズ共が寄せ集まって、積年の恨み?を晴らすために、僕らが一人になった時を狙ったといいますか…そういうわけです。まあ、さすがにクズだからといって、五十対一は分が悪すぎたんですよ、いくら琴乃でも…だからどうか、責めないであげてください」
「責めないわよ。むしろ生きて今ここにいることを、全力で褒め称えたいくらいだわ」
青子は若干顔を引きつらせる。
物語の序盤でも説明したように、白金響と白金琴乃、今では二人合わせて白金ツインズなどという愛称の下、人気者の問題児である彼らだが―中学時代は、全く逆の方面において問題児だった。というか、問題児などというそんな生易しい言葉で片付けていいのか、心底疑問に思ってしまうくらいの問題児だった。
凛々垣中(略して凛々中)最凶の双子、二つ名は「壊す双子」。
その名を知らない者は、市内の中学生ではまずいなかったと言えよう。というか、風に乗って高校生や大人達の間でも、一時期騒がれていたくらいだ。
もっとも流布していた通り名が「壊す双子」だったが、他にも「二対の逆鱗」、二人の苗字を文字って「白金粉砕」などとも呼ばれていた。
売られた喧嘩は例外なく買い、売られない喧嘩は例外なく売る。そういった、ただひたすらに喧嘩をすることに明け暮れていた彼らは、そこに自分の生きる意味を見出そうとし、そしてまた揺るぎない強さを証明することで、お互いを形成する世界を守ろうとした―のだろう。
理由がどうであれ、喧嘩をすることに全てを賭けていた響と琴乃は、負けなしの実力であっという間にその存在を周りに知らしめ、“体を壊し、心を壊す”その戦い方から―いつしか「壊す双子」と呼ばれるようになった。
その名はわずか数ヶ月で知れ渡り、当然青子たちの耳にも入ってきたくらいだ。
もっとも、赤崎に関しては他者にあまり興味を持つタイプの人間ではなかったので、彼らのそんな異名を知っていたかどうかというのは分かりかねるが。
赤崎と緑間以外の人間に負けを認めたことはないと、そんな風に彼らは言ったし、実際に青子もそれを疑いはしなかったが、勝ち負け以前にそんな過去があったとはと青子は思う。
まあ、彼らほど悪名を轟かせ、周りに敵を作っていたとなれば…拉致や誘拐の一つや二つ、あってもおかしくはないのかもしれい。無論、ないにこしたことはないが。
「で、まあ、そこから色々あってですね。結果、僕と優は琴乃を助け出すために、約五十人強のクズ共を相手に喧嘩をして―最終的には、無事に琴乃を救出することに成功したわけです」
先ほどから響がやたらに“クズ共”を連呼しているのだが、そこには触れないでおいた方がいいのだろうか、と青子は思った。
「無事ってほど無事だったわけでもなかったでしょ。二人ともボロボロだったし」
琴乃が横槍を入れたが、響は何食わぬ顔で首を傾げている。言っている意味がわからないな、とその顔にはしっかり書かれていた。意外と自尊心が高いのかもしれない。
「そういう琴乃も十分…ていうか、よっぽどボロボロだったと思うけど。スタンガン浴びせられて、若干帯電してたし。痣だらけだし血はだらだらだし…何より」
と、そこで響が口を閉ざした。
「響?」
何より、の続きが気になって青子は後輩の顔を覗き込んだ。が、響は先ほどとは打って変わった、見るに堪えないひどい顔をしていて、青子は目を見張る。
まるで、思い出したくもないことを無理矢理自白させられているような、遣る瀬無い、それでいてどこか怒りを滲ませているその表情に、青子は無意識に身を引いた。こんな響を見るのは初めてかもしれない。
「顔が怖いよ。あおこ先輩、困ってる。それにあれは響のせいじゃないんだから…負い目とか罪悪感は、感じなくていいんだよ」
「それでも…あの日、僕がいつも通り琴乃と一緒に帰っていれば、あんなことには…あんな奴らに、だって、琴乃は、体を」
「その辺でやめておけ、響」
そこで別の声が割って入る。台所で昼食の用意をしている優だった。目を向けると、彼の方も響と同じような顔をしていた。
「あれはもう過去の話だ…なんて割り切るつもりは更々ないが、あまり思い出させてやるな。お前の後悔より、琴乃が受けた仕打ちの方が、よっぽど痛い」
なんとなく。
なんとなくだけれど。
青子には想像がついた。
想像が、ついてしまった。
琴乃は、童顔故か実年齢よりも幼く見られがちで、可愛い顔をしている。不特定多数の人間に好まれそうな顔なのだ。青子と同じように。
もしも響が言おうとしていたことが事実で、青子の想像が間違っていなければ。
それはもう―辛いなどという、そんな生易しいものではない。琴乃は男という性を、一生受け付けない体質になっていてもおかしくはないのだ。まして優に抱きつくなど、一体、どれほどの勇気がいるものか。
自分達に辛い過去があったように、響達にもまた、そういった過去があったということなのだろう。そして自分は、どこまでそこに踏み込んでいいのかを、しっかりと見定めなくてはならない。
そしておそらく、琴乃のことに関しては、これ以上踏み込むべきではないだろう。それは、彼らだけの領域だ。青子はそう思い、響にそれ以上の続きを要求することはしなかった。
所詮青子と響達との繋がりなど、そんなものである。その程度のドライな関係で、直接的な繋がりなんてものは、何一つ存在してなどいないのだから。
青子が響達と関わるようになったのだって、赤崎と緑間の二人を通じてからだ。
「そんなことよりも、話すべきことはもっと他にたくさんあるだろう。俺とお前が再会した時のこととか」
「え…あ、ああ。うん、そうだね。再会…」
優のさり気ない助け舟により、この居心地の悪い雰囲気からなんとか全員脱する。そして響は、優に話を振られた再会の日のことについて思い出しているようだった。
「俺は絶対に、これから先たとえどんなことがあろうとも、絶対に忘れない。お前の第一声が“五秒以内に俺の視界から消えろ。さもなくば壊す”だったことを」
「ちょ…地味に根に持たないでよ。昔の話じゃないか。イメージ悪くなる」
トントントン、と野菜を切っていた手を止め、優がじとっと響を睨みつける。その視線に、先ほどとはまた違った意味で居心地の悪くなった響が、「うっ」と気まずそうな顔で唸った。
そこで青子は、「ううん?」と首を傾げる。
「響って、昔は一人称が「俺」だったの?しかも、今のを聞いた限り口調も大分…」
「あー…まあ、否定はしませんよ。ほら、僕、これでも元不良ですから」
困ったように眉を八の字に下げて、響が小さく笑った。
元不良。青子の中では、随分昔にすっかり風化していた設定だった。
彼らが「壊す双子」だと知って動揺したのは、出会い頭のほんの一時だけであり、そしてそれ以来、青子は一度だって響と琴乃を、そういう目で見たことはないつもりだ。
過去に彼らがどのような形で存在していたかなど、今の彼らには全く関係のないことで、それをいつまでも引きずるような女々しさを、少なくとも青子は持ち合わせていなかった。彼女はそういう風に、過去に折り合いをつけて生きている。
「しかも、見事に俺のことを忘れていただろ、お前。これが根に持たずにいられるか」
「わ、忘れてないって。昔の僕の知り合いだったんだろうなって…だから、せめてもの情けで壊さずに、鳩尾に一発決める程度にしてあげたじゃないか」
「尚悪いわ!」
優がとても痛そうに表情を歪める。もしかすると、今しがた響の言った“鳩尾に一発”決められた、重い拳を思い出しているのかもしれない。響は飄々と言ってのけたが、鳩尾などという急所を狙った攻撃がせめてもの情けで、しかもそれをその程度とのたまう辺りが、若干ズレているのは確かだ。
そしてまたも青子は、「ううん?」と首を傾げる。
「さっきから気になっていたんだけど、“再会”とか“忘れてた”とか、もしかしたあなた達…中学に上がる前に会ったことがあったの?」
「はい!実はなんと!なんとなんとなんと!私と響と優は、小学五年生の頃まで一緒の小学校に通ってたんですよ!」
青子の質問に答えたのは、なんとか元気を取り戻したらしい琴乃である。
「通ってた?」
「親の都合でですね。私達、転校しちゃったもんですから」
「たった二、三年で、よくもまああれほど完膚なきまでに俺を忘れてくれたな、お前は」
そしてやはり、嫌みったらしく皮肉を言う優であった。存外ねちっこい性格である。
「だから、忘れてないってば。琴乃に聞いてちゃんと思い出したんだよ、僕」
「そうか。次に会った時の第一声は、“俺はお前なんて知らねえよ”だったような気がするが」
「弁解の余地もありません」
話を聞く限り、どうやら再会当初の白金ツインズと優の仲は、とてつもなく剣呑としていたようだ。仲の良い今の三人を知っている青子には、全く想像がつかなかった。
もっとも、それをいうなら一人称が「俺」で、ぞんざいな口調で話す響も、可愛い顔で「壊す双子」の一翼を担う、身体的破壊担当「粉骨砕身」と呼ばれていた琴乃も、「壊す双子」の一翼を担う、精神的破壊担当「二重破壊」と呼ばれていた響と、五十人の荒くれ者相手に立ち回ってみせたという優も、想像出来るかと言われれば、青子はこれっぽっちも想像できないのだが。
「…で、そこまで仲が険悪だったあんた達が、どうして琴乃を助ける為に協力して、現在進行形でそんなに仲良くなっちゃってるのよ」
そう聞くと、響と琴乃が顔を見合わせ、そしてくるりと体の向きを変えて、昼食の準備(がこの中で唯一まともにできる)をしている優の方を見やった。
すると、中々どうして、互いに思うところがあったらしく、響と優は揃って肩を竦めた。琴乃はそれを、どこか嬉しそうに見ている。
「詳しいことは…話せば長くなりますから、また今度、祭さんもいる時にでもお話しますよ。本当に、果てしなく長いので」
祭さんも、と言ったその言葉には、どこか含みがあったような気がした。
―その頃にはもう、赤崎はいなくなっているかもしれないと、この時青子は、なんとなくそう思った。
「祭は知らないの、そのこと」
「まあ…祭さんだけでなく、静さんもですが。良くも悪くも、お二人は引き際をわきまえていたんですよ…というか、こっちが踏み込んできてほしくないところを敏感に感じ取って、あえて触れないでいてくれましたから」
いつかお前らが話して良いと思えるその日まで待つと、どうやら二人はそう言ったらしい。
青子はなんとなく、自分がとても劣悪なことをしたような気持ちになった。
「…ごめん。私は、土足で踏み込んじゃったのね」
そんなことはない、と響が首を振った。
「いいんです。だって僕らは…僕は、青子さんにも救われましたから」
「え?」
「いえ、なんでもないです。それに、謝らないでください。失礼ながら、僕らもこれから、青子さんの踏み込んできてほしくない領域に土足で入るつもりなんで」
―は?と、響の言葉の意味がわからず、青子は首を傾げた。言ったのは響だが、何故か琴乃も、一緒ににやにやと悪そうな笑みを浮かべている。嫌な予感がした。そして大抵、青子の嫌な予感というのは的中する。
準備が終わったらしく、チャーハンを盛った皿を右手と左手に一枚ずつ、そして右腕と左腕にもそれぞれ一枚ずつ、合わせて四枚の皿を優がテーブルへと運んできた。かなり器用なことをする。そしていい匂いだ。
四人はそれぞれテーブルに着き、優が作ってくれたチャーハンを前に手を合わせ、いただきますと声を揃えた。そしてスプーンでチャーハンをすくい、それぞれ口に運ぶ。もちろん美味しかった。
「ところで青子さん、ひとつお訊ねしたいのですが」
「?なによ」
「祭さんのこと、どう思っているんですか?」
ブフッッッッ。
青子は盛大に吹き出した。まことに美人が台無しである。
けほっけほっとむせた青子は、麦茶の入っているコップを凄まじい速さで鷲掴みにし、一気に飲み干した。はあ、とコップを置いて小さく息を吐く。
まあ、誰だってそんな、いきなり踏み込んできてほしくない場所に触れられれば、リアクションの一つや二つ、オーバーになるというものだ。
「な…っ何をいきなり…!?」
クール&ビューティーと名高い彼女にしては珍しく、顔を真っ赤にして口をぱくぱくとさせていた。そんな青子を見て、ほとんど無意識に、可愛いなあと響は思う。そしてそんな自分の無意識に気がついて、響は苦笑をした。
もちろん彼にとって、妹の琴乃よりも可愛いものはこの世に存在していないと思っているし、青子に対しての「可愛い」は、恋だの愛だのそういった面倒くさい感情が取り巻く好意ではないので、あしからず。
「だってまつり先輩とは、ある程度の段階をすっ飛ばしてキスまでしてくれちゃってる仲じゃないですか!しかも学校で!にも関わらず、この先も“幼なじみ”なんていうショボイ関係をまかり通そうとか、見てるこっちが苛々しますよう!」
琴乃が、ぶうぶうと口を尖らせる。
「そ、それは…」
「まあつまるところ、この際その辺の色々をはっきりさせておこうと思いまして。言ったでしょう、土足で踏み込むと」
「そんな殺生な!」
確かに青子自身、その辺の曖昧な関係については、近い内に地につくよう確立させなくてはならないだろうと思ってはいた。そして、その為に取り付けた遊園地デートの約束であり、その時に言うつもりだったのだ。青子の中で答えはもう決まっているし、今更誤魔化すつもりもない。
だが―ここで、このタイミングでそれを口にするのは、青子はなんとなく間違っているような気がした。
「「で、どうなんですか?青子さん(先輩)」」
興味津々に目を輝かせる白金ツインズ。青子は、「うっ」と顔を引きつらせて唸った。優に関してはあまり乗り気ではないようで、やれやれと溜息をついている。
これのどこが、そしてこれを見た誰が。この二人を、かの有名な「壊す双子」だと思うのだろう!
「どう…と、言われても。普通に好きよ、祭のことは」
「はぐらかさないで下さい。まつり先輩のこと、付き合いたいだとか恋だとか、そういう意味で好きなんですかって聞いてるんです」
琴乃がぐいぐいと押しにかかる。青子は、自分の逃げ道がなくなっていることにようやく気がついた。
さすが、「粉骨砕身」などと呼ばれていた過去を持っていても女の子。この手の話には、本当に興味津々であるらしい。
「好きですよね、まつり先輩のこと」
ほぼ断定されたに等しい問いかけだったが、青子としては勿論―首を横に振ることなどできるはずがない。
響と琴乃の推測…否、思惑通りというべきか。青子は祭…緑間祭のことが好きなのだ。それは後輩の言う、そういった意味での“好き”で。
だから勿論、否定はできない。
「どうしてそんなことを聞くの」
「どうして、ですか?理由なんて一つしかないですよ。私が、まつり先輩のことを好きだからです」
「!」
青子は、その言葉に目を見開いた。
(琴乃が、祭を好き?)
そんな素振りは一度も―と否定的になったところで、そういえば琴乃が、赤崎ではなく緑間の方によく懐いていたことを青子は思い出す。そういえば緑間だけだった、響と優は除いて、琴乃が自分から抱きつきにいく対象というのは。
何より、「壊す双子」としての彼らを更正させるきっかけを作ったのは、赤崎と緑間だ。それは決して、赤崎だけの力によるものではない。憧れや尊敬が好意へと変わっていったと言われれば、それは十分にありえる話だ。
「あおこ先輩が、なんとも思ってない、ただの幼なじみだって言い張るなら。もらっちゃいますよ、まつり先輩のこと」
だがしかし。
しかし、それでも。
ここで焦燥感を煽られる水沢青子ではない。
「なあに言ってるの」
青子は、ひどく艶やかに微笑んだ。
仮に琴乃が緑間のことを好きだったとして。
だから一体なんだというのだろう。
そんなものは何も。何も関係がないというのに。
何故なら彼は初めから。
「あれは私のものなんだから。ダメに決まっているでしょう?」
それはもう、好きだと言っているようなものなのだが。と響と優は思った。
琴乃がにっこりと無邪気に笑って、「やっぱり」と言う。
「好きなんじゃないですか、まつり先輩のこと」
「………まさか、」
初めからわかっていたと言わんばかりの琴乃に、青子は「あちゃー」と頭を抱えた。
なるほど、彼女が緑間のことを好きだと言ったのはつまり、青子にそれを言わせる為だったようだ。どうやらかまをかけられたらしい。らしくない、と青子はうな垂れた。
響がこの世界で誰よりも琴乃を愛しているのと同様に、琴乃もまた、響のことを世界で一番愛しているのだ。そこに恋だの好意だのという感情は一切ないにしろ、それがこの双子の本質で、少し考えればわかることだった。まあ、琴乃に関してはもしかすると、異性として優に好意を抱くことがこれから先あるかもしれないが…。
全く、落ち着いて考えれば、みすみす青子があんな罠に引っかかることもなかっただろうに。
『私が、まつり先輩のことを好きだからです』
あの、たった一つの見え透いた嘘で、少なからず自分が揺さぶりをかけられたことは事実だった。それを、表には出さないにしても。
恋は盲目、などとよく言ったものである。
「…否定はしないわ、もう。そうね、私はどうやら、あの馬鹿な幼なじみのことが好きみたい」
随分前から既に自覚していたことではあるが、改めて言葉にしてみるとすとんと胸に落ちてくるものが確かにあった。
「じゃあ、なんでそう言わないんですか?祭さんに、好きだって。お節介かもしれませんが、あの人も多分」
「言えないのよ」
そう、おそらく―響の言うとおりで、青子の思う限り。
緑間の方もおそらく、青子に同じ意味合いを持つ好意を抱いている。
お互いに片想いをしていたのだろう。両思いならぬ、両片思い。もっとも、緑間の方はおそらく、自覚したのはつい最近のことだろうが。だからこそ、そんなこんなで今までずっと、幼なじみとしての現状を壊さずに守ってきたのだ。
響達はおそらくそれを、今の関係を壊したくないから、などというありがちな理由だと思っているだろう。
だがそれは、少なくとも青子にとっては、若干違った。
「…私は、静のことも好きだったから」
今度は響達の方が目を見開く番である。見開きすぎて最早目が点になっていた。青子は気まずくなって顔を伏せる。優の手からスプーンが滑り落ちた。三人とも、熱帯魚のように口をぱくぱくとさせている。
「「「え…ええええええええええええ!!?」」」
それはつまり、お二人に恋をしていると、そういう意味ですか!?そう聞いてきた琴乃はひどいパニック状態に陥っていて、目をぐるぐると回している。そして、ここはさすがと言うべきなのか、響も彼女と全く同じ顔をしていた。さすが双子。シンクロ率は百二十%である。
ちなみに優は、石化してしまったかのようにフリーズしてしまっていた。
「…違うわ。言ったでしょう、好きだったって」
そう、青子にとって赤崎への想いというのは、もう随分昔に過去形へと姿を変え、風化してしまっている。今ではもう、大切な幼なじみという括りでしかない。
今青子が想う相手は、もう一人の方の幼なじみである、緑間だけだ。
けれど赤崎のことが好きだったのもまた、事実であることに変わりはない。想いを伝えた中学時代、青子のそれは優しく拒絶されてしまったけれど。
『違うよ。青子が好きなのは、僕じゃない』
気持ちは嬉しい。でも、いつかきっと後悔する。僕は青子の一番にはなれないから。
赤崎はあの時、そんな風に言ったのだ。そう、まるで、こうなることが初めからわかっていたかのように。
―青子が緑間のことを好きになると、初めからわかっていたかのように。
今なら、あの時の言葉の意味がよくわかる。
「今はね、確かに祭のことが好きよ。それは本当。でも、それでもやっぱり私は、静のことも好きだった…私はまだ、それをきちんと伝えていない。それを静に伝えるまでは…言えないわ。私にはまだ、あいつの隣りを歩く資格がないもの」
青子は静かに目を瞑った。すると、響が「ああ」とまるで何かを思い出したかのような口ぶりでそう言った。
「それが、あなたの未練だったんですね。青子さんにもあったんだ、ちゃんと」
「え?」
確かに好きだったのだと。それは嘘ではないけれど、結局私は彼のことを好きになったのだと―その想いを伝えたかった故に、青子もまた、赤崎のことをこの世に留めたいと思ってしまったのだ。
青子自身が前に進む為に。
「言えばいいんですよ。きちんと伝えてしまえばいい。静さんの為にも、祭さんの為にも、そして…あなた自身の為にも」
「響…」
響が、止まった時間動かすように、ばくばくとチャーハンを食べ始める。
途中でチャーハンが喉に詰まったようで、危うく窒息死しそうになっていたが、それでも五分とかからず昼食を食べ終わり、「ふう」と彼は息を吐いた。ごちそうさま、と手を合わせ響が勢いよく立ち上がる。
「さ、早く食べちゃってくださいよ!ただでさえ時間おしてるんですから、ちゃっちゃと作業開始しないと!」
全ては八月七日。残り時間は、もう少ない。
だが、なんとしても必ず。三日後に彼が成仏出来るよう。
別れの日は、もう近い。




