第五話 「夢と現実」
赤崎の母方の実家は、電車に乗って小一時間程度で到着する、緑間たちが住んでいる町と比べればかなり田舎の、小さな町にある。
事業に成功した、大きな財閥の社長であったと聞いているが、どういった理由でこんな田舎に身を置いているのか…緑間には皆目検討もつかない。以前赤崎に聞いたことがあったが、よくわからないと言っていた。
それに、元からこの田舎町に住んでいたわけでもないらしく、確か赤崎の両親がいなくなって一年くらい経った頃、引っ越してきたのだと赤崎が言っていたような気がする。
緑間も一度だけ、赤崎に付き添って藤黄家に訪れたことがあるが、そこでとてつもなく嫌な思いをしたのだろう。何故だかそれ以来、頑なになって行くことを拒んだ記憶がある。
そして、とてつもなく嫌な思いをしたことだけは確かなのだが、緑間はどうにもそれが思い出せないでいた。その時の記憶だけ、ぽっかり抜け落ちてしまっているのである。まあもっとも、嫌な思い出をわざわざ思い出す必要は、そもそもないのだが。
電車の中では互いに沈黙を保ち、テレパシーも遮断して、緑間は無言で窓から見える景色を眺めていた。両者共に考える時間が必要だったのだろう。
赤崎は両親のことを、そして緑間は赤崎のこと、そして響に渡された日記のことを。
日記の中身は知っている。全てを覚えているわけではないが、あれをダンボールに詰め込んだのは緑間(と青子)であるのだから、そこに書かれていた内容は、少なからず覚えがあった。だから見るつもりはない。ないのだが…
(どうも、引っかかるんだよな)
響があの日記帳を、ただ自分を挑発する為だけに渡してきたとは、どうにも思えなかった。響はああ見えて、頭は切れる方なのだ。成績は悪いが。
だから何かしらの意図があるとも緑間は思うのだが、日記帳を読もうにも赤崎への罪悪感が先立って読めずにいるのが現状だった。
覗き見や盗み聞きなど、こそこそするのは彼の性分ではない。かと言って、日記のことについて赤崎に訊ねるのは、やはり気が引ける。
どうしたものかと緑間は溜息をついた。
そんなこんなで、道中およそ一時間はあっという間に過ぎていった。
電車を降り、改札を抜けて駅を出ると、一時間ぶりに触れる外の空気が心地よくて、緑間は大きく息を吸った。さすが田舎と言うべきか、駅にも人はあまりいなかったが、外にも人はあまりいなかった。
車通りも少ないのでとても静かだったが、田舎独特のこの静けさが彼は嫌いではない。むしろ好んでいるくらいだ。
都会にはない澄んだ空気、綺麗な青空、緩やかな時間の経過。
忘れていたもの、失くしたもの、全てが鮮明に自分の元へと還ってくるような感覚だ。
もっとも、彼が失くしたもの―赤崎静がかえってくることは、ないのだろうけれど。
「ここから先は、お前が道案内してくれよ。俺もう覚えてねえし」
緑間はどちらにしようか迷って、結局テレパシーは使わないことにした。人も少ないし、おそらく問題はないだろう。
ん、と赤崎が頷いた。この幼なじみの記憶力は超がつくほど悪いので、道を覚えているのか緑間は多少不安に思ったわけだが、どうやらそれは杞憂だったようである。
実は自分が知らないだけで、割りと祖父母の家にお邪魔していたりしたんだろうか、と何気に緑間はそんなことを思った。
「んーまあ、最後に行ったのは確か二~三ヶ月くらい前だけど、それより前は、一週間に一回くらいのペースで行ってたよ」
その何気ない疑問に対する返しが思った以上に意外で、緑間は目を見張った。一週間に一回って。そんなに行く時間がいつあったんだと緑間は思う。
一年に一回行っていれば良い方だと踏んでいたのだが、意外と親孝行、改め祖父母孝行なところがあったようだ。
ああ、でも、そういえば。
まだ親というものが、赤崎にとって意味を成していた幼い頃でさえ。
(割と親孝行な奴、だったもんな)
そうでもないけどねと、赤崎はいたって平坦にそう言った。無表情である。
「ただ、定期的に顔を見せる条件でこうやって…いや、ああやって一人暮らしさせてもらっていたわけだし。お世話になっていた手前強いことも言えないし、心配はかけたくなかったから」
十分孝行してるじゃねえか、と思う緑間であった。
―と、そこで。
ピキン、といつぞやのような痛みが頭を走り、ぐらりと緑間の重心が傾いた。え、と緑間だけでなく赤崎も目を見開く。
倒れるのを防ごうと赤崎が咄嗟に、幽体になったその手で緑間を支えようとしたが、その手は本来触ることができるはずの緑間の体を、容易くすり抜けた。
これにもまた二人は目を見開き、さすがに今更体勢を立て直せなくなっていた緑間は、そのまま地面に倒れ伏せる―はず、だったのだが。
その時、ふわりとした浮遊感のあと、体を支える誰かの存在を緑間は感じ、頭を押さえながらも横を見た。腰の辺りまで伸びている綺麗な黒髪が、視界の端を過ぎった。
どうやらその人物は、緑間の左腕を引いて上体を起こしてくれたようだ。
「……?」
「大丈夫?」
未だに足元が覚束ず、中腰だった緑間の頭上から、そんな声が降ってきた。緑間はその声に目を見開き―耳を疑った。
(そんな、バカな)
この声は。聞き間違えるはずも、聞き違えるはずもない―この声は。
「しず…か?」
逆光で顔が見えなかった。太陽が邪魔だ。ああ、意識が閉じていく。頭が痛い。
「え…あ、ちょ、ちょっと!」
気を失う直前、最後に聞いたのは―やはり赤崎の声だった。
そう、ありえないくらい鮮明な、はっきりとした声だった。
***
いつも通りの朝。
うるさい目覚まし時計を止めて、緑間は重たい体を起こし、うーんと大きく伸びをしてからベッドを降りる。
変な夢を見ていた。いや、変な夢、というより嫌な夢だった。それだけは確かだ。だが、何一つ夢の内容は思い出せない。思い出す必要はない気がする。
とにかくあれは、夢だった。
「今日は何にすっかなー」
そんな独り言を呟きながら、緑間は制服に着替えリビングへと向かう。
姉はいなかった。
どこ行ったんだ?と緑間は首を傾げる。大学?それにしては随分時間が早い。
リビングのソファには、何故かビニールをかけられている喪服が置いてあった。緑間のものである。
一体どうしてこんなものが置いてあるのだろう。誰かの葬式予定でもあっただろうか。またしても緑間は首を傾げる。
何故かその理由は深く追求しない方が良いような気がして、「ま、いっか」とその一言で終わらせた。頭から疑問を取っ払う。
いつも通りお弁当を二つ作る。本日のおにぎりの具材候補は、梅・ツナ・すじこだ。おそらく赤崎ならばツナと答えるだろうが、一応確認の為電話をかける。
「…あ?」
いつまで経っても、赤崎が電話に出ることはなかった。
珍しく電話のコールで起きなかった。ただそれだけのことだろう。
仕方なく緑間は、おにぎりの具材にツナを選んだ。
もう一度電話をしてみてもやはり繋がらなかったので、若干心配になった緑間は少し早く家を出て赤崎の家へ向かうことにした。合鍵を使って中へ入る。
中には誰もいなかった。
「もう学校行ったのか、あいつ…」
折り返し連絡をくれてもいいものを、と緑間はぼそりと呟く。
テーブルには、赤い携帯電話が置き去りにされていた。
本当に、本当に気まぐれで青子の家にも行ってみた。この時間ならばまだ家にいるはずである。インターホンを鳴らした。五回。
扉が開く気配はなかった。
今日はやけに学校に行くのが早いな、とそう思った。
赤崎の家と青子の家に寄ったため、緑間はいつもより大分学校に着くのが遅くなった。八時を若干過ぎた頃である。
「はよー」
いつも通り手を挙げてクラスメイトに挨拶をする。
はずだったが、なんとクラスには誰もいなかった。隣りのクラスにはいつも通りたくさんの生徒がいるのに、だ。笑い声がやけに疎ましく聞こえた。
「インフルエンザでも流行ってたっけ?」
学級閉鎖?そんな話はこれっぽっちも聞いてないのだが。ならばボイコット?こいつ等ならやりかねないと、緑間は冗談半分にそんなことを考えた。
さて、クラスには誰もいないということだが、それでは赤崎は一体どこにいるのだろう。てっきりもう学校に来ているものだとばかり思っていたので、緑間は首を傾げる。
その時、緑間のスマホが鳴った。発信元は、今朝姿の見えなかった姉である。
電話に出た。
「もしもーし、こちら祭ー」
『…ふざけてないで、今、どこにいるの』
姉の声には心なしか怒気が含まれていて、思わず緑間は面食らってしまう。
どこにいるのって…。
「学校、だけど」
『早く帰って来なさい!』
答えた瞬間、鼓膜を破らんばかりの大音量が緑間の耳に響いてきた。思わずスマホを遠ざける。
「声でけえよ姉ちゃん…」
『あんたが馬鹿なことやってるからでしょ!学校?ふざけるのも大概にして!寝言は寝てから言いなさい!今日は―』
緑間は電話を切った。
窓から覗いた空は、泣いていたように思う。
そこで場面が切り替わる。
とても広い部屋だ。そこにはたくさんの人がいた。そして、そこにいたたくさんの人は泣いていた。たくさんの人の中には、クラスメイトの姿もあった。
ここはどこだろう。見渡す限り何もない、広々とした部屋だった。目に付くのは、紫色の座布団だけである。
(この匂い…)
随分かぎ覚えのない匂いが鼻をついた。線香である。
そこで初めて、緑間は自分が制服ではなく喪服を着ていることに気がつく。真っ黒な弔いの色だ。よく見ればたくさんの人は、全員喪服を着ていた。
葬式だ。
一箇所に人が集中している。皆、淡い色の花を手に持っていた。彼らが囲んでいるのは棺だろうか。
一体誰の葬式なのだろう。クラスメイトの姿があるということは、うちのクラスの誰かなのだろうか。赤崎の姿も、青子の姿も見当たらない。
写真が飾られている。おそらく棺の中身と同一人物だろう。緑間は目を凝らしてその写真をよく見た。
(―え、)
そこには、よく、見知った人物が。
ぽん、と肩に手を置かれる。こちらもやはり喪服を着ていた。姉である。
花を渡された。行きなさい、と促される。どこに? 棺の中にその花を入れてくるの、と姉が言った。目が赤かった。
緑間は棺に一歩一歩近づいていく。棺を囲っていた人の群は、緑間を通す為にあっさり割れた。
やっぱりみんな泣いていた。
泣いていないのは俺だけだった。
棺を覗く。
その人物の顔は白い布で覆われている。
その布を剥ぎ取る。
静がいた。
ぱさり、と姉から受け取った花を落とす。白い布も、一緒に落ちる。
(う…あ、ああ…)
一歩一歩、後退する。つまづいて、しりもちをついた。
頭を抱える。息が乱れる。意識が遠のく。
そうだ、静は、俺を庇って―死んだじゃないか。
「う…あ、うわあああああああああああああああああ」
夢の続きを蛇足のように引きづりながら緑間はそう叫び、ばっと勢いよく体を起こした。浅い息が繰り返される。がたがたと体の震えが止まらない。
嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ。
(誰か、)
「…大丈夫?」
声がした。聞き馴染んだ幼なじみの声だ。おそるおそるといった風に、緑間は横目でちらりとその姿を確認する。
赤崎がいた。
―否、正確には、赤崎にとてもよく似た女の子がいたのである。そう、緑間のことを駅前で引き上げた人物と同一人物だ。
だが、今の緑間には何も、何も関係なかった。
くせがなく、真っ直ぐ腰の辺りまで伸びている黒髪。小柄で華奢な体躯。女性の絶対的象徴とも言える豊かな胸。おそらく制服だろうと思われるスカートから覗く、すらりとした長い脚。緑間には、全てがどうでもよかった。
ただ彼の思考は、彼女に生きている赤崎の姿を被せたのである。
「……っ」
堪えられなくなって、緑間は強引に彼女を抱き寄せた。目一杯腕に力を込めて乱暴なくらい強く、細い彼女の体を抱く。本当に、壊れてしまうのではないかと思ってしまうくらいに。
強く、強く、生きたぬくもりを抱きしめた。
「…っ!?」
彼女の方はといえば、もちろん動揺していた。当たり前である、なんせ彼女と緑間は初対面であるのだから。
彼氏でもなければ好きでもない、見ず知らずの緑間に抱きしめられて、平静を装えという方が無理だった。むしろここで力任せに殴ったり蹴ったりしなかったことが、十分褒められるくらいだろう。
もっとも、彼女の心情を今の緑間が考慮するはずもなく。まして省みるなどありえなかった。あくまで今、緑間にとって彼女は、死んだはずの赤崎そのものだったのだから。
赤崎を見誤るはずのない彼が、そんな勘違いを犯してしまうくらい―彼女は赤崎に似ていたのだから。
それはもう、致し方ないことだ。
「…静」
緑間は、涙混じりの声で名前を呼んだ。彼女は、緑間の声が泣いていることに気づいていた。
「生きてたんだな…死んだなんて、嘘だったんだろ?」
―何を、言っているのだろう。
この目ではっきり、見ていたくせに。
最後のその瞬間、確かに<それ>を、見ていたくせに。
「…馬鹿だなあ、俺。あんな、あんな変な夢を見るなんて」
―ああ、本当に。大馬鹿野郎だ。
あれは決して、夢などではなかっただろうに。
あれは紛れもなく、現実だったはずではないか。
「お前はちゃんと、ここにいるのにな」
ここにはもう、いないのに。
「…ごめん。本当は、嘘をついてあげたいけれど」
彼女は言った。嘘をついてあげたいけれど―嘘はつけない。
それでいい。
「あなたの言う“静”は、もういないよ。ここには、いない」
その言葉は、嘘でもなければ夢でもない。それが現実で、この世界のほんとう。
諭されて緑間はようやく気づく。今腕の中にいるのは―赤崎では、ない。
(……)
彼女は、一体誰なのだろう。考えて、考えるまでもなく当てはまる人物が一人くらいしかいないことに、緑間は薄々気づいていた。以前赤崎に言われた言葉を思い出す。
一番の決め手は、彼女の声が赤崎の声にそっくりだったことだ。若干赤崎の声より高いような気がするし、意識がはっきりとしていればおそらく聞き間違えることはなかっただろうが、それにしたって似すぎていた。それに、パーツの一つ一つが、どことなく赤崎に近い雰囲気を持っている。
そこから導き出せる人物というのは、一人しかいなかった。
―会うのはこれが、初めてだけれど。
「落ち着いた?」
宥めるような、優しい声音が耳を浸透する。本当に赤崎だと錯覚してしまいそうだった。
正直、辛いと緑間は思った。だがそれは、彼女に言ったところでどうにかなる問題でもないのだろう。
緑間は、きゅっと下唇を引き結ぶ。
「…悪い。嫌だったろ、知らない男に抱きしめられるなんて」
彼女が一瞬固まって―そしてゆっくりと、首を横に振ったのがわかった。こういうところが本当に、赤崎にそっくりである。
彼女の手が静かに緑間の背中に回った。優しく背中を撫でられる。まるで子供をあやすような、そんな手つきだった。緑間はそっと腕に込めていた力を抜き、彼女の肩口に顔を埋める。
彼女の善意に甘えることにした。
「…あのさ」
「いいよ」
ほんの少しだけ、このままでいさせてほしいと言うつもりが、彼女に先回りをされて言葉に詰まった。読心術でも心得ているのだろうかと一瞬思ったが、そんなはずがないことは、緑間が一番よくわかっている。
―なんせ彼女は、生きているのだから。
「あなたがそうしたいと望むなら、私の肩は貸してあげる。だから、堪えなくていいよ」
緑間は、掠れた声でありがとうと言った。
***
「久しぶりねえ、静くん」
「…うん、本当に。久しぶりかな…おばあちゃん」
同時刻。赤崎は、居間にて祖父母とテーブルを挟んで向かい合っていた。
これだけ言えば普通に、孫と祖父母の久しぶりの再会だという風にとれるだろう。だが、生憎今の赤崎には肉体がなく、更に幽霊というのが現状だ。つまり、普通は赤崎を視覚することなどできないのである。
それを知らない人が見れば、この後景はかなり奇抜だったに違いない。傍から見れば、赤崎の祖母が一人で話しているようにしか見えないからだ。実際、彼の祖父はそのパターンである。
赤崎のことが視えているのは、祖母だけだ。
「びっくりしたわあ。あの子が、男の子を背負って帰ってくるんだもの。そうしたら静くんも一緒でねえ…」
「すごい偶然だったと僕も思うよ。遥が通りかかってくれて、本当に助かった」
そう、あの時―駅前で倒れそうになった緑間を助けたのは、赤崎もよく知る人物であった。
否、その存在を初めて知ったのは割りと最近のことになるので、よく知るというのは表現として間違っているかもしれないが。
緑間を助け、目的地である祖父母の家まで運んだのは―三歳年下の、妹であった。
名は、藤黄遥と言い、藤黄は祖父母の苗字である。赤崎とは苗字が違うが、列記とした兄妹であるらしかった。
だが、いくら兄妹であるといっても、赤崎がその事実を知ったのはつい最近のことで、ちょうど二年くらい前のことだ。
話を聞いた時も、初めて彼女と会った時も、勿論赤崎は戸惑ったし、動揺もしたし、とてもすぐには受け入れられなかった。
いくら顔が似ていても、はいそうですかと簡単に受け入れられるはずがないし、今更妹がいたなどと言われたところで、どうこうなるつもりも赤崎にはなかった。そう、本当に、初めの頃は。
いつの間にか、彼女は赤崎にとって、今まで埋まらなかった空白の一つを、埋めてくれる存在になっていた。かけがえのない大切な存在だと、今は本当に心から思っている。
つじつまが合わないと、初めて話を聞いた時はそう思った。全てが矛盾しているではないか、と。
けれど今は、つじつまが合っていなかった理由が赤崎はきちんとわかっている。つじつまが合わなかったのも、矛盾していたのも、それは全て―自分の記憶の方であると思い出したからだ。
「で、どうしたの、静くんは。お盆にはまだ少し、時間があるけれど。少しだけ早く、こっちに帰ってきたのかい」
お盆。それは、死んだ人が還ってくる日。
「違うよ、おばあちゃん」
祖母はあくまで笑みを絶やさない。反してその隣りに座っている祖父は、こめかみを押さえて、老いた体を小刻みに震わせていた。
この家の居間は、六畳ほどの和室へと繋がっている。その部屋は仏壇がほとんどのスペースを占めているため、普段は活用されていない。
線香が立てられている。
そこには赤崎の遺影と― もう一つ。
『これって誰なの?おばあちゃん』
『…ああ、それはね』
おばあちゃんにとって、とても大切な人だよ―と。いつだったか、聞いたことがある。
とても大切な人。当たり前だ、だってその人は、おばあちゃんの娘だったんだから。
そしてその人は、僕にとっても大切な人…だったんだと思う。
「…僕の母さんに、会いに来たんだ」
だってその人は、僕の母さんだったんだから。
「…そうかい」
祖母はどこか悲しげに微笑んだ。まるで全てを初めからわかっていたかのように。




