14:妖精の森
投稿しないって言ってたんですけど、あんまり出さないと存在が忘れられそうなので、ちょっと書きました。
アレンは久しぶりの乗馬を満喫していた。
満喫どころじゃないくらい乗り続けていた。
王都からバルド達の住む森までは馬で走っても2日はかかる距離である。
馬を潰してまで全力で移動するわけでもないので、その倍はかかる。
今日は四日目で、やっと森の前までやって来ることができた。森の中を馬で移動するのは難しいし、ここまで走り続けて疲れている愛馬をこれ以上酷使するつもりもないので、アレンは来たばかりの町宿に馬を預け、そこで昼食をとってからバルドのもとへ行くことにした。
「なぁ、おかみさんよ、最近この辺りで変わったこととかないか?」
親父に会っとく前に、きちんと情報収集もしないとな。王女を匿ってから何か影響が出ても可笑しくはない。
「そうだねぇ、あ、一週間くらい前に、魔物化した黒熊が出てきたよ。でも、きちんと被害が出る前に倒されたし、バルド様に『北のランディア王国からあぶれてきたヤツで、妖精たちが見落としただけだ』って説明を受けたからね。一先ずは安心さね」
「そうか、ありがとう」
・・・そう言えば、ここの広大な森とランディア王国は隣接してるんだったな。
これじゃ、王女のせいかどうか分からねぇ。
まぁ、この『妖精の森』は妖精たちと妖精の女王、そして『守護者』がいるからな。
流石の『魔女』でもここを突破しようとは思わないか。
ある意味、ここに王女を匿って正解だったのかもな。
ゆっくりと昼飯を味わった俺は、女将に例を言って店を出た。
町を観察しながら歩いて、とうとう関所までやって来た。
「こ、これはアレン近衛兵ではありませんか!」
関所の兵士がピシッと敬礼して、勢いあまって少しふらついていた。
(・・・大丈夫か?というか、こんな辺鄙な所にも俺の顔は知れ渡っているのか)
実はミレディさんが教会でたまに息子自慢していた際に、肖像画をこっそり見せてまわっていたのだが、そんなことは知るわけもなく。
「今日はご実家にお戻りになるということでしょうか!」
「ああ、任務もかねているが、そういうことになる。このまま5日ほどそっちで滞在する予定だ。変更があれば、また来る。あと、楽にしていいぞ」
ありがとうございます!とキラキラとした目をアレンに向けてから、ピシッと直立不動になって、本来の任務に戻ったようだ。
アレンは、こんなのガラじゃないんだが・・・と頬をかきながら門をくぐり、少しだけ気になって後ろを振り返ったら、先程の兵士がガン見していた。
キラキラと見ていた。
アレンはゲンナリとした。
*****************
森の中へ足を踏み入れたアレンは、真っ直ぐ小道を進んだ。が、時間がたつにつれて、小道は獣道のようになり、ついには道すらも無くなった。それでも歩き続けると、真ん中に島がある大きな湖が目の前に、急に現れた。
その島には、ほっそりとした幹の白い樹が一本、根を生やしていた。
その樹の真上だけ周りの木々の葉が届いておらず、日の光が柔らかに差している。
そして、見る人が視れば、とてつもない魔力がその樹を中心にゆったりと回り、森全体を覆っているのが分かるだろう。
そして、中央の木のすぐ側に、一頭の白狼。
何の感情も浮かばない黒い瞳が、アレンを映す。
アレンは湖の縁に膝をつくと腰につけていた剣を脇に置き、手のひらを合わせて指を組むと目を閉じ、よく通る声を発した。
「森の守護者よ、私アレン・リギンディアに妖精の森へ入ることをお許し下さい」
そしてアレンは頭を垂れ、息を潜めてその時を待った。
木の葉のざわめきと幽かな風のささやきだけが響く。
フッと気配が変わったのを感じ、目を開けると、湖は忽然と姿を消し、そこそこ整えられた小道が現れていた。
アレンは立ち上がると、額の汗を拭って安堵の息をついた。
「相変わらず、とんでもない圧力だ。ただの人間にも容赦のないあたり、流石は守護者だと感じるが。俺が来るのも初めてじゃないんだから少しぐらい手間を省いても・・・ん?」
クスクス
キャッキャッ
遠くから甲高い、鈴のような笑い声が響く。
(妖精たちの笑い声だな。何があったんだ?)
アレンはちょっとした好奇心から道をはずれ、声のする方へと向かった。
近づくにつれて、女性の歌声と竪琴の音色も耳に入ってくる。
(母上か?しかし、この声は違うような・・・)
焦れて、足が少し速くなる。
そして、たどり着いた木陰から覗いてみた光景は、想像もしていなかったものだった。
いや、状況的にはあり得る話だったが、頭の理解が追いついていなかった。
美しい少女が思わずため息をついてしまうほどの美声で歌っていた。
その瑞々しい唇は歌を口ずさみ、表情は楽しげである。
周りをふわふわと浮かぶ妖精たちが、彼女の癖のない、艶やかなプラチナブロンドをゆらす。
白く豊かな胸元には不思議な光を放つ青いペンダントを下げている。
澄んだ青い瞳は輝き、その目線の先には――――
「誰?」
目が合った。
訝しげに寄せた眉の形も様になっている。
ってそうじゃねえ。
少女の周りにいた妖精たちは、楽しそうに笑うと一斉に飛んできて、アレンを木陰から引っ張り出してきた。
アレンは妖精たちのせいで少し乱れた服を整えると膝まずき、驚いたように目を見開く少女の手をとって軽く口づけをした。
「初めまして、ランディア王国の王女殿下」
そう言うと、惚れ惚れとするような笑みを浮かべ、騎士の礼をとった。
これが、アレンとシルヴィアの出会いであった。
***************
『なぜ!なぜ黒熊の突然変異を見逃したのですか!』
その小さな体を懸命に奮わせて出した声が響いた。
『私たち妖精は、この国に住む人々とこの森を守る事が義務では・・・!』
『あなたは勘違いしているようね』
冷ややかな声が、小さな妖精の訴えを遮った。
『私たちの本来の役割は、この森、そして《世界樹》を守ることだけ。この国の人々を助けているのは、かつて森を救ってくれた方との盟約ゆえ』
彼女は、瞳に怒りを滲ませ手元の杖を固く握りしめた。
『私の姉妹たちを殺し、先代の母なる《世界樹》を《滅びの炎》で燃やし尽くした黒竜の、子孫に優しくする義理などないわ』
小さな妖精――フィリアは僅かに怯えながらも、めいいっぱい羽を震わせた。
『し、しかし、それでしたら何の対策もしなかったのは・・・』
小さく萎む声に重ねるように、彼女――『妖精の女王』は言葉を発した。
『何もしなかったの訳ではないわ。《守護者》がこの森の暗殺者《影豹》を愚かな熊に差し向けたけれど、あれの牙では熊を噛み殺せず、返り討ちにあってしまったようね。でも、《世界樹》の進路やこの国の進路からも外れたから、興味を失ったのでしょう。勿論私もね』
ふと雰囲気を緩めて、フィリアを見つめた。
『かわいい私の娘、あなたがあの少女を愛しく思うのならば、私に構わず助けておやりなさい。でも、決して真実を語ってはいけません。あの少女には、まだ、受け止めきれないでしょうから』
『わかりました。ありがとうございます、女王様――母様』
フィリアは一礼すると、女王の元から飛び去った。
女王は、その柔らかに波打つブロンドをなびかせ、遠くを見つめた。
『リギンディアの息子がやって来たのね・・・。これから、どう転がっていくのかしら』
そう言うと、静かに森の木々の間へと姿を消した。
運命の環はすでに、廻りだしていた。




