一話 角狩りの名
2作目です。よろしくお願いします。
毎日21時更新予定です。
茶屋で団子を食っている。
昼の陽は高く、街道を行き交う人の影は短い。
土埃の匂いに、団子の香りが混ざっていた。
「兵庫の町は、この先で合ってますか。」
ソウが店の主人に声をかける。
「ああ。この道を一刻も歩けば、見えてくる。」
「ありがとうございます。」
礼を言って、また団子に口をつける。
やっとかよぉ、と肩で声がした。
「長かったぜ。」
ソウの肩に乗った小さなネズミが、口を動かしている。
「お前は歩いてないだろう。」
くく、と喉の奥で笑う。
「それより、俺にも団子くれよ。」
ソウはため息を一つ落とし、串を差し出した。
「ほら。」
「ありがとよ。」
ネズミは器用に団子をかじる。
ひと口で半分ほどを平らげると、満足そうに目を細めた。
「それにしてもよ、村にいりゃあ、腹一杯食えたんじゃねえのか。」
「……。」
ソウは答えない。
ただ、残った団子を一つ、口に運んだ。
しばらくして、腰を上げる。
代金を置き、茶屋を後にした。
街道をしばらく進むと、空気が変わる。
人の気配が増え、荷を引く音や呼び声が混ざり合う。
やがて視界が開け、海の匂いが鼻を打った。
兵庫の町だった。
船が並び、荷が積まれ、人が行き交う。
喧騒は絶えず、どこを見ても忙しない。
「おお……すげえな。」
肩の上で、ネズミが身を乗り出す。
「これが町か。」
「確かに、すごい。」
「こんなに人がいるんだな。」
感心したように言いながら、辺りを見回す。
その時だった。
悲鳴が上がった。
一つではない。
あちこちから、同時に。
ざわめきが波のように広がる。
人の流れが乱れ、押し合い、逃げ惑う。
「――なんだ。」
ソウが足を止める。
肩のネズミが、ぴたりと動きを止めた。
「……双角だな。」
低く、言う。
「この匂い……血だ。もうやられてる。」
人の波の向こう、何かが暴れている。
木箱が弾け、屋台がひっくり返る。
誰かが宙を舞い、地面に叩きつけられた。
見えた。
二本の角。
人の形をしているが、それだけだ。
肌は裂け、赤黒く、目は濁っている。
腕を振るうたびに、空気が裂けるような音がした。
双角の目の前に逃げ遅れた子供の姿。
「おい、あれ――。」
ネズミが言いかける。
ソウは、もう歩き出していた。
「え、ちょ、まっ――。」
人の流れを逆らうように、進む。
騒ぎの中心へ。
誰も近づけない場所へ。
双角が振り下ろす。
怯える子供。
瞬間。
地面が砕け、破片が飛び散る。
子供はその後ろでポカンとしている。
ソウは子供の頭を撫で、振り向く。
最小の動きで、距離を詰める。
双角が唸り声を上げ、腕を振るう。
受けず、逸らし、踏み込む。
一合。
重い一撃が空を裂く。
二合。
間合いが、消える。
双角の動きが一瞬、止まった。
何かを見たように。
何かを思い出したように。
――その首が、落ちていた。
遅れて、血が噴き上がる。
巨体が揺れ、崩れ落ちる。
音だけが、遅れて響いた。
静かになった。
さっきまでの喧騒が、嘘のように消えている。
誰も声を出さない。
ただ、見ている。
ソウは刀を拭う。
血を払い、鞘に納める。
何事もなかったように、振り返った。
肩のネズミが、小さく呟く。
「……変なやつだったな。」
ソウは答えない。
ただ、その場を離れる。
その背を見送りながら、誰かがぽつりと呟いた。
「……角を、狩った。」
別の誰かが、繰り返す。
「角狩だ!」
ざわめきが、また広がっていく。
その名だけが、熱を持ったように残った。
まだ誰も知らない名が、確かにそこに生まれていた。
こっちも連載中です。よろしければぜひご覧になってください。
何もしてないのに、幽霊だけ勝手に成仏していくおじさん ~スロプーおじさんは除霊なんてしたくない~
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