3-5.母の正体
どうか見間違いであってほしい。
そう願うベルベットをよそに、着々と状況は進展して行く。
思い詰めた様子の前大公に、国王マティアスは心配した。
「オーギュスト。無論、私にできることなら協力を惜しまないつもりだ。だがそんなに思い詰めて、その宝石、いや鍵の持ち主は君とどんな関係なのだろう」
「無論、こうして頼むからには余すことなく説明しよう。そしてヨセフィーナ、かように案じる必要はない。余の頼みは、決してサンラニアに害を与えるものでないと約束しよう」
ヨセフィーナはやはり王妃というべきか、一線から退いたとはいえども、他国の前公主の頼みを容易に引き受けることには難色を示した。彼女の懸念を感じとったオーギュストは誓いを立てるように胸の前に手を当てる。
「余の探し人は、既に政に関係のある人ではない。たとえ探し出してもらったとしても、サンラニアに影響を与える人ではないのだ。余がサンラニアに深い感謝を示すのみとなろう」
「……わたくし、まだなにも言っておりませんが、そこまでおっしゃるなら協力は吝かではないございませんわね」
「オーギュスト、ヨセフィーナの心配性は気にするな。どのみち彼女であれば、私と同じ気持ちなのは変わらない。子供達の手前、精一杯なだけだから」
「そうか、すまないマティアス。苦労をかける」
「ですからっ! なにもっ! 言っておりません!!」
勝手に気持ちを代弁する夫と、訳知り顔で納得する古い知人に机を叩くヨセフィーナ。
そんな母を「いつものことか」と流す王子達。
まったく微笑ましい光景に、ベルベットは耳だけは大きくした気持ちで、表情を取り繕いながら、一字一句逃すまいと耳を澄ませる。
エドヴァルドが軌道修正しようと父に声をかけた。
「父上、母上が可愛いくて仕方ないのはわかりましたから……」
「うん、うん。わかっている。久しぶりに自慢したかっただけだから、わかっておくれ」
「後でやってください」
サンラニア王室については変わらず安泰だろう。
恥ずかしそうに俯く王妃に満足した国王は、周囲を見渡し、息子に片目をつむって見せた。
「私の近衛達が秘密を漏らすことはないと信じているが……とはいえ、オーギュストの探し人については、きっと繊細な問題だ。ひとまず私たちだけで聞こうじゃないか」
国王の言を認めたエドヴァルドが父王の背後に目配せすると、意図を察した国王の近衛隊長が頷き、必要最低限の人間を除いての人払いが行われた。
ベルベットは問題が後伸ばしになっただけ……そうわかっていても助かった気分でいたのだが、そんな彼女を止めた者がいた。
ギディオンである。
オーギュスト達からは見えない位置で足止めを行い、ベルベットの代わりに副隊長達を下げた。
セノフォンテ達も何故か反対せず大人しく下がるので、仕方なくもベルベットは居残りである。盛大に舌打ちしたい気分を隠しながら、ギディオンと並び柱に隠れた。
オーギュスト前大公は言った。
「探して欲しいのはミシアという女性だ」
「ミシア……もしや」
「お前の想像通りだよ、マティアス。ミシア・ルイーズ・コルネイユ公爵令嬢。余は彼女をミシェルという愛称でお前に紹介したことがあった」
「そう、かもしれないな。すまない、顔の方はあまり覚えていなくて……」
「いや、当時は数が多かった。お前も色々大変だったし、記憶に留めておく方が難しいだろう」
二人にしかわからない会話が繰り広げられるが、そこはあまりベルベットには関係ない。
それよりベルベットとしては、もうこのまま頭を柱に打ち付け記憶を消したい気分だ。そんな彼女の気など知らないマティアス国王が声を潜める。
「その件については様々な噂を耳にしたが、私やヨセフィーナは君の誇り高さを知っている。くだらない不名誉だと信じていなかったのだが……まさか真実なのか?」
「ありのままを語るには長すぎるゆえ、いま真相をつまびらかにするのは許してほしい。だが、すべては余の過ちだ」
「では本当に、コルネイユ公爵家の方がサンラニアに? オーギュスト、もし私を揶揄っているのであれば、いますぐ作り話だと言ってくれ!」
ベルベットもいますぐ「嘘でした」と言ってほしいのだが、いくら待っても望む言葉が前大公から発せられない。
国王の絶望的な呼吸だけが室内に響く中で、オーギュストが言った。
「余は長らく国を出た彼女を探していた。記録を改ざんされたせいで出奔先を掴めなかったのだが、数年前、この鍵が骨董商から流れてきてな」
ごと、と音がしたのは、おそらくオーギュストは鍵を改めて見せたのだろう。
「余がミシェルに送ったものだとひと目でわかった。調べれば、品の出所はサンラニアだという」
「だから君は、我が国に……?」
「そちらはナシクが存在する故、国境は越えていなかろうと思ってな。息子に譲位する支度を整え、ようやく船に乗れたというわけだ」
話の裏側で、ギディオンが肘でベルベットをつつく。
彼女の顔が優れないことに気付いたようだが、このやたら勘が働く上官に対し、気を取り直すように肩をすくめた。
そうだ、もしかしたら鍵は偶然同じ物を所持していただけかもしれない。確かにベルベットの母ミシェルは化粧っ気がなくても美しく、娼婦なのに何故か学があり、気品に溢れていたが、ヘディア公国なんて大国の公爵令嬢なんて話は出来すぎだ。
ベルベットの記憶にある、母が元気な頃の姿。あまり日中に相手をしてもらえなくて、若干寂しくなった長女に気付き、両手を広げるミシェルは――。
「ミシェルは墨色の瞳をした女だ。特徴は……そうだな、ひときわ美しい容姿だから特に目立つはずだが、左目の下と鎖骨にほくろがひとつあった」
オーギュストの語る人物の特徴と一致している。
「うぐっ」と漏らして胃を押さえるベルベットは、いますぐ母譲りの瞳の色と自慢していた目を隠したくなった。
ギディオンは前大公の探し人の特徴をすべて耳にするなり彼女を連れ退室したのだが、妙な汗を流すベルベットを猜疑の目で見る。
「悪いものでも食ったか」
「実はそこらに生えてたベリーを……」
「阿呆」
「すみません」
たとえ地面に落ちた黒スグリでも壊れる腹ではないが、嘘も方便である。
部下へ薬を飲んでおくよう伝えたギディオンは、すぐに本題へ切り替えた。
「例の女性の特徴は覚えたか」
「……そりゃ聞いてたから覚えてますけど、なんで私を?」
「俺はオーギュスト前大公閣下が語られたような女性を知らないからな。それに一度なりとも顔を合わせたはずの陛下がご存じなかったとあれば、市井に潜んでいた可能性が高かろう」
「だから私をあの場に残されたと」
「その通りだ。陛下の旧友のお頼みとあらば叶えて差し上げたいが、セノとコルラードはいま手が離せん」
ベルベットにミシェルを探せとのことらしい。とっくに居場所どころか墓の在処まで知っているのだが、それを言ってはお終いだ。
果たしてこれは運が向いているのか……悩みを隠すように、ベルベットは質問を続ける。
「他の近衛はどうなのです。陛下のカイ隊と、妃殿下のアレーン隊は」
「お二人の警護は絶対に減らせんし、アレーン達も子飼いは送っても本隊の人間を割くことは了承すまい。できれば殿下の護衛も割きたくないが、人選を考えると俺たちが適任だ」
ギディオンは己の考えを伝えた上で、まるで教え子に教授する教師のよう言った。
「公国との付き合いを考えれば、次期国王であらせられる殿下の手柄にした方が今後のためになる」
「恩を売るってことですか。でも、前大公閣下は玉座から退かれたのでは?」
「長らくヘディアを治めた影響力はいまだ大きい。それに、オーギュスト前大公と現大公と仲が悪いという噂はついぞ聞いたことがない」
「……本人達はただの旧友なのに、政が絡みますねえ」
近衛隊の執務室に戻ると、ギディオンは副官達を使いたくない理由を語った。
ドア周りに人がいないことを確認した上で、ベルベットを近くに寄せたのである。
「最近、ナシク教の弾圧に熱心だった貴族が連続で不審死を遂げている」
この発言には、さすがのベルベットも気を取り直した。
眼光は鋭く細まり、静かに耳を傾ける。
「殿下もナシクの排除には熱心だが、彼らは思想が過激すぎる。過激派の手を取っては無辜の民に被害が及ぶため殿下とは折が合わず、つかず離れずの距離を取っていたんだが……」
「……知ってるのはどのくらいです?」
「偽装が巧妙でな、まだ近衛周りだけに留めている。外にも協力は仰いでいるが信頼の置ける隊長格だけだ」
貴族内の事件となれば、セノフォンテ達の出番であるのは間違いない。
ナシク弾圧過激派はすっかり萎縮し閉じこもっているのと、死を公表していない貴族もいるとのことで、明らかにはなっていないらしい。
以前学園で起こった自爆事件は、ただでさえ十二年前の惨劇を人々に思い起こさせた。さらに時間をおかずに殺害事件となれば、凶悪犯が野放し……つまるところ、ナシク教徒が自分の隣にいるかもしれないと公表をしては混乱を生む。そのため事件を明らかにするタイミングを計ることにしたそうだ。
ベルベットは混乱する思考を誤魔化すように頭を掻く。表向きわかったような顔をめいっぱい作って命令を受諾した。
「前大公閣下の滞在期間はわかりますか?」
「長くて半月だと聞いている。探せるか」
「いるかいないかもわからない昔の人を探すとなれば時間がかかります。集中したいので、しばらくお休みさせてもらいますけど、構いませんよね?」
「構わんが、例の鍵や詳細な話をヘディア公国の側近に……」
「あ、お腹痛いんでそれは聞き取ったヤツをうちに送ってください」
頭のそろばんは、いかほどの情報を動かせば母ミシェルを隠し通せるかをはじき始めていた。
次→形見とか名乗りたくない理由とか書きたいところまで書けなかったので明日




