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2-45.表舞台で姉妹は脚光を浴び

 フィリオンという宮廷魔道士は野心家との噂だが、まるでそうは見えない物腰の柔らかさだ。ベルベットが世間を知らない若者だったら騙されていたかもしれない。

 ギディオンは宮廷魔道士へ、礼儀正しく、或いは腫れ物でも扱うかのように接する。


「陛下のお心を有難く楽しませていただいているが、フィリオン殿にも感謝をせねばなるまいな」

「はは、私に礼を言うのは違うんじゃないか」

「この度の開催においては、フィリオン殿の援助もあったと聞き及んでいる。このような大きな催しは、貴殿の助け無しには陛下も大変だっただろう」

「私はただ口添えしただけさ。お決めになったのは陛下で、手配したのは優秀な宰相がいてこそだ」


 宮廷魔道士は鷹揚に頷き、給仕に合図を送る。盆にはグラスが人数分用意されており、これを受け取らないのは非礼に当たる。

 全員がグラスを受け取り一杯交わすと、フィリオンは喉を鳴らす。

 

「御前試合は私も楽しませてもらったからね。それにほら、前線で身体を張って戦ってくれるお前様のような者がいてくれるからこそ、私達の安全が守られているんだから……ランディの跡継ぎも、立派に鍛えられているようだ」


 ランディ子爵家の跡継ぎであるコルラードが背筋を伸ばす。

 

「ありがとうございます。フィリオン様には、父も会いたがっておりました。機会がありましたら、是非時間を設けていただけると幸いです」

「お前様のような立派な跡継ぎを得て、彼は果報者だ。私の時間はいつでも開かれている、と伝えておくれ」

「はっ」


 将来有望な若者に優しく笑うと、魔道士はグロリアに会釈する。


「デイヴィスのご息女を前に失礼をしてしまっただろうか。身内向けのちっぽけな催しだから、高貴な人はそんなに顔を出さないと思ってたんだけどね」

「とんでもない。フィリオン様もおっしゃいましたが、今日はサンラニアを守る勇敢な戦士達を労うためのパーティです。わたくしも姉の添え物のようなものなのですから、デイヴィスを気にするのはおやめください」

「貴女の無視しがたい存在感はともかく、その美しさは歩くだけで皆を癒やしてくれるね。お会いできて光栄だよ」

「ありがとうございます」

「しかし、それにしても姉、か」


 グロリアの一言でフィリオンの注意がベルベットに向いてしまったが、慌てず騒がず彼女は頭を下げる。


「ハーナットと申します。名高き魔道士を前に礼儀を欠いておりますが、何卒ご容赦いただければと存じます」

「ギディオンのところに入った麗しい人のことは耳に入っていたけど、デイヴィス家のご令嬢の姉君とは思わなかったよ。まさか平民とも思わなかったけど……」

「グロリア様には過分な恩をいただいております」

「こうして並び歩くというのなら、侯爵に認められてるということだろう。もっと胸を張るといいさ」


 グロリアやギディオン達は内心で眉を顰めていそうだが、平民である以上、ベルベットのへりくだった物言いは緩衝材として時に必要だ。そして、彼女は自分を格下に見せることをまったく厭わない質である。

 控えめなベルベットに宮廷魔道士は気を良くし、茶目っ気たっぷりにグラスを掲げる。


「お前様はアレーンが高く評価していたから気になるところだけど、こんなところで水を差すのは止めておこうか」


 面倒くさい話を聞いてしまった気がしたが、深掘りして良いことはあるまい。

 去り際にフィリオンは一度振り返った。


「宮廷では困りごとが多いだろうし、困ったことがあったら相談においで」

「ありがとうございます」

「それと、エルギスにも顔を出すよう伝えておいておくれ」


 宮廷魔道士がいなくなると、半眼のグロリアがベルベットの腕を引っ張る。


「あの方の言うことは真に受けちゃだめですからね」

「行かないって。あの方、派閥を強めるのが趣味なんでしょ? ですよね、隊長」

「……行くくらいなら、事前に俺に相談しろ」


 やはり問題人物のようだ。早速複雑な心地だが、そんな気分を払拭してくれたのはグロリアだ。


「約束通り一緒に踊ってちょうだい」

「ほんとにやるの?」

「教える代わりに、って言ったでしょ」


 パーティに出るとなれば念のため……ということでダンスを教えるグロリアに、やたら力が入っていたのはこのためだったらしい。

 半分騙された気持ちだが、約束は約束。

 上官に会釈をしたベルベットは、妹の手を持ち上げ、ホールの中央に向かって進む。


「あとでコルラード殿とも踊ってあげなよ」

「なんで?」

「ダンスが苦手そうだから、グロリアが手ほどきしてあげれば上達するかなって」

「んー……姉さんがそういうならいいわ。あとでお誘いしてみる」


 ――恩は売りましたからね、コルラード殿。

 恩の押し売りを済ませると、ベルベットはそつない動きでダンスの輪に加わる。グロリアの腰に手を当てて、彼女を支えながらリードするのだ。

 ぴったりとくっつき合った体勢で、グロリアの瞳がいたずらっぽく笑う。


「上手、上手」

「転ぶときは諸共ね」

「いいわよ、姉さんと一緒ならね」


  初心者相手に恐れを抱かず身を預けるグロリアも相当だが、熟練者の如きバランスと足さばきで周りに溶け込めるのは、卓越した運動神経の賜物だ。背中に汗をかきながら、ベルベットは表向きだけでも涼やかな麗人の仮面を被る。

 自分たちに釘付けになっている衆人観衆に、ベルベットは「ざまあみろ」と舌を出す。

 侮辱するのは、妹を冷徹な乙女なんて勝手に評した連中だ。

 本当のグロリアはこれほど純情な努力家で、とても可愛らしい乙女なのだと、これで彼らは知るはずだ。ダンスという形で声高に主張していると、観衆の中に知った顔を見つけた。


「グロリア、シモン様がいる」

「あ、そうね。出るって言ってた気がする」

「隣にいる女の子は……もしかして貴女の妹?」

「ほとんど表に出てこない子なんだけど、珍しいわね」


 デイヴィス家におけるグロリアの異母妹だ。社交界に出るには早そうな年齢だが、昼の催しだし特例だろうか。

 ベルベットが初めて見かける少女は、昔顔を合わせた侯爵に面影が似通っている。

 侯爵家兄妹の姿はすぐに群衆に紛れてしまい、ベルベットも段々と早くなる音楽に余裕がなくなった。

 踊り終わった後、度々声をかけてもらえたのは隣に居るデイヴィス家の令嬢のおかげだ。

 公衆の場でエドヴァルド、そしてスティーグに声をかけてもらえたのも同じ理由だが、ベルベットは出しゃばりすぎないよう気をつけた。なにせパーティ開催の理由を考えれば、彼女は本戦にすら出られなかったのだ。観衆が沸き立たせた試合を行ったギディオンを差し置くような真似はせず、労いには控えめな言葉だけで完結させる。

 ただ、労いのさじ加減を苦手とするのがスティーグである。


「あー……よくやった」


 投げやりと照れくささが同居した言葉にはスティーグの教育係、セバスティアンがぎりっと奥歯を噛んだが、氏はスティーグが踵を返してから、ベルベットの両手を握っている。


「話はすべてエドヴァルド殿下から聞いております。まだ信じがたい部分がいくつもございますが、それよりもスティーグ様はすっかり見違えられました。すべて貴女様のおかげです」

「いえ、殿下本人の努力があってこそでしょう」

「以前であれば、このような公の場にすら出るのを嫌がっておられたのです」


 いかつい中年男性は、見た目に反しつぶらな瞳を見せながら謝辞を述べた。

 

「自分を見直す機会をくださったのは他でもない貴女様であると、スティーグ様も申しております。もし何かございましたら、どうぞ遠慮なく申しつけ下さいませ。このセバスティアン、我が王子が授かったご恩をお返しさせていただきますぞ」


 短い挨拶の中に、目一杯の感謝を込めて教育係との邂逅を終えた。

 意外と再会に溢れるパーティには気が休まる暇がないのだが、大トリは時間をおいてやってくる。

 貴族に道を譲られながらやってきたその人物は、それこそグロリア以上に注目を集める人だろう。

 その女性がまっすぐに自分に向かって歩いてきている、と知ったとき、ベルベットの顔は凍り付いた。

 澄まし顔の近衛隊長を連れている女性は、この国で唯一国王と肩を並べることができる女性だ。即ちサンラニア王国王妃が姉妹に向かい合っている。

 ベルベットは胃がしくしくと痛み出したのを感じた。

 なぜなら知らなかったとはいえ、彼女は王妃の前で息子をデートに誘ってしまった。おまけにスティーグと実家から追放された伯爵令嬢との仲を取り持ってしまったというオマケ付きだ。

 これまでの話から、王妃が息子達に対して愛情深い人だというのは伝わっている。

 たった一言だとしても、王妃から嫌味が飛んできたら、ベルベットはお終いだ。

 いますぐ逃げ出したいせいか挨拶もかたいベルベットに、口元を扇子で隠した王妃は目を伏せる。


「…………よく働きました」


 その一言を告げ、王妃は踵を返した。

 やがて人々の注意も逸れ、呆然とするベルベットに、グロリアが肘で腹をつつく。


「よかったわね、姉さん」

「……へ?」

「外向きの言葉だからわかりづらかったけど、ありがとう、の意味よあれ」

「…………そうなの?」

「スティーグ殿下がまじめになったの、よっぽど嬉しかったのかしら」


 グロリアは首を捻る。


「妃殿下があの調子だと、もしかしたら陛下も来ちゃうかもね」


 こんな調子だから、ベルベットの心臓は持たない。

 そうそうにパーティを切り上げると、シモンに用事があるというグロリアと別れ、本来の仕事に戻ったのである。

 帰りが遅くなったベルベットは、疲労困憊で自宅のドアを開く。

 

「……ただいま」

「おかえり」


 彼女を出迎えたのは弟妹や、新しく住み込みになった元貴族の少女ではない。

 宮廷魔道士エルギスが、当たり前のようにベルベットを出迎えた。



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