↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
73/113

2-46.好きだと伝えておくことに意味がある

 疲労の濃いベルベットは、足もまともに上がっていない。引き摺るように歩く彼女は一直線にテーブルに向かい、上体から突っ伏すと全身の力を抜く。


「飲むか?」

「飲む」


 彼女の目の前に置かれたのは茶だ。緩慢な動きでカップを手に取ると、鼻腔をくすぐるアルコールの香りに目を丸める。


「これ」

「蒸留酒。少し加えると美味い」

「貴方の?」

「持ってきた」


 喉が渇いているが、一気飲みするには熱すぎる。息を吹きかけながら冷まそうとするベルベットの向かいにエルギスが座った。

 一口啜るとまだ熱かったのか、ぎゅっと目を瞑るベルベットにエルギスが教える。


「スティーグのやつはちゃんと出席してたか」

「嫌々そうだったけど、挨拶には来てくれた。あの調子なら、やることはわかってるんじゃないかな」


 スティーグのことが気になっていたのだろう。真っ先に確認してきたエルギスに、上階を気にかけながらベルベットも尋ねる。


「待ってるくらいなら貴方も出ればよかったのに。宮廷魔道士だったら出ても喜ばれるんでしょ」

「騒がしいところは嫌いだ。あと、喜ばれるかは人による」

「フィリオン殿はどうなの?」


 同僚の名に、エルギスは不愉快そうに目を細める。あまり仲はよろしくないらしいが、構わず伝言を伝えると、返ってきたのはしかめっ面だった。


「あいつは手下にできそうな人間を見繕いに来てるだけだから、そのあたりがわかってるギディオンは、あいつが好きじゃないはずだ」

「お祝いの場なのにねぇ……」

「王城の連中にとっては人脈作りの場だよ……あとな、ギルバード達はもう寝てる。あんたを待ってたみたいだが、限界が来てたから寝かせた」

「ありがと。リノは?」

「寝てるんじゃないか。起きてたとしても、本を貸したから夢中になってるかもな」


 ベルベットの疑問は所作で伝わっていたらしい。早寝早起きが信条のハーナット家において、夜もとっぷり更けた時間帯に子供達が寝ているのは納得だが、その内容だけでは足りない。彼女は他に気にかける人物がいた。


「……ルーナ嬢は?」


 ベルベットは無事ティモシー司祭を説得し、彼女を連れ帰った。ハーナット家に馴染めるかを気にかけていたのだが、こちらは心配ないとエルギスは肩をすくめる。


「問題なく馴染んでる。ま、節制を強いられる教会に比べたらどこでもそうさ」

「そっちと比べられるのはともかく、使用人扱いに怒ってたりとか」

「それもない。せっせとやることやって、空いた時間はグロリア嬢からもらった教科書でお勉強だ。僕から見ても、裏表なく充実してるって感じだな」

「あ、そう……ならよかった」

「心配するくらいなら家事なんざやらせなきゃいいだろ」


 わかっていながら問う魔道士に、ベルベットは唇を尖らせる。


「あれだけスティーグをこき使っておいて、彼女だけ特別扱いはできない。大体、司祭さまとの約束は貴方だって知ってるでしょうが」


 教会から少女を預かるにあたっては、ティモシー司祭もただで了承したわけではない。彼女が間違った道を歩まぬよう監督することをはじめとして、規則正しい生活に、出来る範囲で社会常識を教えることを約束した。

 ルーナ自身は婚約破棄宣言のくだりで、到底ありえない話を信じてくれた人がいたことに感激したらしい。教会での生活がより厳しかったせいもあるかもしれないが、ハーナット家での立場に異を唱えることはなく、伯爵令嬢が嬉々として家事をしている有様である。

 ベルベットはスティーグから預かった手紙を取り出し、それを見たエルギスが背もたれに身を預けた。


「ルーナ嬢の家はどんな感じになってる」

「もう聞いてるんじゃないの」

「当事者から聞くのが一番手っ取り早い」


 ベルベットは諦めて手紙をテーブルの中央に投げ置く。


「急な話すぎて半信半疑状態。信じたい……って感じだったけど、マルゴワール家が関わってるってこともあって、家に戻すのは難しいって」

「ルーナ嬢にはなんて話す?」

「なんてもなにも、事実を伝えるしかない。スティーグが手紙に書いてくれたろうし、わたしができることはフォローしてあげるくらいでしょ」

「面倒見がいいな」

「無実を主張した以上は責任くらい果たすし」


 王家への責任を果たすと自ら籠もることで、なかなか門を開いてくれなかったルーナの実家。グロリアを通じて呼びかけを行った結果、ようやく説明できたのが昨日だ。

 代替わりした当主、ルーナの両親、祖父母。スティーグが説明を終えたとき、彼らはルーナを教会から勝手に連れて行ったことよりも、無実である可能性を喜んでいた……ようにベルベットの目には映っている。それでも素直に「帰ってこい」と言えないのがケジメをつけた貴族の難しいところだ。

 それに、とベルベットはようやく飲みやすくなった茶を煽る。


「マルゴワール家は知らぬ存ぜぬを通してる。肝心のフェリシー嬢は別荘に旅行に行ってるって言うばかりで接触不可。隊長は殿下の名前を使っても解明には時間がかかるって見立てだから、すぐには解決しなさそう」

「証拠をひとつひとつ潰して行くしかないだろうな」


 王家がおおっぴらに怒りを示したわけではないが、ルーナと伯爵家が罪を認めている以上、彼女を許すには時間と証拠が必要だ。

 この問題はもう少し長引くらしいが、ルーナの滞在はそう悪いものではない。

 元々家が広くなったことで、本格的に使用人を雇うか検討していたのだ。スティーグが抜けた後が悩みの種だったが、ルーナが意外にも家事に積極的だから、しばらくは現状維持でよさそうである。

 ただ、肉体労働の面においては、スティーグの存在を惜しんでしまう。

 なぜならもう一人の男手としてのエルギスは、釘打ちすら下手くそだ。次にスティーグが来たら、柵の修理を手伝ってもらおうと計画しつつ、誰も降りてこないことを確認して頬杖をつく。

 今日までは事後処理で慌ただしかったため、パーティ諸々を終え、ようやく一段落ついた形だ。

 彼女は据え置きにしていた残りの問題を片すべく、起伏の乏しい澄まし顔へ話しかけた。


「エルギス、さぁ。うちを別荘にするとかなんとか言いながら、長期滞在してるわけだけど、家に戻る気はないわけ」

「戻ってもつまらない宿舎だし、あんまりな。それに前も言ったろ、ここに居た方が、僕には都合がいい。あんただって――」

「一応確認しておくべきかなって思うから訊くけど」


 エルギスの言葉は遮った。

 この手の話題において、ベルベットは婉曲な表現を好まない。なにせ面倒なので、もっとも分かりやすい言葉を口にした。


「貴方、わたしのことが好きなの?」


 間があった。

 エルギスが固まっていたのは十三秒だ。しっかり秒数を数えていたベルベットは、青年が再起動するのをそのままの体勢で待った。


「……僕も確認したいんだが、それは友人だとか、とぼけた意味で聞いてるわけじゃないよな?」

「わたしがそこまで鈍く見える?」

「実のところ、そう見えないから困ってたんだ」


 二人の間に流れるのは男女に流れる甘ったるい空気ではなく、事実を淡々と確認するような事務的なものだ。もしこの場にスティーグがいたら、理解できずに頭を抱えていただろう。

 エルギスは退路を断ったのか、両手を組み合わせながらベルベットを見つめる。


「いい歳した男が、もっともらしい言葉を並べて近づく理由を作ってる……ってあたりで察してくれて構わない。僕がここに居るのは、あんたが思ってる通りの理由だ」

「ってぇと?」

「あんたがたまらなく好きだってことさ。もちろん、ただの友人よりもずっと親しくなりたいって意味でね」


 友情ではなく異性に向けられる感情だとはっきりした。エルギスの告白は存外はっきりとしており、この潔さにベルベットは文字通り頭を抱えたい気分になる。

 リノは学園という大きな問題を抱えているし、双子とラウラは、これから本格的な反抗期を迎えるはずだ。反抗期だけならまだ立ち向かう覚悟をしているが、自分の色恋で弟妹達の心が乱れるまでは、きっと面倒見切れない。

 苦労しそうな要素はなるべく排斥するしか今は対処しようがないし、そもそもやっと安定した職についたばかりだ。グロリアに気を配りたいのもあるから、恋人など作っていられない。

 なにより、エルギスの想いに応えられない理由は別にある。

 告白に悪い気はしなかったが、中途半端な返事で仲を拗らせるのは本意ではない。これらを説明し終えると返事をしようとするが、途端にエルギスは身を乗り出し、彼女の口の前に指を立てた。


「待て」

「エルギス?」

「ひとつだけ確認したい。ベルベット、あんたは僕が嫌いか?」

「嫌いだったらそもそもうちに泊まること自体を断ってるでしょうが」

「なら、どうしていきなりこんな話を?」

「それは……貴方とは対等でいたいし、好意を利用するみたいなのは気分が悪いから」

「ならいいんだ」


 よくない、とベルベットは言いたいが、話し合いを続ける前にエルギスは立ち上がり、退室しようとする。

  

「エルギス。わたしの話はまだ終わってない」

「いまのは僕の一方通行だ。つまり、ベルベットの都合は何も考えてない言葉だ。弟や妹を育て上げたい

って気持ちには何も添っていないし、言葉をぶつけただけに過ぎない」

「いやいや、そうじゃなくてさ……」

「その先を聞くつもりはない。少なくとも、僕がどれだけ本気かを伝えきれてないうちは、結論は出させない」


 エルギスは、とにかくベルベットには喋らせようとしなかった。そして部屋を出て行く間際、宣言するかの如く彼女を指差す。


「必ず振り向かせてみせるから、いまに見とけ」


 ドアが閉じられ、部屋にはベルベットが一人残される。

 お断りの失敗に、両手を組んで足を組むと、首を曲げて天井を見た。


「そう来たかー」


 関係を明らかにさせておこうとしたのは早計だったかもしれない。

 魔道士の本気を甘く見ていたベルベットの、珍しく決断できなかった出来事だった。


二章ひとまず完結です。

ベルベットに纏わる話になる三章をお待ちください。


感想などもありがとうございました。元気でます。

ブックマークに下の評価や、そして1月22日発売の書籍をどうぞよろしくお願いします。

家族の団らんやグロリアにエルギスの登場、他のシーンも結構加筆しました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
エルギストとベルベットのやり取りが大好きなので、今回のお話大歓喜です。キャラクターたちとの会話も小気味よく、丁寧な流れがとても好きです。書籍とても楽しみにしています。
推したくなる誠実さに一途さなので一票!
エルギス推しなので小躍りしました。(笑) あ〜、ムズムズする! でもそこがいい!!(笑)
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。