2-43.攻防のはじまり
普通ならば即座に否定するところだが、グロリア相手に嘘は言いたくない。
ベルベットは視線を泳がせながら頬を掻いた。
「計算だったとまではいわないけど……」
「けど?」
「せっかくスティーグを預かってるし、くらいは思ってたよ」
「……じゃあ殿下への親切心も嘘?」
「わたしがそこまで利己的な人間に見える?」
これまでの行動、すべてがスティーグの心意気を買ったものだった……というには、ベルベットは小賢しすぎる。しかし、だからといってスティーグに協力したいと想った気持ちも嘘ではない。
「半々だよ。頑張るスティーグの力になってあげたかったのもあったし、同時に、この状況が彼に有利に働いてくれたら、将来的にリノのためにもなってくれるとも思った」
「……だから、協力を決めた?」
「上手くいったでしょ?」
「……じゃあ、上手く行く見込みがなかったら?」
「そういう野暮なことはいわなーい」
つまりはそういうことだ。
初めは純粋な気持ちもあったが、最終的にベルベットは、スティーグに協力して成功に導いた方が利があると判断したから友人達に協力を仰ぎ、事に全力で当たることにした。すでにスティーグとリノは良い友人関係を築けているから、王子の覚えが良ければ将来は明るいと踏んだのだ。
最後の諸々は賭けに等しい部分があったとはいえ、結果としてスティーグにとって良い方向に転んだのだから、首尾は上々といえる。
ベルベットは乾いた笑いを零した。
「アレーンの出現と盗み聞きはちょっと予想外だったけど、それ以外はわりと計画通りに進んでくれたかな。もちろんスティーグの将来は彼次第って部分もあるし、ちょっと企んでみたってだけなんだけど」
「ふぅん。じゃあ、企みの感想は?」
「二度とやりたくない」
雲の上の人達と直接やり合う労力は比にならないほどに疲れるもので、それっぽい真似事をしただけでも、やはり自分に策謀めいた真似は合わないと実感した。
「姉さんらしいと言えばらしいわ」
「はは。でも、これだけは言わせてよ」
「なにを?」
「最終的にわたしを動かしたのは、スティーグの熱意だってこと。協力してもいいかなって思うだけの人じゃなきゃ、わたしはここまで頑張らなかった。あなたの元婚約者は、けっこう悪くない子だったよ」
「……そうね。やれば出来る人だったわ」
そのときグロリアが浮かべた笑みは温かいものだったから、これからはスティーグも彼女の良き相談相手となってくれるだろうと期待したい。
ベンチを見つけると、二人は揃って椅子に腰を落とす。
しばらく姉妹で長閑な空気を満喫したが、穏やかな空気は長続きしない。
向こう側からゆっくりとやってくる黒づくめに、グロリアは顔を顰めた。
「何の用ですか、エルギス様」
「何の用とは随分だな、グロリア嬢」
少女の警戒心を鼻で笑うと、ベルベットを挟むようにして隣に腰を下ろす。姉の隣を占拠する不法者にグロリアは抗議を上げた。
「人の許可なく姉の隣に座らないでもらえます!」
「あんたの許可は必要ないだろ。というか、今回は僕も相当頑張ったんだから、それに労う気持ちくらいは欲しいね」
ベルベットはエドヴァルドを説得するにあたり、無理難題に応えてくれた友人に華やかな笑顔を向ける。
「助かった、ありがと」
「次は高く付くからな」
「ってことは今回は無料」
「自分から売りつけに行ったからな」
きっと義手のことも気にしているのだろうが、口にしないのはベルベットが気にしないでほしいと頼んでいたからだろう。
軽口を終えたエルギスは背伸びしながら足を組み、悠々とした姿勢でベルベットを見た。
「ベルベット、僕の部屋は残しとけよ」
「えっ」
「なんですって」
ベルベットとグロリアの声が重なる。
それは二人にとって意外な言葉で、これらの反応に「やはり」と言いたげなエルギスは目元を細める。
「もしかしてと思ったが、その反応、やっぱり僕まで追い出すつもりだったな」
「追い出すも何も、エルギスはスティーグのお守りとしてついてきたわけだし……」
スティーグを城に帰す以上、エルギスがハーナット家に滞在する理由はない。グロリアも同じ事を考えていたらしく、歯を剥き出しにして怒る始末だ。
「反対、反対です! あそこは私と私の家族の家ですよ。なんでエルギス様の部屋を残しておかなくちゃならないんですか!」
「そりゃ、便利だからな?」
「便利ぃ!?」
「ちょうど口煩い連中から離れた場所にアジトが欲しかったんだ」
などと、グロリアにすればとんでもない事を言いだす。
「ハーナットなら薬草の類も豊富だし、ついでに言えばやっと過ごしやすい感じに部屋を改装したんだ。また引っ越しなんて面倒だし、たまにでいいから部屋を貸してくれ」
「えー……」
「反対! はんたーい!」
微妙な表情のベルベットと、全力で反対するグロリア。
迷惑そうな姉妹を前にしているが、エルギスは譲らない。ハーナット家の家主に早速自分を売り込んだ。
「僕は便利だぞ。作った薬の分け前は家賃分として渡すし、僕のアトリエって体を獲得すれば、デイヴィス家ってことを抜きにしても手出しする人間が減る。ルーナ嬢の安全も確保されるよな」
「……なるほど?」
「姉さん!?」
「あと、僕の治癒魔法の腕は知っての通りだ。少しは医療の知識もあるから医者の真似事くらいはできるし、人や動物問わず簡単な怪我くらいなら治してやれる」
よくよく考えれば、エルギスが滞在を決めてからというもの、明らかに双子の怪我がなくなった。他にもお得しかない魔道士の移住に、ベルベットの思考が傾く。
「だめ、だめです姉さん! あそこは私達の我が家なんだから、他人がいたらのんびり過ごせないでしょ!」
「あー……それは、たしかに」
他人を入れたくないというグロリアの気持ちは痛いほどわかる。グロリアの必死の声に再び天秤が傾けば、再びエルギスが反対に重石を乗せる。
「僕がいたところで気を遣うような感じはなかっただろ。こっちが逆に注意してた気がするぞ」
「や、気を遣ってなかったわけじゃないけど、段々めんどくなったというか」
なぜこの返答でエルギスは満足げなのか、ベルベットにはさっぱりわからない。
「あんたの弟妹達もいまさら気にするような性格じゃないよな。それにルーナ嬢がスティーグに代わって新しく入るんだから、他人がいたら、なんてグロリア嬢の言葉は矛盾してる」
「いやー! やめてエルギス様! 嫌い、あなたほんとに嫌い!」
グロリアはエルギスを追い出そうと掴みかかるが、乙女の力で大人の男性を追い返せるはずもない。首を揺さぶられるエルギスがニヤリと笑った。
「あともっと単純に良い話をしてやろうか」
「やめなさいエルギスさ……エルギス! それ以上私の平穏を乱さないで! 怒るわよ本当に!!」
「僕ならリノの勉強と魔法を最後まで見てやれるぞ」
ベルベットはたっぷり時間を置くと、そっとエルギスからグロリアを引き剥がし、膝を向き合わせる。差し出した右手は講和を求めてもので、真顔で告げた。
「引き続き、どうぞ弟達をよろしく」
「ああ、このままよろしくな」
両者により力強い握手が交わされ、グロリアの悲鳴が木霊する。
彼女の悲鳴を聞きつけたコルラードが駆けつけたのは、約十秒後の話だった。
エルギスが満足してた理由は1/22発売の1巻書き下ろしで解像度が上がるようになっています。
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