2-42.めでたしに向けてできることを
彼らの言いたいことはわかる。
ベルベットとしてもルーナの安全を考えるなら教会に置いていた方が良いのだが、預かりたいと言った理由は別にある。
アレーンだ。
「まず殿下達を信頼していないわけではありません、と言わせてください。ただ、今日のことは誰にも教えていなかったにも限らず、アレーン様が現れ、彼女の居場所を知られてしまいました」
「……君が案じているのは、彼女が再び実家によって移動させられることか?」
「その通りです。私の家なら一応、グロリアがいますからデイヴィス家の管轄ということにできるでしょう。伯爵家ならそうそう手を出せないはずです」
まだ社交界におけるルーナの誤解は解けていない。
人の口に戸は立てられないというし、彼女の正体が知れ渡ってしまえば、どんな誹謗中傷が飛び交うかわかったものではない。
母ミシェルを傍で見ていたからこそ、人の悪意を知っている身として保護を申し出たのだ。
彼女の提案にはスティーグも乗り気のようで、そうしてくれ、と言わんばかりに頷くが、すべてが彼の思い通りに行くわけではない。
ベルベットはスティーグに言った。
「で、貴方は城に帰んなさい」
「は?」
「難しい話じゃないでしょ。ルーナちゃんは家で預かる、代わりに貴方はお家に帰るってだけの話」
ベルベットとしては極めて当たり前の話をしているつもりなのだが、スティーグには通じない。
「待てよ、なんでそういう話になるんだ」
「そう言うもなにも、家出したのって、元々彼女を探すためだったじゃない」
「それはそうだけど、せっかく会えたのに……」
「エドヴァルド殿下も、いい加減スティーグに帰ってきてもらわないと困るでしょう?」
「……ああ、そうだね」
再会したばかりの若い男女を一つ屋根の下に住まわせるほど馬鹿ではない。スティーグが城を抜け出したように、十代の熱意とは時に大人の予想を遙かに上回る。一人だけなら監督も可能だが、二人揃うとなれば自信はないので、この場合はスティーグを家に帰すのが得策だ。
あえて口にしなかった意図を大人達は気付いたはずだ。
納得できていないスティーグに、もう一押しと声調を強めに作った。
「貴方、わたしに覚悟を語ったじゃない」
「でも、せめてもう少し……一日くらい時間をくれたっていいだろ! 何も今からなんて……」
「大好きなお兄ちゃん含め、皆にルーナのことを認めてもらいたいんじゃないの?」
「ばっ……!」
突然の暴露にスティーグは顔を真っ赤にしたが、ルーナの手前か、感情に身を委ねず堪えた。裏ではエドヴァルドが口元を隠しやけそうな自分を押さえているが、ここでグロリアがわざとらしく息を吐く。
「殿下ったら、姉さんがこんなに丁寧に説明してくれているのに、まだ理解できないのね。そんなだからみんなに短絡的って言われちゃうのよ」
「なんだと?」
「ルーナのために、なによりあなた自身のために、いまここから頑張らなければいけないって姉さんは言ってるんです」
虚を突かれたようなスティーグに、グロリアは首を横に振る。
「だってそうでしょ。彼女の疑いはまだ晴れてない。味方になってあげられるのはあなただけなのに、状況をなにも把握しないで、うちで安穏とお過ごしになるつもりなの?」
言われ、やっと事態を理解したようだ。
スティーグは自らがやるべきことを指摘されたからか、はっと我に返り……悔しそうに拳を作った。
「帰る前に、一目だけでもリノ達に挨拶させてくれ」
「もちろん。私の弟達も、いきなり会えないなんて寂しがります」
「ルーナも、後でちゃんと話すから、心配しなくていいからな」
「はい。殿下がそうおっしゃるなら、私は信じます」
これでスティーグの決意は固まり、本人達の了解は得られた。ティモシー司祭もベルベットが説得できるはずである。
残る問題は第一王子なのだが、エドヴァルドの表情は苦々しい。スティーグとルーナの処遇を拒んでいるのではなく、別のことに苦悩しているようである。
「この場合において、私達は彼女の保護を断れる立場ではないな、ギディオン」
「左様ですが……そのご様子では、お話になるのですか」
「いずれわかることさ。これに関しては黙っていた私が悪い」
「殿下は反対していたのに、無理に押し切られたのではありませんか」
「……お二人とも、なんの話をしてるんです?」
なにやら不穏な会話にベルベットが首を傾げると、ギディオンがこめかみを揉み解す。
「アレーンだ。奴が姿を見せたのは、半分はこちらの責任にある」
「……どういうことです?」
「お前が殿下を外出に誘った日があったろう」
「誘った……というと、ああ、隊長に殿下との面会を許してもらった」
「そう、あれだ。実はあの場に陛下と王妃殿下も同席していらっしゃった」
ベルベットの脳は考えることを止めた。
呼吸すら忘れてしばらく、やっとのことで発したのは悲鳴だ。
「はぁ!?」
「……父上と母上が、どうしてもスティーグの様子を知りたいとおっしゃって聞かなくてね。決して出てこないという条件で、衝立の裏に隠れてもらっていた」
「あ、ああ、もしかして、あの不自然に置いてあった衝立!?」
顔から血の気が引いて行くのは、今更になって自分のやらかしに気付いてしまったためだ。
目的があったとはいえ、よりによってベルベットは両陛下の前で王子を誘惑したわけで、それならば王妃が息子を案じ、アレーンが様子を観に来た理由も納得できる。
今すぐ時間を巻き戻せるならあの日に戻りたい――どうしようもできないもどかしさに両手で頭を掻きむしる勢いだ。
「……っく、二人とも、恨みますからね……!」
「覚えておく……といいたいところだが、今回は痛み分けだよ。私も今回の件では君に相当惑わされた」
エドヴァルドは席を立ち、スティーグはルーナに一時の別れを告げるべく彼女の肩を抱く。
今度こそ、本当にこれで終いだろうか。
ベルベットは息を抜くべくその場を離れると、その横にグロリアが並ぶ。
「一時はどうなるかと思ったけど、なんとか丸く収まりそうでよかったわ」
「どうだろ。まだルーナ嬢の嫌疑は晴れてないし、お友達の問題だって解決してない」
「そこは殿下に頑張ってもらわなくっちゃ。だって姉さんがあれだけ頑張ってお膳立てしてくれたんだから、成功してくれないと私だって困るのだし」
「スティーグには無事にエドヴァルド殿下を味方に付けてもらいたいけど……」
「んー……いまの殿下なら大丈夫な気がするけどな」
気軽に希望を口にするグロリアの声には希望が溢れている。
「グロリア、なんか嬉しそう」
「そう?」
「スティーグが男気を見せたの、そんなに嬉しかった?」
なんとなくだが、この予測は間違っていないはずだ。その証拠に妹は満足げな笑みを見せる。
「あの人はお馬鹿さんだと思って諦めてたけど、やっぱり、知ってる人が救われるって気分がいいものみたい。私、いまとっても幸せな気分だわ」
その言葉には微かに寂しさが感じられる。ベルベットはグロリアの機微を感じ取り……ふと、思った。
「もしかして『シナリオ』だとスティーグはろくな目に遭わなかったりする?」
「…………あんまり良い結果では終わらないわね」
そのとき思ったのは、グロリアが選び取ってきた選択だ。昔ベルベットを助けてくれた血の鬱金香を初めとして、今回のスティーグといい、彼女はいったいどれだけ命の取捨選択を迫られてきたのだろう。
グロリアは優しい娘だから、涙一つ零さず淡々と命を捨てたなんてことはあり得ないはずだ。
……そういえば、血の鬱金香の後はやけに大泣きした時期があったと今更ながらに思い出す。
姉の心など知る由もない妹は、皆から充分距離を取った上で、上目遣いで姉に尋ねた。
「ところで姉さん……もしかして、こうなることは全部計算の上だった?」




