2-38.ルーナの謎Ⅰ
王子はベルベットを恨みをこもった眼差しで睨む。
「どうとは……アレのことを言いたいのか、君は」
「他に何がありますか」
ベルベットは彼との約束通り、着飾ってデートに乗り出した。
無論近衛を外すわけにも行かないので、彼の近衛……ギディオン隊の一部も随伴としてだ。
行き先としてベルベットが指定したのは、彼女にとって馴染みのある教会だ。うまく彼を誘導したところで、ちょうどスティーグとルーナの再会が始まった。
エドヴァルドは苦虫をかみつぶしたような顔を隠せない。
「どうもなにも、なんてことをしてくれたのだと……そればかりだよ」
「あら冷たい。殿下の弟君にとっては会いたくて仕方のない子だったんですよ」
微笑みながら、内心で舌を巻いた。ここでエドヴァルドがスティーグ達の想いにほだされてくれるなら話は早かったのだが、やはり上手くゆくものではないらしい。
恋人達はしばらく動かないと見切りをつけ、音もなく立ち上がると皆を誘導する。
二人の声が届かない場所に移動して、ようやくエドヴァルドが声量を戻した。
「まったく、ここにルーナだけならまだしも、スティーグを連れてくると知ってたら全力で止めたのに」
「なのでお二人が鉢合わせしないようにするのは大変でした」
これは協力者であるグロリアやエルギスのおかげだ。ベルベットはエドヴァルドを、スティーグは二人に任せて教会へ連れてきてもらった。
「盗み聞きをセッティングも大変だったんです。離れたところだと声は届かないし、彼女に上手い具合に畑に行ってもらうよう、司祭さまにお願いしないといけなかった。なにより殿下のいるタイミングで二人を鉢合わせなきゃいけないのが、冷や冷やものでしたね」
「とんだ茶番だよ」
この日の教会は、ベルベットの手配と司祭の協力で貸し切り状態だ。
温かな木漏れ日が差す教会の庭で、エドヴァルドや、後ろに続くギディオンに聞こえるように話す。
「茶番でも本人達には最高の舞台です」
「……君は、ルーナの居場所を知っていたのだね」
「結構前から見つけてました」
「なぜ、いままでスティーグに秘密に?」
「そりゃあ、スティーグも、ルーナ嬢も、どんな子か知りませんでしたから。グロリアに悪い手が届かない限りは触らないに限ります」
ルーナはそれこそスティーグを拾う前に見つけていた。知った当初の彼女はかなりやつれていたから初めは別人かと疑ったのだが、弟妹達から話を聞き、独自の調査を挟むにつれにつれ、やはり教会の新入りはルーナだと確信を得た。
彼女に対しては、グロリアが気にしていないから恨みはない。関心をもったのはすべてスティーグありきの結果だ。
エドヴァルドはがっかりしたように首を振る。
「黙ったままでいてくれたらよかったものを」
「そして殿下が保護してくださる流れでしたか?」
ベルベットは木の葉に蝶が留まっているのを見つけ、指を伸ばす。手入れされた爪化粧は、エドヴァルドとのデートは気に入らないが、着飾った姉は見たいという葛藤の末にグロリアが施してくれたものだ。
指先に蝶を乗せて目線まで持ち上げると、返答を避けたエドヴァルドに尋ねた。
「殿下も探されていたんじゃないですか、ルーナ嬢」
蝶は大人しく指に留まっている。
エドヴァルドは大きな息を吐き……降参と言わんばかりに素直に教えてくれた。
「言っておくが、害を加えるつもりはないよ。私はただ、彼女に訊きたいことがあっただけだ」
「信じます」
間髪入れない言葉に、エドヴァルドが皮肉げに微笑む。
「嘘かもしれないとは思わない?」
「そうですね。わたしは貴方を知りませんし、殿下はもしかしたら非道なことができる人なのかもしれませんが、無力なひとりの女の子を手に掛けるのは、もっと慎重な判断を下されるはずです」
それに、ベルベットはエドヴァルドが何に疑惑を抱いているのか、わかるような気がするのだ。
「ルーナ嬢の性格ですよね」
簡潔だが、エドヴァルドには伝わった。
やはり多くの人が抱いた疑問だったらしく、ベルベットは彼の気持ちを代弁するように続ける。
「わたしも調べるにつれ疑問が生じました。彼女はどう考えても内向的で、とてもではないですが、スティーグに婚約破棄をけしかけられるような性格ではありません」
「……待て、君は、スティーグにあれをけしかけたのは彼女だと知っているのか?」
「ええ。何度か話を聞きましたが、嘘は言ってないでしょう。殿下はご存じなかったのですか」
「……知らないな。だからこそ、探していた理由でもある」
ルーナは、むしろ叶わぬ恋だと一歩引いて、自然と破局を迎えてしまうような恋をする娘ではないだろうか。あの婚約破棄宣言がなければ、そうなっていた可能性は高い。
珍しくはない。恋人達の破局など、ベルベットも母の傍らや裏路地で様々見かけてきた。
ベルベットの言葉をエドヴァルドは否定しないが、それでも不快感は隠せない。
「だが君には指摘させてもらいたい。君の言動は、まるでルーナは潔白とでも言いたいようだ。彼女がスティーグを騙している可能性を考えていない」
「詐欺ではない、と結論付けました。おそらくあの婚約破棄宣言について、彼女は周りの人に何か隠していることがあるか……あるいは本当に知らなかったのかもしれません」
ベルベットの暴論に、エドヴァルドは目を丸める。
「馬鹿な。知らなかったなど、それこそあり得ない話だ」
「当時の現場にはわたしもいましたから、気持ちはわかります。ただ、彼女について知れば知るほど、そうとしか思えなくなってくるんです」
こればかりはいまルーナの居場所を知ったエドヴァルドと、最初から彼女を見つけていた側との差である。
エドヴァルドが口を開こうとしたとき、もう一人ぶん、増えた足音に皆の視線が動く。
「自分にも聞かせてもらいたいな」
蝶が、指から離れる。
軽やかに舞う様をベルベットは目で追ったが、驚きはしていない。
むしろ驚いたのはエドヴァルドの方だ。
「アレーン」
「申し訳ありません、殿下」
すかさず頭を垂れるのは、ギディオンと同じ隊長格の外套を羽織った男性だ。ベルベットは見覚えないが、名前だけなら聞いたことがある。
王妃殿下付きの近衛隊長だ。
一見近衛隊長には見えない教師然とした男は、王子に苦言を呈される前に潔く理由を告げた。
「スティーグ様に続き、エドヴァルド様まで……と案じられた王妃殿下の采配にございました」
「母上か? またあの人は……」
「どうかお叱りは自分にのみ留めください。殿下を信じようとする妃殿下のお心を乱したのは自分にございます」
『デート』を知った王妃殿下の差し金らしい。息子が平民に誑かされる心配でもしたか――察したベルベットは、昔、謂われもない疑いをかけられた母ミシェルを思い出した。娼婦だからと男性に接近しただけで苦言を呈され、偏見をぶつけられる母の前に、ベルベットはよく緩衝材として割り込んだものだ。
あらぬ疑いは過去の記憶を彷彿とさせ、一瞬頭に血を上らせかけたが……彼女もまた、子を養育する側にある人間だから、親の心配はわからないではない。
舌打ちを零すエドヴァルドは、王子らしからぬ姿だった。
「後を付けていたのだな。……ギディオン」
「……申し訳ありません、気付きませんでした」
「お前まで企んでいなかったのならよい。アレーン」
「は」
「そうやって母上の不安を煽るのはやめてもらいたい。お前達の放つ無責任な言葉が、私達の親子仲に亀裂を入れて行く。そのせいで今まで何度衝突を招いたと思っている」
「まさに自分の不徳と致すところでしょう。後で妃殿下にも詫び、如何様な処分も受け入れます」
ベルベットの上官も堅物だが、この人はまた違ったベクトルで癖を抱えた人らしい。ギディオンもアレーンに対してはしかめっ面を隠さないから、おそらく本当に気付けなかったのだろう。
「すみません、続けてよろしいでしょうか」
無礼を承知で割り込むと、アレーンは鷹揚に頷き返し、ベルベットは全員の沈黙を同意とみなした。
「ルーナ嬢をシロと見立てた理由ですが、わたしも彼女の二面性を疑ったからです。それとエドヴァルド殿下はわたしを不敬者と考えていらっしゃるかもしれませんが、仮にも自国の王子殿下を、可愛い妹を陥れた子に会わせるのは慎重になります」
ベルベットとて、ただ情に絆されてスティーグを教会へ導いたのではない。
裏路地の恋には密やかな破局以上に、もっと多い理由で男女が涙する出来事に溢れている。
金銭トラブル、暴力や脅迫、不倫……美人局。個人的にはこちらの方が馴染みがあるから、人を疑うことにも慣れている。それゆえに悪知恵も簡単に働いた。
「だからルーナ嬢には悪いのですが、スティーグに会わせる前に、わたしの知り合いに接触してもらって試しました」
取り出したのは、友人達の話をサシャが一括でまとめてくれた紙だ。
次→平日どこか。数日内に。




