2-22.推しへの愛は無限大
年頃の男の子の難しさを悟ったベルベットはスティーグに協力を仰ぎ、身分差の恋という共通の想いがある青年は迷わず了解してくれた。
二人の想いが確認できているからには、姉妹が考えることはひとつだ。
「姉さんはリノの想いを叶えてあげたいし、私も同じ気持ち。だからやれることは二人を堂々と祝福してあげることなんだけど……それってかなり茨の道よ?」
「わかってる。だから土台を作ろうかなって、いまは考え始めてる」
「姉さんの言う『土台』が何なのかは、私にはまだわからないのだけど……でも二人に関しては、私に任せてもらえたら解決できることなのに、任せてもらえないの?」
ベルベットは神妙な顔で頷いた。
「グロリアに頼んだ方が遙かに楽なのはわかってる。でもそれはわたしがやるだけやってみて、駄目だった場合かなって思ってる。だからごめん、いまはいったん任せてほしい」
最初は拗ねた様子だったグロリアだが、やがて仕方ない、と諦めた。
「ええ、ええ、いいわ。まず自分が納得するまでやってみたいのよね」
「――っても、わたしのなけなしのプライドの問題なんだけど……ごめん」
「……いいわ」
グロリアは姉のそんなところが愛おしいとでも目を細める。
「ときどき、なかなか頼ってくれないなあってヤキモキしちゃうけど、自分で頑張ろうって人は好きだもの。ただ、もうちょっと詳しい内容を話してほしいとは思うけどね!」
「それは申し訳ないと思うんだけど……まだぼんやりとした、賭けみたいな案だから……」
多少後ろめたいベルベットは早々に降参の姿勢を見せる。
「埋め合わせは今日するってば」
「言ったわね。じゃあ、この後は私の行きたいところに、とことん付き合ってもらうんだから。エルギス様や、ヴィルヘルム先生が羨むくらいのデートよ」
「あの二人は別に何も思わないと思うけど」
「そういって毎日エルギス様とコソコソ話してるくせに!」
「スティーグについて話してるだけ」
それはギディオンやエドヴァルド、ひいては国王に読まれるであろう報告書についての相談だ。
これまで肉体労働ばかりでまともに書類仕事をしてこなかったベルベットにとって、形式的な体を成す文書作成は難度を極めているためエルギスに書き方を学んでいる。初歩中の初歩のような質問を繰り返しているのだが、彼は食費代わりと教えてくれていた。
「ヴィルともそんなに会ってるわけじゃないし、そんな敵対心を燃やさなくても」
「そう言ってこの間、目敏く近寄ってきたってエルギス様に聞いたんだから。それに今度会う約束だってしているし!」
「セロの定期診察が約束っていうならそうだけど」
獣医ヴィルヘルムの名前が出てきて、ベルベットは少し困ったような表情でサンドイッチを摘まむ。
「確かにヴィルには良くしてもらってるよ? セロやジンクスのことを気にかけてくれるから話を聞いてくれたり、子供が四人もいるから大変だってたまに薬代もまけてくれるけど」
「完全に籠絡しに来てるじゃない」
「籠絡ねぇ」
ヴィルヘルムには良くしてもらっているし、親しくなったのも否定しない。良い関係を築いているのは否定しないが、それを籠絡の一言で片付けるには、どうも違う気がしてならない。
無論、嫌っているわけではない。他の人と比べれば普通以上に好意はあるのだが、頭の隅で何かが引っかかって仕方ない。だが、それを正しく表現する言葉と確信を持たないのが現状だ。
「グロリアはヴィルに会った時からどこか警戒している感じがあったけど、彼ってよっぽど何かあるの?」
例えば『シナリオ』関連なのだが、質問の答えは是だった。
「彼に興味なか……コホンっ……攻略途中だったから全部は知らないのだけど、とにかくすごいから早く遊んで、でも最後がいいって情報があったから」
「……すごいの規模がわからないなぁ」
「そうなのよね。だから私も詳細はわからなくって……でも、ファンの間で噂になるくらいだから、きっと何かあるはずなんだけど」
今度はグロリアが悩み始めてしまうではないか。
ベルベットは味は上品でも、代わり映えしない茶の味に飽き始め……無遠慮に蜂蜜やミルクを注ぐ。
「まだわたしが『シナリオ』に何かされやしないかって心配?」
「それはいつでも心配してるし、考えてる」
グロリアの考えが正しいなら、ベルベットはすでに二度、あるべき死から逃れている。一度目は十二年前、二度目はついこの間、しかも片腕をなくして生き長らえた。
グロリアはことのほか真面目に顔を上げる。
「けれど、だからって姉さんの行動を制限しようとは思わないのよ。大事だから閉じ込めるなんてヤンデレみたいな真似は嫌だし、そんなの愛じゃないし、美しくない」
「……幽閉に愛や美しいはないと思う」
「甘いわ。世の中にはそういう癖を持つ方々もいるのよ」
「ちょっと特別な娼館にあるヘンナコトじゃないと盛り上がれない男向けサービスみたいなやつ?」
「そういう生々しいのじゃなくて」
誤った考えを持たない子になってよかった、と密かに安堵するベルベットをよそに、グロリアは誇らしげに自らの想いを語った。
「私は推しが自由に生きてる姿を見るのに幸せを感じるの。だから姉さんが危険な目に遭いそうなとき以外は行動を止めたりしないわ」
信頼されているということだろうか。
しかしグロリアの語る「推し」とやら、ベルベットの記憶が確かならそれはエルギスに該当するはずなのだが、単語への概念は深まるばかりである。
妹が前世で過ごした世界は不思議ばかりだと想いを馳せながら過ごした姉妹の時間は、ベルベットが辟易するほどの買い物の嵐に見舞われ幕を閉じたのだった。




