2-21.恋の話
「なんでまたいきなりそんなことを」
「だって……いままでは生活苦で余裕なかったのだろうけど、いまは違うでしょ。誰か良い人でも探すつもりはあるのかしらって思ったの」
あまり裕福ではない家の者は、早くから伴侶を見つけて経済的負担を軽くする傾向が強い。このため一人で弟妹を育てるベルベットは変わり者扱いされがちだが、本人なりの理由はある。
「だってねぇ……子供一人でも大変なのに、育ち盛り四人も抱える不良物件をほしい相手がいる?」
「でもモテたんじゃない?」
「あちこち手伝って働いてたからそういうのも見込まれてね。面倒見るから嫁においでとか言われたけど……でも、ラウラは片足が不自由でしょ」
ベルベットがもっとも苦労していた十代の頃、彼女のように容姿に恵まれた女ならば、娼婦を斡旋する者同様に、彼女自身を欲しがる男や家はあった。
思い出すように頬杖をつく。そこからは、決して末妹の前では出来ない話だ。
「あの子は皆が満足できるような働き手になれないし、どう扱われるかわからないから受けなかった」
加えて自身を思いとどまらせたのは、母ミシェルの遺志だ。彼女は自身が娼婦であったが、娘が同じ轍を踏むのは望まなかった。生活のためでも、身を売るような真似はしないという強い意思だ。
しかしこの場は姉妹だけとあってか、ベルベットの口は緩む。
「これまでそういう相手がいなかった……ってわけではないけど」
「えっ」
「いや、普通にそのくらいあるからね?」
それまでの安売り商品のような扱いと違い、好きだと言われたから付き合った相手ならいた。
ただ……と己の男を見る目のなさを憂うように半眼になる。
「俺と馬とどっちが大事なんだって聞かれて、正直に答えたら浮気されたりとかね……」
「……はぁ? 姉さんという相手がいながら浮気!?」
「そう。あったまきてぶん殴ったら終わったんだけどさ」
天秤は当然、仔馬の頃から世話をしているセロに傾いた。その時のことを思い返し、不満顔でぐちぐちと、フォークでケーキを刺す。
「セロは日常でも仕事でも一緒の相棒なわけ。それをどっちが大事、なんて聞いてくるようなポンコツだったから、別れて正解だったんだけど」
こういった積み重ねを経て恋愛は面倒と感じたのが、いっそう家族に打ち込めた理由かもしれない。
一連の出来事は思春期の心にダメージは与えたが、悪いことばかりではなかった。
「結果的に特定の相手を作らないのは正解だったんだよね」
「え、どうして?」
「母さんが死んでからのリノや双子は不安定で。なによりラウラがいたから、恋にうつつを抜かしてたら育てきれなかったんだよね」
揺れる弟妹達の中に他人を踏み入らせたら、もっと大変になっていたはずだ。
これまですべて一人で乗り越えてきたなどと自惚れる気はないが、そんな期間が長く続いたら、いまさら伴侶を見つけてもとなるのは否めない。
「そういうグロリアはスティーグ以外に気になる人はいなかったわけ」
「姉さんったら第二王子の婚約者にとんでもないことを聞くのね」
「噂の範疇だけど、貴女の華やかな外見に惹かれた蛾が多かったのは知ってるので」
「だったら想像の通りよ? 何をしても悪いイメージしか付きまとわないから、それにつられて私を利用してやろうって人ばっかり。色恋には発展しないわね」
「なんだ、つまらない」
せっかくなので姉妹ならではの話に花を咲かせようと思ったが、そう上手く行くものではないらしい。ただ、自分に話の矛先が向いたことで、グロリアは慌てたらしい。
「というか私達の話よりも、今日はもっと重要な話があったじゃない」
「リノのこと?」
「そうよ、私の可愛い弟とリリアナにまつわる大事な話!」
そう、この場にグロリアの侍女であるリリアナがいないのは理由がある。
グロリアは長い髪を払うように手を動かしす。
「あの子を撒いて出てくるのは苦労したのよ。下手をすれば探しに来るかもしれないから、早く終わらせて買い物に行きましょ」
「はいはい、仕方ないな……じゃあ、リリアナの意思は聞いてくれた?」
「もちろん。リノのことは想ってるけど、私に申し訳ない……って気持ちがひしひしと伝わってきた」
本題は彼女達の弟の恋の行方なのだが、ベルベットはこの話題に積極的とは言い難い。情けない表情で本音を漏らした。
「若い男女に大人が出張るのは気が引けるんだけど……」
「自由恋愛が多い姉さん周りの感覚ではそうかもね」
反対にグロリアはリリアナの女主人として堂々としている。
「身分が絡むから、こればかりは仕方がないわ」
できれば時の流れのまま好きにさせてやりたい姉心と、姉たちを気遣った二人が、自らの想いを封じるであろう未来を憂いた。
弟と可愛がっている侍女の秘めたる恋に、グロリアは事情を明かす。
「リリアナだけど、想像通りご両親の期待を背負ってデイヴィスに預けられた子よ。お義母さまは彼女に好い人を見つける気満々で、あちこち声をかけてる」
「だよ、ねえ」
「そのときは私も力添えを頼まれているし、彼女もそのつもりでデイヴィスに来た覚悟がある。だからきっとリノに想いを明かすことはないのでしょうけど……」
悩ましげに頬に手を当てるグロリアは、懊悩さえも美貌に変えている。
「私の弟だから、リリアナが惹かれてしまうのは仕方ないけど……最近のあの子ったら、話せばリノのことばっかりなの。将来の話が出ても顔を曇らせるばっかりで、近頃のリリアナになにかあったのかってお義母さまに尋ねられてしまったところ」
「重症だ」
「そういうリノはどうだったの。姉さんが聞いてくれたんでしょ」
「そっちはスティーグに確認してもらった。色々ぼかしたみたいだけど、ほとんど間違いない」
「待って、なんでそこに殿下が出てくるの!」
「いやだって、スティーグは二人のことを気にしてくれてるし……」
「そうだけどそうじゃない!」
彼に頼んだのも、ベルベットなりの理由がある。
「お姉ちゃんには話せないって雰囲気がバシバシ伝わってくるんだからしょうがないじゃない。こういうときは男の子同士が一番なんだって」




