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2-20.姉妹の時間

「おかげでほんと助かった、ありがとね」


 お礼を告げると、女性はからからとあけすけに笑う。


「別にいいのよ~。あたしは皆が見聞きしてきた話をまとめただけだし、苦労なんてなにもしてないもの」

「いやーでも忙しかったでしょ。三人目が産まれて大変だってのにさ」

「ベルベットが思うほど大変じゃないわよ? 子供達は旦那とお義父さんがお店に連れてってくれてるし、あたしはお義母さんとその子をみてるから、そこまで大変じゃないの」


 そこはベルベットの友人が住む一軒家だ。

 部屋中子供の洋服などが散らかって雑然としているが、窓には刺繍が入った目隠しが飾られ、手作りの玩具が転がっている。部屋全体をどこか甘い匂いが包み、つい微笑みたくなるような温かみに溢れている部屋で、ベルベットはサシャの義母が焼いた野菜のケーキを咀嚼している。ケーキといっても甘くないから食事と一緒で、細かく刻んだベーコンが食欲をそそる。サシャの義母はベルベットとも知り合いで、彼女が来ると知って作っておいてくれたものだった。

 友人であるサシャはややふっくらとした人で、思わず幸福が伝染してしまいそうな雰囲気を持つ人だ。

 幸せの最たる象徴である赤ん坊をベルベットは腕に抱き、サシャにケーキを食べさせてもらいながら、改めてその小さな命を見下ろした。


「前の子のときはいっぱい泣いてたけど、この子はよく眠る子だねぇ」

「うふふ、そうでしょ。お義父さんはひいじいちゃんに似てる~って言うけど、ママはうちのおばあちゃん似よって言ってるのよね~」


 サシャはベルベットの古い友人の一人だ。

 彼女とは十二年前に起こった血の欝金香(チューリップ)事件で兄弟を亡くしており、その繋がりもあってか、ハーナット家とは家族ぐるみで付き合いがある。サシャの夫とも友人で、早くに親を亡くしたベルベットを気にかけてくれていた。

 ベルベットが赤ん坊をあやす姿を眺めながら、サシャは首を傾げる。


「でもあんな情報を集めたいなんて、あなた一体、今度は何をしてるの?」

「今回はただ知っておくと便利というか……気になって仕方なかったから……皆、迷惑とか言ってた?」

「んーん。ただ、せっかく近衛なんて名誉職に就けたんだから、変なことに首突っ込んだじゃないかって心配してた」


 ベルベットが友人宅を訪ねた理由だ。

 先ほどベルベットは、残りの友人達に頼んでいた結果を確認しにサシャ宅の玄関を叩いた。その内容はサシャにして首を傾げる案件だったせいか、友人達は揃ってベルベットの身を案じている。

 サシャの心配に、安心させるように微笑んだ。


「間違っても危険な調べごとじゃないから大丈夫。頼んだことだって、変なものじゃなかったでしょ?」

「そりゃそうなんだけど……あなた油断すると怪我をして帰ってくるじゃない」


 サシャは唇をとがらせるから、どうやら返答をしくじったようだ。


「前なんてリノくんに心配させたくないからって骨折を隠してたし、殴られて青あざ作ったり、歯をなくしちゃったりしたときだって……グリンやスコットが心配する気持ち、ちょっとは汲んであげなよ」

「うん、でも今回はそういうことはないから」

「本人達に直接言ってあげてよ、皆あなたと会いたがってたんだからね」

「そだね、今度顔出しに行く」


 友人達がハーナット家を気にかけてくれたからこそ、十代頃のベルベットはなんとかやれていた部分がある。自分たちも決して裕福ではないのに、時折食事を分けてくれたり、ベルベット達にお下がりの服をくれたりと親切な人達だ。

 ただ、とベルベットはなんとも言えない表情になる。


「おじさんたちに伝えてほしいんだけど、双子に染料を易々と渡しちゃうのは気をつけてほしい……」


 それね、とサシャも愚痴をはく。 


「うちの義弟たちもやらかして叱られてたわー。新しい馬はジンクスちゃんだっけ? 遠目からでも面白いことになっちゃって、随分遊ばれちゃったのね」


 ジンクスの染められた毛は落とすには間に合わず、あれから変わらず終いだ。

 友人の家を後にしたベルベットはジンクスに跨がり移動するが、その派手な柄に気付いた人々がくすりと笑いを漏らす。

 次に足を運んだのは大通りを外れた、比較的裕福な人々が利用するカフェだ。店内は壁紙から調度品まで落ち着いた雰囲気が演出できるよう統一されており、詩人が奏でるハープの音色が響き渡っている。

 大声で話さないのが店のルールらしく、笑い声を響かせる人はいない。貴族層は自宅でサロンを開いて客人を招くが、庶民にとっての社交場はこういったカフェが主流だ。

 給仕と話したベルベットが案内されたのは三階の特等席。

 待ち合わせの相手は一番見晴らしの良い席を確保していた。


「姉さん」


 席から小さく手を振るグロリアは近寄りがたい雰囲気を持っていたが、姉が現れるなりくるりと表情を変えた。はにかむ姿はとびきり可愛らしく、誰よりも太陽が似合う女性だ。眩しげに妹を見るベルベットは、彼女こそサンラニア一の美女になると信じて疑わない。

 席に着くなり茶と茶菓子が運ばれ、給仕が離れたタイミングで懸念を漏らした。


「特等席は席代もかかるのに、こんな良い席で良かったの?」

「せっかく姉さんが誘ってくれたのだし、私のおすすめを紹介したいの」


 グロリアの身分だと、店ではなく自宅で茶会を催す場合がほとんど。そうでなくとももっと格式の高い店に行くはずだから、ベルベットに合わせた店を選ぶあたりセンスが高い。

 しかし妹の気遣いに若干申し訳なく感じるのは、料理の味の違いがわからない点だ。見た目が素晴らしいのは伝わるが、軽食はどれもサイズが小さく一口食べればなくなってしまう。

 富裕層が嗜む繊細さを掴めぬまま、友人と会ってきたことを説明すると、グロリアは昔を懐かしんだ。 

 

「その人、むかし私も会ったことなかったかしら」

「あるよ。グロリアが小さい時はわたしと一緒にサシャの家に預けられたこともあるし、山羊のミルクをよくもらってた」

「山羊ミルクのおばさんは、なんとなく覚えてるわ。そう、サシャさんっていまじゃ三人の子供のお母さんなんだ……」

「幼馴染みとの家に、十五の頃に嫁入りしたんだよね」

「大分早く婚家入りしたのね」

「早いかな。まあまあ普通って感じだけど」


 特に珍しい話ではないはずだが、グロリアの苦笑は、その裡に抱える『前世』との常識の差だろう。

 結婚の話になったからか、思いだしたようにグロリアが尋ねた。


「姉さんって結婚願望はあるの?」

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