2-14.新たな恋の予感
グロリアはスティーグを単純だと評したが、その評価はあながち間違いではなさそうだ。
なぜなら彼はハーナット家での生活に、ものの数日で馴染んだ。
正確には順応しなければルーナを捜しに行く許可をもらえないからなのだが、それでも王子様をやっていたときよりも勤勉だったろう。唯一慣れないとしたら陽も昇らぬ時間からの作業だが、それが生き物を世話するということ。
スティーグの馬であるレンブラントは、おそらく元はスティーグに懐いていたのだろう。怖がっていたのは初日だけで、世話をされるうちにすっかり懐き、スティーグもまた青毛馬に愛着を抱き始めた。
乱暴に鞭打ったのも気にしていたらしく、首を撫でながら謝っていたらしい、と双子経由で話を聞いている。
思ったより働いてくれるから、王子への印象ははかなり変わった。スティーグも遠慮のない性格だから、打ち解けるのは早かったが、気に食わない点を挙げるとしたら、ベルベットに料理を作らせたがらないという部分だろう。
リリアナは毎食用意できない。そんなときはベルベットが台所に立つのだが、彼女の料理を口にした青年は、はっきり「不味い」とのたまい、とうとう自ら包丁を手に取った。
「いいか、味覚というのは子供の頃に出された料理が肝になる。リリアナがいたとしても、基本となる家の味が不味くては話にならない。いま修正しなくては、取り返しのつかない事態に陥る自覚はあるのか」
「ちょっと味が好みじゃなかったからって、いくらなんでも失礼すぎじゃない?」
「ちょっとどころで済むか」
スティーグは顔を顰める。
「言っておくが、お前の味覚はおかしいからな。舌が痺れるくらいの唐辛子や胡椒をばくばく食べて平気だなんて、よく胃がやられなかったな」
「や、でもそのくらいないと食べた感じにならないし……」
スティーグの愚痴は止まらない。
「大体、親代わりだと言うのなら、調味料や香草の使い方くらい教えたらどうなんだ。リノにしたって、油と塩と胡椒と唐辛子くらいしか知らないのは問題ありまくりだ」
「充分味があるじゃない。チーズもあるし、問題って程ではないと思う」
「調味料だけの問題だと思ってるのか? なんで周りが指摘しなきゃ、強火のまま豪快に焼くか煮るかの選択しかないんだよ……!」
「早く火が通るでしょうが」
皮剥きは裏庭で行っていた。晴天の下で、二人は芋や他の野菜の皮を剥き、水の張った桶に落としている。
「いいか。食事に文句を言ったことのないエルギスが黙って残したくらいには、あんたの料理は酷いからな」
「うちの味は濃いめだから口には合わなかったのかな。次からは塩は控えめにする」
「そういう次元じゃない」
酷い言い様だとベルベットが嘆く間に、皮剥きは終わりだ。かごに乗せた野菜を洗って家に運ぶと、スティーグが鍋に向かって意気込む間に、ベルベットは侍女服姿の女の子を目撃した。
家の外だ。ハーナット家に向かってくるリリアナがいる。
「あら、まさか買い出しに行って来た?」
少女は両手一杯に荷物を抱えている。足元はふらつきがちで、さぞ重いだろうと思った瞬間に、彼女は荷物を落とした。
「あぶ……」
「待て」
「ぐぇ!?」
助けに向かおうとした瞬間、スティーグに止められた。よりによって後ろから衿を掴まれたベルベットは汚い声を上げたが、そんなことはお構いなしにスティーグが「見ろ」という。
「邪魔したら悪いだろ」
外ではリノがリリアナに駆け寄り、落とした荷物を拾っている。傍目にも謝り通しの少女に、弟は黙々と林檎などを拾い集めているが、その表情は穏やかなものだ。
その光景に、ベルベットは口元に手を寄せた。
「え? 今日ってリノは教会にいったはずじゃ……」
「昼には帰るって言ってたぞ。大方リリアナが帰ってくる時間に合わせたんだろ」
「なんで貴方の方が把握してるわけ」
なぜ止められたのか理解できないベルベットは、二人が荷物を拾い終えたところで、手と手が触れ合い、慌てて手を引っ込め……顔を真っ赤にしながら顔を逸らし合った瞬間を目撃した。
甘酸っぱい一幕に、ベルベットから「わあ」となんともいえない声が上がる。
身動きの取れない彼女の肩に手をおいたのは、いつの間にか客室から出てきていたエルギスである。
「初々しいとは思うんだが、落ちた荷物は拾いに行かないでいいのか?」
「アレを邪魔する勇気は、流石にない」
「だけどあれは理解してない感じだ。あんたはリノが賢いと思って何も言ってないみたいだけど、きちんと言い含めておかないと、後々苦しむのは本人達だ」
案外だだ漏れなことに、別の意味で弟が心配になるのだが、それよりも不思議なことを言ってくるではないか。今度は一体どんな謎かけだと首を傾げたが、答えはすぐにもたらされた。
「あの娘は貴族だ。グロリア嬢の傍に置いてるなら家に期待をかけられてるだろう?」
初耳だった。使用人なのだからてっきり平民階級の娘だと思っていたのだが……ついスティーグを見ると、彼は当然のように告げた。
「デイヴィス家は侯爵家だし、教育のできていない使用人を置くわけないだろ。余裕のない貴族が余った娘を送り込むのは、たまにある話だ」
「……送ってどうするわけ?」
「上流階級の家なら様々な縁がある。あわよくば金持ちに見初めてもらうか、主人や当主に良縁を推薦してもらうんだよ……うちもたまに、母上が侍女の世話をしてる」
ベルベットはおそるおそるスティーグに問うた。
「ちなみに、リリアナはどのくらいの階級の娘さん?」
「騎士か、良くて準男爵じゃないか。たしか四女だったのは聞いたような……」
貴族の常識に疎いベルベットでも、貴族と平民が結ばれるのは難しいと知っている。なにせ騎士の家に嫁いだ平民の娘が、嫁いびりに遭って帰ってきた……なんて噂だけは、近所でも事欠かないせいだ。
考え込むベルベットにエルギスが告げる。
「気付いてなかったのなら、早めに忠告しとけよ」
だがこの言葉が気に入らないのはスティーグだ。
「グロリアの弟なら、一応侯爵家に縁付くことになる。学園に通えるほど頭が良いのなら、そう咎めるほどではないだろ」
「あのなスティーグ。お前は王子様だから、そんなことが軽々しく言えるんだよ」
「なんだよ、その言い方は」
「現実はもっと大変で、ひとことで貴族と言っても色々あるんだ。簡単に言うんじゃないよ」
ため息と共にしみじみ呟くエルギスにスティーグは表情を怒らせるが、怒りは持続しない。なぜならリノ達が帰宅してきたからで、喧嘩をする姿など見せられないと思ったからだろう。
見られていたとは気付かないリリアナは明るく報告を行うのだが、その最中で、ベルベットは慎重に言葉を選んだ。
「前々から思ってたけどリリアナって所作がとっても丁寧だよね……ご両親の教育が良かったのかな?」
本人は細心の注意を払ったつもりだが、打って変わってぎこちない質問に、エルギスやスティーグはなんとも言えない表情を浮かべる。しかし褒められたリリアナは嬉しそうだった。
「ベルベット様に母上を褒めていただけるなんて、なんだか嬉しいです」
「は、母上?」
平民ではついぞ聞かない呼び方に、ベルベットの肩が揺れる。
「はい。わたくしは男爵家の出でございますから、何処に行っても恥ずかしくないようにと、母上が厳しく教えてくださったのです」
リリアナは少し頬を赤らめた。
「リノ様も同じ風に言ってくださったんですよ。ね、リノ様?」
「あーうん、そうだね。リリアナはとっても聡明な人だから、それが雰囲気からしてにじみ出てるっていうのかな。どこにいっても目を引いちゃって……」
「もう、やだリノ様ったら……」
大人達がいるにもかかわらず、微笑み合う少年少女。
ベルベットの脳裏には、侯爵家に送った娘に期待をかける、顔も知らないリリアナの両親の姿が浮かんだ気がした。
活動報告:「転生令嬢と数奇な人生を」コミカライズします。の更新
別作品の「転生令嬢と数奇な人生を」なのですが、今冬より小説公式イラストレーターさんにより、早川書房にてコミカライズ決まりました。
よろしければ活動報告にて詳細をご確認ください。




