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2-12.大人達の役割

 エドヴァルドの乗った馬車の姿が見えなくなると、ベルベットは宣言通りスティーグを馬房に連れて行った。

 

「……腕が痛い!」

「口を動かすより腕を動かすー」


 男手があるのをいいことに、寝わらの入れ替えに重い飼料運びを命じて手伝わせることにした。しかし馬のブラッシングをやらせても、世話に慣れていないのか、馬体にこびり付いた土を払うだけで大仰に悲鳴を上げる。

 しまいにはリノが出てきて細かく指導を行う始末で、四苦八苦する姿を、グロリアやエルギスが呑気にカップを持ちながら見学している。

 部外者であるエルギスの滞在は、スティーグをハーナット家に泊める条件だ。あれからエドヴァルドを納得させるために、彼自身が監督役を申し出た。

 始終愉しげなグロリアが姉に聞いた。

 

「それで、殿下はどんな感じ?」

「どんな感じもなにも、見ての通り。全然だめ。蠅や馬糞ひとつに大騒ぎして、ギルとメイのほうがよっぽど仕事をするし、いちいち騒ぐから、このとおりセロの機嫌が悪い」


 肝心のセロは、手綱なしにベルベットの後を付いてきている。グロリアが手を伸ばすと自ら首を伸ばし、鼻をふにふにと触らせていた。

 グロリアはセロへ謳うように褒めながら鼻先の感触を楽しむ。


「でも馬の世話はさせるのね。家の掃除だけに留めればもっと静かだったでしょうに、なんで馬なの?」

「自分の馬を大事に出来ない子は教育するに限る」

「あら、もしかして姉さんったらお怒りなのね」

「……怒ってる、のか?」


 不思議そうなエルギスに、ベルベットは激怒している素振りなど見せずに告げた。


「昨日からずーっと怒ってる」


 兄弟喧嘩に巻き込まれたことでも、皿を割られたことでもない。これについては、言わずともスティーグは深く反省していたし、ラウラにも叱られていたので、皿の件はそれでチャラだ。

 ベルベットが怒っているのは、青毛馬だ。スティーグが駆ってきた馬の名前はレンブラントで、王族専用の由緒ある牡馬だ。

 昨日ヴィルヘルムからも注意されたが、レンブラントの状態は酷かった。ギディオンから話を聞いたのだが、もともと足に問題が生じ、療養のため隔離されていたところをスティーグに連れ出されたらしい。歩かせるくらいなら問題なかったが、全力疾走を強いられた挙げ句、力任せで鞭で何度も打ったせいで馬体は傷ついてしまっていた。


「落馬もしつこい鞭打ちが原因なんだろうけど、スティーグを落とした後も鞍上を心配してその場に留まってたくらい優しい子なわけ。ああいう子を使い潰す神経は矯正するに限る」


 レンブラントが優しいと思うのは、鞭打ったはずのスティーグに対し、彼が近寄っても多少耳を絞るだけで、きちんと世話をさせるところだ。これがセロであれば間違いなく体当たりで骨を折ってくるなり、威嚇の後に噛みつくなりしている。レンブラントを怯えさせるのは申し訳ないが、この際だからスティーグの馬の扱いをマシにさせようという魂胆だ。

 

「ついでだから家事もたたき込もう。リリアナの負担が軽くなるから」

「……姉さん、いい労働力が手に入ったとか思ってない?」

「馬の世話以外では怪我はさせないように配慮する」

「馬房はどうするの? いまはジンクスを放牧して入れ替えることで休ませてるみたいだけど……」

「横の物置を作り替える。改築の時に広めに作ってもらって正解だった」


 片手を握り力こぶを示してみせるが、エルギスが半信半疑といった様子だ。


「作れるもんなのか……?」

「うちはいまでこそ立派だけど、改築前の雨漏り補修や物置の改修に、鶏小屋は誰が作ったとお思いで」

「知らないが」

「わたしがひとりでやっていました」

 

 近所の人に直してもらうこともあったが、時期によっては手を借りられないときがある。大工を呼んでは金がかかるから、自分で作るのが一番早い。幸い大工を手伝っていた時期があったし、裏手には家の建て替えの際に余った木材が転がっているので、増築自体は難しくなかった。

 それを聞いたグロリアは立ち上がり、袖をまくり上げる。


「じゃあ私も手伝うわ」

「いや、グロリアはリノの勉強をみてほしいんだよね」


 弟妹達には正直にスティーグの身分を明かした。案外、皆はするりと受け入れてくれたのだが、家にいきなり王子が住むとなると、学園入学を控えたリノの集中力に問題が生じる。実際に昨日から勉強の手が止まってしまっているため、弟のために勉強を見てほしいと頼むと、グロリアは不服そうながらも受け入れた。


「それと、殿下に加えてエルギス様もうちに泊まるんだから、私だって泊まりますからね!」

「その辺はわかってるから大丈夫。殿下だけ泊めるのは不公平だもんね」

「そういう意味じゃなくて……ううん、それもあるけど……」


 なぜか不安げな様子で、ベルベットとエルギスを交互に見る。

 かねがねグロリアがエルギスを気にするワケを、ベルベットは知っているつもりだ。曰くエルギスは、件の『シナリオ』におけるグロリアの「推し」というものらしい。

 言葉の正確な意味までは教えてもらえなかったが、つまりとても気になる存在ということだ。

 スティーグについてだが……彼はベルベットの予想を超えて働いた。

 ほとんど初対面の人間にこき使われたのだ。音を上げて城に帰ることも予測していたのだが、彼は余程城に帰りたくなかったらしい。虫にはうるさいが、教えることには真摯に向き合うし、真面目に仕事をこなそうとするので、ベルベットも考えを改めた。

 夜はグロリア主従にスティーグ、ハーナット家の弟妹達に、エルギスを加えて外で食事。騒がしい卓にスティーグは戸惑いがちだが、世話焼きの気質があったらしいと発覚したのはこの時だ。グロリアに続き、はしゃぐ双子には口が強くならないようマナーを教え込もうとしたし、リノが今度から学園に入学することを知ると顔色を変えた。


「学園でやって行くなら、勉強よりも、まずは貴族に向けた所作を覚える方が大事だ」

「それは極論ではありませんか。成績さえ良ければ、大概は黙らせられます」


 グロリアは異を唱えるも、スティーグの意見は正反対である。うさんくさいものを見る目で反論した。


「お前はそうやって相手を言い負かしてきたんだろうが、平民に必要なのは、まずは周りに受け入れられる努力をすることだ。下品なものを貴族は隣に置きたがらない」

「……リノは、お姉ちゃんと、このスットコドッコイと、どちらを信じるの?」

「…………礼儀作法も教えてもらおうかな」


 勝った、と言わんばかりに勝利の微笑みを浮かべるスティーグを、エルギスは横目で見ながらスープを口に運ぶ。ベルベットと目が合うと小さく肩をすくめ――大人達はかすかな微笑みを浮かべたのだった。


活動報告更新しました。

別作品ですが書籍情報について諸々記しています。よかったらそちらもご確認ください。

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― 新着の感想 ―
[一言] |…………礼儀作法も教えてもらおうかな まあ、お勉強は他の人からでも教われるけど、王子様から直々に礼儀作法を教わる機会はなかなかないからね。たぶん。
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