遺された者は不知である
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【5726.188 インベル期グローリア連邦共和国軍事会議案内】
・イグニス期の予算報告(ディーウィ大佐、ティアエ大佐)
・各国との同盟国協定についての報告(レガトゥス大佐)
・インペリウム帝国包囲陣殲滅作戦についての提案(カリクルスブン中将、サフィスラ少将)
・〈フラーテル・アウローラ〉の処遇についての提案(アドホック大佐)
・ウェントス期の軍需品についての提案(ヴェルミクルム少将)
・諸連絡(各担当)
次回のウェントス期のグローリア連邦共和国軍事会議は5726年287日となります。
※提案書、報告書は5726年282日までに文書作成担当へ提出をよろしくお願いします。
・インベル期の予算報告(ディーウィ大佐、ティアエ大佐)
・同盟国との連携についての提案(レガトゥス大佐)
・インペリウム帝国包囲陣殲滅作戦についての提案まとめ(カリクルスブン中将、サフィスラ少将)
・アルゲオ期の軍需品についての提案(ヴェルミクルム少将)
昨日までは晴れていたのに。今日の議題提案書を見て、もうこの時期かと納得した。降りしきる雨。しばらく数十日はこの調子だろう。そうレガトゥスは窓の外を見つめる。あと少しで定期軍事会議が始まる頃であり、会議室の席は埋まりつつあった。
「隣いいかね? レガトゥス大佐」
自身の名前を呼ばれて、そちらを見た。そこにいたのは壮年でもなお、目の奥に光を失いそうにない人物がいた。
「ええ、どうぞ。カリクルスブン中将殿」
断れないため、建前上の許可をすると、カリクルスブンは隣の席に着いた。まさか、自分の隣に座るとは思わなかったのである。彼は椅子に座り、一息をつくと――。
「初めて見たインペリウム人の感想を聞かせて欲しい。先日、顔を合わせただろう?」
「一言で言うならば、常識はずれなやつというところでしょうか」
「当然だな。〈黒い壁〉を展開したあの国に我々の常識が通じるどころか、聞く耳を持とうとするまい?」
「でしょうな。ただ、ゲヌスが言うには、クラルスの娘がインペリウム人を制御していると言っていたのですが……彼の方が制御している感じでしたね」
「それも含めて、利用しなければならない。だろう?」
「全くもって、その通りであります」
空いている席がなくなってきた。進行がいよいよと会議を始めようとする。会議室の扉が閉められる。それでもなお、カリクルスブンは会話を止めようとしなかった。
「だが、ゲヌスやクラルスの娘を上手く誘導すれば、インペリウム人が動くというのは想定外だった。そこまで彼らはインペリウム人を調教したということになる」
定刻になりましたので、という言葉を遮るようにして、カリクルスブンは議題提案書を破ってしまった。音が大きめであり、それで誰もがこちらに注目をするも、進行は続けられていた。周囲からは好奇の目で見ていた。
「提案内容を変更しなければならないな」
◆
ルーメン民族の女にここだよ、と教えてもらったSIPW8-00000。彼はあの小さい魔術工学技師に用事があって、彼女の研究室へと訪れた。ノックもなしで、勝手に入室する。ドアが開けられる音でSIPS5-58019は肩を強張らせていた。
「俺に何の用だ」
相変わらずの態度にこの部屋の持ち主であるクオンは「ノックぐらいしろ」と口を尖らせているようだ。
「インペリウムじゃ、ノックすることは非常識なのか?」
「いや、普通に上司に怒られるけど」
ここにザインがいるからこそ、確信的なインペリウムの常識を知ることができる。だが、彼の言い分からすると、この〈ニンギョウ〉は向こうでも非常識的な行動を取っていたのではないか、という疑問が生まれた。
だとしても、ここでの礼儀云々を語っても仕方あるまい? クオンはあまり気にしないようにして「頼みがあるんだ」と一つの端末機を手に持った。
「ここの四人しか知らない秘密について」
「どういうことだ?」
小さい魔術工学技師がSIPW8-00000と目を合わせようとしないため、彼女が何を言いたいのかがわからない様子。それはもちろん、SIPS5-58019も目を合わせてはくれなかった。だからこそ、二人のどちらかが口にするのを待たなくてはならなかった。
「ザインの正体だ」
「ああ、ザインって確か……」
「そいつが俺と同じ国出身だってこと、黙って欲しいって?」
「そうだ。〈ニンギョウ〉は脳に掛けられた魔術を解けば、普通の人間になれる。だが、グローリアからの歓迎っぷりを見ればわかるだろ?」
「魔術を解くということに反対ってこと?」
カーリーの答えにクオンは頷いた。
「魔術を解くことが唯一の平和的な方法だとボクは思っている。だけれども、戦争という物は必ず血を流そうとする。グローリアにはインペリウムを恨む人が多過ぎるし、現実的に時間がかかり過ぎるんだ。却下されるのも当然だ」
だから、ザインを守らなければならない、と彼を見る。
「そこでだ。君にはこれをあげるから……」
小さい魔術工学技師より差し出された端末機。それをSIPW8-00000は受け取った。IDSHAREとはどこか違うようだ。あれよりも少し大きめな電子機器だった。
「なんだ、これは」
「散々君が調べていたものに関する情報だ。一日だけじゃ、〈SHARE〉というものは調べ尽くせない。だから、ボクとザインがこっちに来てからも集めていたんだ」
「どうせ、俺はこの国でIDSHAREを所持することも、〈SHARE〉を閲覧できないからな。だから、クオンの電子機器を借りて、お前のために調べたんだ。感謝しろよ」
「ああ、そうだな」
そう言う割には、あまり感謝をしているようには見えないアーク。これについて、カーリーが咎めようとするが、黙っておいた。クオンがまだ情報を提示してくれるとのことだから。
「その端末機は悪いけど、〈SHARE〉にはつながらない。その代わり、人工生命体やフロースの花の群生地に関する情報は入れているから」
なるほど、とアークが端末機を眺めながら、懐から花タバコを取り出して口に咥えようとするが――。
「ここ、禁煙」
カーリーによって、払い除けられてしまった。ここにパティたちがいないからって、油断は禁物。ルールはルール。きちんと守らないと、また制限されるからね。
クオンの研究室で喫煙ができないと言われたアークはとても不機嫌そうな顔を見せていた。禁止と言われても口が寂しいのか、火はつけずして噛むことに。
「じゃあ、これを見れば情報を得られるのか」
「そう。それと、もう一つ。ロストテクノロジーの〈Suvi〉って覚えているだろ? その〈Suvi〉が保管されていた遺跡が三つあって、その内の一つはまだ〈Suvi〉自体が見つかっていないらしいってことは覚えているだろ?」
「〈Suvi〉なら、人工生命体を知っていると?」
「あくまで可能性としては。一応、場所情報はそれの中に入っているから、行くか行かないかは君次第になるんだけど」
カーリーはアークを見た。彼はこちらを見ずして、端末機に視線を落としながら「行く」と答えた。アークが視線を上げると、偶然にもクオンと目が合ったようだ。彼女は慌てて視線をずらす。どうも、彼女の心の中を見てしまったらしい。アークはにやり、と笑うと――。
「いいぜ」
そう言った。
「SIPS5-58019のことは黙っておいてやる。その代わり、あんたらは新しい情報が入り次第、俺にその情報を寄こせ」
「もちろんだ。報告を待っているよ」
取引成立。何事も滞りなく好調に進んでいるから、アークの気分はいい。とても最高だ。と、そんな彼のにやけ面を久々に見たカーリー。彼はまたよからぬことを企んではいないだろうな?
◆
別によからぬことではなかったが、ちょっとした問題が発生する。
「いやぁ、兄貴のお役に立てるなんて!」
とても申し訳なさそうにいるカーリー。向かいの席にはアークがふんぞり返っていた。道路を滑走する、二人が乗る移動術式魔法台〈ゲシュヴィント〉を操縦するのはパティでもサックスでもない。
「そうか。ところで、そろそろタバコが切れそうだから、どっか店ない? ていうか、ミレル君が買ってきてくれ。俺はインペリウム人だからな」
「了解っス!」
そう、以前アークが利用する店をめちゃくちゃにした挙句、弱みをつけこまれた(?)犯人のミレルが〈ゲシュヴィント〉を操縦していたのである。因みに〈ゲシュヴィント〉とは個人の魔法エネルギーとウィースと呼ばれる液体燃料(厳密には気化した物)を掛け合わせて、地上から浮かせて動かす魔術工学機器である。それに、浮遊術式魔法が苦手な人でも操作ができる便利な代物でもあるとか。
それにしても、とカーリーは思う。アークの態度の悪さを。本当に申し訳ない。だからこそ、彼女は「ごめんね、ミレル君」と謝るしかない。
「アークが無茶を言っているけど、嫌なら断らないと」
「いえ、そんなことはないっス! むしろ、兄貴のお役に立てるならと! それに、グローリアにある〈Suvi〉の遺跡だったら、そこが俺の家の土地だし、親父が管理考古学者なんで融通は利きますよ!」
「いや、あっ、うん……」
自分が言いたいことはそっちではない。アークのパシリについてだ。花タバコを奢れと言っているものだから。パティを見た。彼は機械とは思えないような呆れた様子でいるからびっくりである。アークの隣に転がるようにして言ており、目玉の光がとても弱々しかった。
これはもうツッコむことはよした方がいいのだろうか。なんて思いながら、忘れるためにカーリーが「それにしても」と〈ゲシュヴィント〉の内部をまじまじと見た。
「こういう移動手段が軍以外でもあることに驚きだよ。形も小さいし、少人数移動には最適だね」
「もしかして、インペリウム帝国に〈ゲシュヴィント〉ってないんスか? 何百年の時代遅れっスか?」
「まあ、軍国家だしね。物資を運搬するものしか見たことなかったから」
そうでしょ、とパティたちに訊ねると、彼らは《そうです》と反応してくれた。こちらもアークのミレルに対する態度は諦めた様子。
《移動手段は基本、移動術式魔法陣と浮遊術式魔法でしたからね》
「その浮遊術式魔法って、自分が浮くやつのことを差すんスよね!? 兄貴も姉貴もできるんスか!?」
カーリーまでそのような呼び名になるとは。あまり嬉しくはないが、ミレルの気持ちが無下にできなくて、訂正のしようがなかった。
「一応は」
「すげぇ! それ、俺に教えてください! 今度、学校の魔術テストで教師どもを驚かせてやりたいから」
「学校? 学校とかあるの?」
「そうなんスよ。十七歳までは通うことが義務なんで。はぁ、つらい」
「よくわからんが、ミレル君。花タバコのグレードタイプはどこの店で売っているんだ?」
会話を遮ってまで、そんなにタバコが欲しいか? カーリーたちが白い目を見せる中、ミレルは「そこに店があるから買ってきますね」とわざわざ〈ゲシュヴィント〉を停めてまで店の中へと入っていってしまう。彼がいなくなった台内では「ちょっと」とカーリーが怪訝そう。
「今、ミレル君の年齢が大体わかったでしょ! なんで、そこで未成年にタバコを要求する!?」
「ああ? あいつも吸っていただろうが」
そう言うアークだが、ミレルがタバコを嗜んでいるところは見たことがなかった。というか、マルゲリータの店での騒動以外で見ることはなかったから――。
「いつ見たの?」
「あいつの家。いやぁ、あそこタバコ吸い放題。軍にいた頃より、あんたのアジトにいた頃より、今住んでいるところよりとっても快適」
「とっても快適、じゃない! 最近施設内で見かけないと思ったら……!」
まさか、パティも一緒にいるのでは? そう思っていたが、よくよく思い返せば――パティとサックスは自分と共にドミナの手伝いやルナの見舞いに行っていた。アークと行動はあまり取っていなかった!
「パティは、アークと一緒にいなかったの?」
《いいえ。ここ最近、外出先に着いてくるなと言っていた意味がようやくわかりました》
どこまでも自由奔放のアークに、カーリーは頭を抱え込んだ。何をしているのか。だとしても、当の本人は悪びれる様子もなく、残り一本の花タバコに火をつけた。「ああ、美味しい」とお道化てみせるものだから、ものすごい腹の立つこと。
というか、このことがジョクラトルや軍にバレてしまえば、とんでもないことになるだろう。これまで、よくバレなかったなとしか言いようがないが――。
と、ここでミレルが花タバコのグレードタイプを二箱手にして戻ってきた。彼はニコニコとこの前とは大違いの笑顔で「タバコです!」と差し出す。
「これで、遺跡にいる間までは持ちますよ」
「おう、気が利くじゃねぇか」
相変わらずの態度のでかいやつ。カーリーはアークに白い目を向けながら操縦席へと移動するミレルに「未成年だよね?」と訊ねた。
「さっき、十七歳がとか言っていたけど……」
「いえ、俺は二十三っスよ。何度も留年しているからなんスけど、親が卒業しろとうるさいものだから」
紛らわしい。だが、ミレルが未成年ではなくてよかったとは思う。というか、自分より年上なことにびっくりしているが。
「さて、〈Suvi〉の遺跡まであと少しっスよ!」
とは言え、どちらにせよ、偶然にもアークの舎弟となってしまったミレルが哀れとしか言いようがないのは事実である。
◆
〈Suvi〉の遺跡。世界にはいくつものそのロストテクノロジーが詰め込まれた遺跡が存在している。そのテクノロジーが造られたのは三千年以上も前の話らしい。それらはアルビオン王国、インペリウム帝国、そして、グローリア連邦共和国の三か国にあった。そして、それら以外にも実はあるのだが――そこは、今回は割愛とさせていただく。だが、その内のグローリアにある遺跡からはまだ〈Suvi〉は発見されていないのだ。
見せてもらった〈Suvi〉の遺跡に関する大まかな記述。それを思い出しながら、カーリーは遺跡の入口に立っていた。ちなみにアークとミレルは中での喫煙ができないため、今の内に思いっきり吸っておくようである。
《タバコを始めるから、止められないのですよ》
なんて愚痴っているパティは誰がアークにタバコを勧めたのか、と目玉の光をカチカチ点灯させていた。そうこうしていると、一人の中年男性が遺跡内から出てきて、ミレルを呼んだ。どうやら、彼の父親のようである。事実、ミレルはアークたちに紹介をした。
「兄貴、姉貴! 俺の親父です」
「君たちが〈Suvi〉の遺跡を見学しにきたんだって? いいよ、いいよ。ミレルの友達だし、気が済むまで見ていってよ。何もないところだけど」
ミレルの父親はさっと各々にカードを渡してきた。名刺らしい。彼の名前はロギア・リーキタスという。アーク以外の者はその名刺にお礼を言うと、サックスが《あの》と挨拶の中で気になることがあったようだ。
《何もないのに、人がいるのですか?》
おかしな話ではある。これに伴い、パティも目玉を光らせて、同意するかのように反応した。
《何もないならば、価値がないはずでは?》
「おっ、これが噂のインペリウムのテクノロジーってやつ? そうだよ。何もなくても、ここの管理は必要さ。というよりも、ここは大昔から伝わるリーキタス家の土地だしね」
ミレルの父親――ロギア曰く、遺跡の類は〈遺跡協会〉という組織によって、考古学者などが派遣されて管理や調査を行わせるという。何でも、盗掘にあったりする可能性を防ぐためもあるからとか。そのため、リーキタス家は代々考古学者になるのが習わしだとか。
「世界には謎が多い。〈壁〉や〈滝〉はもちろんだけれども、〈Suvi〉みたいなロストテクノロジーがあった時代を誰も知らないんだ。だからこそ、それを解明するために遺跡などは保護する必要があるんだ」
《でも、歴史的情報は〈Suvi〉を基にした〈SHARE〉内にあるのでは?》
パティの疑問に、確かにと頷けた。世界は〈SHARE〉を通して全世界の情報を共有し、管理しているのだから。これにロギアは「それは〈SHARE〉ができてからの歴史ならすべて存在するさ」と答えた。
「〈SHARE〉を一般的に利用する前の歴史に関する記述書はすべて存在するわけではない。たとえば、三千七百七年に〈壁〉の調査をしていたフロンゼ調査隊の詳細はよくわかっていない。当時に電子機器があっても、長期間保存できる技術は存在しなかった。だから、その記録は不十分な文書だと言われている」
「なら、ここで〈Suvi〉を見つけて、そいつが知っている情報をすべて訊き出せばいい」
これ以上の話をする気ないとでも言うようにして、アークは勝手に遺跡内へと入ろうとする。だが、勝手に入ってもいいものか不安だとして、カーリーを始めとするパティとサックスは彼を止めた。
「何するんだ、放せ」
「いやいや、ミレル君のお父さんの話聞いてた?」
「聞いてた」
《それならば、自分勝手に足を踏み入れていい場所ではないはずです。ここは世界中が保護しようとしている重要文化財のようなもの。ロギア殿の案内があってこそ、中に入れるのですよ!》
どこまでも自分勝手な男、アーク。実際に、パティが言っていたことは事実だったようで、彼は渋々とミレルの父親の案内のもと、遺跡の中へと入るのだった。
〈Suvi〉の遺跡は洞窟でカモフラージュされており、内部へと足を踏み入れないとわからなかった。中へと入ると、壁床天井はすべて真っ白。周囲からは冷気が漂っている感じだ。そう感じているのは本当のようで、ロギアは「壁とかはとても冷たいから気をつけてね」と注意を受けた。
「ここが一応はホールみたいなところで、そこの通路の奥に行くと……本来ならば、〈Suvi〉がいるはずだったんだ」
案内されるがまま、奥の部屋へと行ってみると、何もない場所だった。ここに〈Suvi〉がいるはずらしい。だが、何もないからいないとしか言いようがない。
「おそらくは、隠し扉とかあるはずだと見込んではいるけどね。でも、全然わからないんだ」
隠し扉の可能性。カーリーは頷きながら、何となく壁に触れてみた。本当にとても冷たくて、びっくりしてしまうほど。
――これ、どうやって作ったんだろ?
ここまで冷たいのだ。大昔はどんな技術が使われていたのやら。
本当に何となくではある。その何となくで、カーリーが壁を軽く叩いたとき、違和感があった。あれ? なんだ、これは。もう一度叩く。今度は別の場所から。同じ場所を叩いた。
――まさかね。
「サックス、お願いがあるんだけど」
《何でしょうか》
「ちょっと、ここらへんをスキャンしてもらっていい?」
サックスに壁のスキャンを頼み込んだ。それに誰もがこちらを注目する。何事だ、とアークも珍しく気にしているようだった。
「何してんだ?」
「うん。なんか、壁をちょっと叩いたときに違和感があったから」
「違和感?」
なんてアークが片眉を上げていると、サックスのスキャンが終わったようで、彼女は《よくわかりましたね》と目玉の光を激しく点灯させていた。
《微弱な反応ですが、ここに空洞があるようですね》
「ええっ!?」
その衝撃に、ロギアは雷に打たれたような顔をする。これまで、隠し通路などの調査を長い月日をかけてやって来たのに!?
「僕、ある程度空間把握できるのに!? スキャンできる魔術工学機器あるのに!?」
《いえ、ルーメン民族以外は難しいと思いますよ。僕もカーリーに言われなければ、見逃していましたし。壁はかなり分厚いものですし》
知らない、把握できなかったのはありえない話ではない。だから、落ち込むことはない。そう言われても、ロギアはちょっとだけプライドが傷付いた。はあ。
「じゃあ、この先に〈Suvi〉がいるってか?」
そう言うアークに至っては、手元に術式魔法弾が。それを見た誰もが「待て」と制止を掛ける。
「兄貴、それは流石にダメですよ!」
「そうだよ。ここは、保護されている場所だし、手荒な真似はアークの立場すらも危ういから!」
是が非でもその開け方は止めろと言われ、渋々従うしかないアークは「どうするんだよ」と魔術を消しても不満は消えないご様子。
「このままぶち破る以外のやり方で開かない扉を開けるのか? そんな非合理的なやり方をしようとするなら、まだぶち破った方が〈遺跡協会〉ってやつらの活動も盛り上がるだろうに」
「それはアークに対する批判活動しか見えてこないんだけど?」
いいから、魔術は使うな。そう咎められたSIPW8-00000は大きくため息をつきながら、壁に触れた。
「どうしたものか。ここじゃ、魔術は使えねぇし、タバコも吸えない。何もいいことがない場所じゃねぇか」
《人工生命体についてここで調べると宣言したのはあなたですけどね》
「言うじゃねぇか、ポンコツ二号」
なんてアークがサックスを睨みつけたときだった。地響きが鳴ったかと思えば、彼が手に触れていた壁が扉のようにして開かれ、通路が露わとなったのである。これに一番の驚きを見せたのはロギアである。どうして、なぜに? そんな疑問が彼らを襲うが――。
《ますます、アークが人工生命体である可能性が高くなりますね》
サックスがそういうものだからミレルは「すげぇ、兄貴!」と尊敬の眼差しを向けていた。
「兄貴が人工生命体だなんて、カッコいいじゃないスか! うぉぉおお! 俺ってば、興奮してきた!」
いよいよとアークが人工生命体である説が濃厚になってきた? だとしても、周囲がそう思おうが、決めつけようが――カーリーはそう感じることはない。彼が人工生命体であるとは考えられなかったのである。だがしかし、否定的になるとしても、その証拠はもとより論すらもない。いわゆる、感でそう思っていたのである。
そして、当人は自分のことを人工生命体だなんて言われても、何の反応もせずして「先に行ってもいいよな?」とロギアにそう言っていた。
「ここが保護区域ならば、俺たちが立ち入り禁止にされる前に、〈Suvi〉に訊きたいことがあるんだ」
「……ああ、構わない」
もしも、この壁が開けられた理由が、人工生命体として反応したのであるならば? それとも、彼に〈Suvi〉の遺跡と何か関りのある存在であると判明するならば? そう考えるだけでも、〈Suvi〉の対話で何かしらの歴史を塗り替える可能性だってある。
その歴史とは? これまで誰も知ることがなかった、〈壁〉や〈滝〉の向こう側を知ることができる。行き来ができる。それすらも可能にできるはずだろう。それだからこそ。そう思うからこそ、ロギアは許可を出した。もしかしたら、世界的大発見となりえることがこれからももっと起こるかもしれない。
ロギアの許可が下り、SIPW8-00000たちは隠し通路を歩き始めた。ずっと閉じ込められていた空間だからなのか、先ほどの場所よりもとても寒かった。吐く息が白い。鼻先、指先が冷たい。思わず、鼻水が垂れそうだ。
隠し通路入口から七十歩足を進めたところで――妙な存在を見つけた。ただ広い空間の中、そのど真ん中に小さな丸い球体があったのである。大きさからして、人差し指ぐらいか。ロギアが「あれが〈Suvi〉みたいだ」と教えてくれた。
「資料で見たことがあるぞ」
SIPW8-00000が〈Suvi〉に近付こうとしたときである。急に、その小さな球体は空中へと浮かび上がり――文字の羅列でできた巨大な真ん丸の身体へと展開した。これに彼が小さく変な声を出したのは言うまでもない。ちょっと、びっくりした。
《情報データ初期化中。しばらくお待ちください》
口調からして、ポンコツどもにそっくりである。というか、機械だからなのだろうか。丸い形のボディーに共通点が?
ややあって、〈Suvi〉は《私に何の御用でしょうか》とこちらに問い掛けてきた。
《質問? 点検? 私に御用があるのは、そこの〈アルカナ人〉ですか?》
「〈アルカナ人〉? 兄貴はインペリウム人っスよね?」
ミレルがこそっと耳打ちしてきた。その問いにカーリーは頷く。確かにアークはインペリウム人である。魔法エネルギーの探知でも必ずインペリウム人であることを示していたから。だとしても、一番気になるのは〈アルカナ人〉というキーワード。初めて聞く名前だ。それはもちろん、誰もがそうであるかのように、ロギアが「昔のインペリウム人とかの呼び方なのか?」と憶測を立てていた。
「それとも、昔に〈Suvi〉を管理などしていた、今は存在しない一族とか……? それとも、ミレルたちが言う人工生命体の別の意味としての名前という可能性だってある?」
《だとしたら、アークがインペリウム人である説明はどうなるのでしょうか?》
「全くわからないな。だけれども、こちらが横入りする隙間がなさそうであることは間違いなさそうだね」
明らかに〈Suvi〉はアークのことだけを見ている。カーリーたちのことはまるでいないような扱いをしているようだった。
《何用ですか》
「人工生命体について、訊きたいことがある」
《『人工生命体』について検索中……申し訳ありません、データがありません》
「フロースの花について訊きたいんだが」
《『フロースの花』について検索中……申し訳ありません、データがありません》
「俺のことを〈アルカナ人〉と言ったな? どういう意味だ?」
《『アルカナ人』について検索中……申し訳ありません、データがありません》
何ともおかしな話だ。これにSIPW8-00000は珍しく悪態をつくことはなく、逆に驚きだとでも言うようにして目を見開いていた。
「じゃあ、インペリウムについて訊きたい」
《『インペリウム』について検索中……申し訳ありません、データがありません》
《僕たちより、こちらの方が “ポンコツ” という称号は相応しいかと》
思わずなのだろう。パティがぽつりと呟くように言った。その発言にサックスが《同意します》と反応していた。
《わたくしたちの方が、情報はたくさん揃っておりますよ》
だが、そんなポンコツたちのやりとりを無視するかのようにして(実際は聞こえていて、イラついている?)、SIPW8-00000は「だったら」と口を尖らせた。
「あんたが知っていることはなんだ? 何もないって言うなら、最初から何もないと言え」
どことなく、壊す気満々の雰囲気を漂わせているあやしいアーク。壊される前にとカーリーは彼に近寄ろうとすると、〈Suvi〉は《『ヌンティウス』という情報ならば、あります》と答えるのだった。
《昔、光を独占した王を封印した勇者がいて、その勇者は王を倒すのに〈ヌンティウス〉を手に入れたとか》
「それは何の話だ? それに何の意味があると?」
《〈ヌンティウス〉確かに存在しています。それは〈アルカナ人〉であるならば、誰もが知るはずです。私は在処を知りません。それだけです》
これ以上、言うことはない。そう言いたげに〈Suvi〉の身体は小さくなっていく。床に転がり、うんともすんとも言わなくなってしまった。
この場に沈黙が訪れるが、ロギアが「光を独占した王と言ったら」と何か思い当たる節があるようで――。
「リヒト王だな。まさにおとぎ話に出てくる悪役。そして、そのリヒト王を闇の底へと封印した勇者デア」
「じゃあ、〈ヌンティウス〉ってなんだ? 武器のことか? それとも、魔術のことか?」
ロギアは首を横に振った。わからないらしい。
謎を解きに来たのに。カーリーはそう思う。解決するどころか、謎が増えるだけだった。〈アルカナ人〉って? 〈ヌンティウス〉? リヒト王? 勇者デア?
「わからないが、そのおとぎ話関連で調査対象になりそうなのはデア神殿だろうな」
一瞬だけ思った。本当は、アークがおとぎ話ほど大昔の人物で――いや、そうなると、誰が復活させたかになる。一つだけそれが確信に変わるならば? 一人だけ真相を知っている人物がいることは忘れてはならない。自分たちがとことん調べ上げてもわからないならば、もはやその人物を頼るしかないのである。
死に際のSIPW8-10001が言い残したとある人物の名前。
レグルス宰相。
◆
インペリウム帝国帝都ケチュータ。その都市の更なる中央には皇帝が住まう城が。更にその中を覗いていると、謁見の間から立ち去る奇妙な人物がいた。彼は顔全体――もしくは全身を隠すような服装である。
その人物は窓の外を見ているようだった。ようだった、というのは顔を隠しているからよくわからないのが現状である。遠くに見える〈祝福の空〉にはひびがあるのがわかる。これはとある人物がやった傷跡だ。その跡はあと数日すれば、消えるのだが――。
「彼女に呪いを掛けたのが間違いだったか」
その人物の声音はあまりにも皮肉的であった。




