聖人は悪人すらも受け入れる
[PT-004879の音声ログ:187.131=5726.185]
――台に物と硬貨を置く音。
《花タバコ一箱》
《インペリウム人なんかに誰が売るか》
《あ?》
《まあ、どうしてもって言うなら、一箱六万ラピスだね》
《そんな金ねぇよ》
《だったら、失せな。この国に足を踏み入れてきやがって》
《アーク、ここで暴れてはいけませんよ》
《じゃあ、このムカつくやつをどうしたらいい?》
《他を当たりましょう。ここで争ってはいけませんから》
《……町の方に行くか》
――硬貨の音。
《どうせ、町の方でもインペリウム人に売る物はないだろうけどね》
《ンだと、この――》
《アーク。行きますよ》
《チッ》
これでも一応、外出許可ぐらいはもらっている。そうSIPW8-00000は花タバコを購入しに来た。現在、彼はポンコツ一号と共にグローリアの町中にいた。そのポンコツ一号がタバコの害に関してのプレゼンを聞き流しながらだ。
「毎度、どうも」
ポンコツ一号の話をすべて聞き流しながらSIPW8-00000からお金を受け取るのは一人の老婆である。彼女は自分がインペリウム人だと知った上で快く商品を売ってくれる人物なのだ。そのため、SIPW8-00000は何かしら(ほぼ花タバコ)買う物があれば、この店で購入していた。
《アーク、僕の話を聞いているのですか?》
いくら説明をしても、タバコを止めようとしないSIPW8-00000に痺れでも切らしたか。ポンコツ一号がいつでも術式魔法弾を撃てるように構えてきたのだ。これを止めようとするのは彼――ではなく、マルガリータという名の老婆だった。
「いいじゃないさ。人間、好きなことをする。これって、結構大事なことだと思うよ」
《しかし、マルガリータ殿。僕はアークの体調管理をするという役目があるのです。もしも、アークがタバコによって魔術を使えなくなれば、明らかにグローリア連邦共和国軍からお払い箱となり、最悪は……》
「そんな話聞いたことねぇよ」
適当なことを言うな、とSIPW8-00000がポンコツ一号を店の外へと投げ出す。その後のことなんてお構いなしに「あんたの言う通りだよな」と同意をした。
「好きなことをする。いい言葉じゃねぇか。俺は大好きだ」
「まあ、自由奔放になり過ぎると、痛い目には合うけどね」
一連のやり取りにマルガリータは椅子に腰かけると「またおいで」と自分たちを歓迎してくれる。
「花タバコは人気商品だからね。それだけは常に切らすことはないからさ」
「また来る」
《それでは、また》
SIPW8-00000はポンコツ一号を連れて町中へと消えていく。自分たちが寝泊まりする場所がある町はいつも賑やか。首都内にある町だからという。だが、彼らが通る度に人々の声は小さくなる。誰もが怪訝そうな目でこちらを見てくる。マルガリータとは大違いだなと思う。
機械の目から読み取れる人々の表情は嫌悪感に満ちているようだ。そこまでして、インペリウム人のイメージは悪いらしい。その内、石とか投げてきそうな予感。それでアークが仕返しをしてきたらどうしよう。パティはそこが一番の不安であった。最近は我慢を覚えてはいるようだが、それはあくまでも相手がカーリーたちだからだ。初対面の人間が攻撃をすれば――見張りのグローリア連邦共和国軍人はいない。ストッパー役となりそうなカーリーたちもいない。正直言うと、彼一人で町に出ることはあまり好ましいとは思えなかった。それはアーク自身も理解しているはず。だが、白い目を向けられても外に出るのはマルガリータの存在が大きいのかもしれない。
自分に対して好意的な人間は当たり前のようにして、好意的になるはず。〈SIPs〉ではない、普通の人間になりつつあるアークは、きちんとマルガリータとの会話も成立させていた。だからこそ、彼女のもとへと向かうのだろう。
こうして町に出るか否か。パティは答えを出せずして、〈インシグネ・ゲネリス〉へと戻るしかなかった。
◆
「えっ、アークが町に出ることに対しての意見?」
あまりにも気になって答えを導き出せなかったから、答えを出してくれそうなカーリーに訊きに行ってみた。現在の彼女はドミナがしている研究資料の整理を手伝っていた。カーリーと一緒にいるサックスは《どうされましたか?》といまいち質問の意図がわからない様子。
《町というのはここ、〈インシグネ・ゲネリス〉から出たところにある場所ですよね?》
《はい、そこでアークはマルガリータ殿のお店で花タバコを買っているのです》
「それって、アークがタバコを買わないようにしたいってこと?」
そうカーリーが訊いてくるが、ドミナが「そうじゃないんじゃないの?」と彼女に新たな資料を渡す。
「そこの〈ニンギョウの目〉が言いたいことは、あの〈ニンギョウ〉がグローリアの町を出歩いていいかどうかってことじゃない?」
《その通りです。町に行く度に、人々から嫌悪感のある目を向けられるのです》
「アークは気にしているの?」
《気にはしていないようですが、僕としては攻撃してくる人が現れたときが一番気になるのですよ》
パティの言葉にカーリーとドミナが顔を見合わせた。彼の言いたいことは十分にわかるからだ。もしも、町の人がアークに攻撃をしてきたら? 元より気の短い彼は反撃することは間違いない。
「ああ、確かにね」
しかし、こうして相談してくるのは構わないが――アークの反撃を恐れて町への外出を制限するのは難しい行為かもしれない。というか、勝手に出ていきそう。
「でも、本人は視線を気にしていないんでしょ? だったら、大丈夫じゃ――」
「ないわねぇ」
カーリーの言葉を割り込んできたドミナに一同が注目する。彼女は当然でしょ、と自分の立ち位置から見える外を見た。
「あの〈ニンギョウ〉を心配するより、私としてはそのお店の人を気に掛けた方がいいと思うけどねぇ」
《なぜです?》
「〈ニンギョウ〉に商品を売るなんてグローリアの誰もがしないはずのことを、そのお店の人はした。だったら、売買しているところを見られるのは不自然じゃないと思うけど? 町中で買い物でしょ? で、その町の人たちはあの〈ニンギョウ〉を快く思っていない。後はわかるでしょ?」
「それって……」
店を経営しているマルガリータに危険が迫っている可能性があるということだろう。これはどうするべき案件か。アークが外出するべきかどうかの議論をしている場合ではないだろう。
《どうしましょう、カーリー》
珍しく、パティが困惑していた。とりあえず、カーリーができることは、マルガリータという人物の店の様子を窺うことぐらいだろう。それ以外でのことは完全に立ち入るべきものではないことはわかっていた。
そのようなことをカーリーが考えていると、ドミナが「行ってきたら?」と言ってきた。
「ほとんどの資料整理してくれたし。それに、お店の人が気になるんでしょ?」
「いいんですか?」
「逆の立場だったら、ほっとけって言うけどね。お店の人はグローリアの人だし」
ドミナに許可をもらったカーリーは「ありがとう」とお礼を言うと、パティたちを引き連れて問題の店へと向かうのだった。
◆
指定された場所で喫煙をする羽目になったSIPW8-00000は呑気に窓の外を眺めながら花タバコをふかしていた。紫煙が自分の周りにまとわりつくが、嫌ではない。そのようにしてリラックスをしていると、「能天気だな」とどこか疲れ気味なあいつがやって来た。ルーメン民族の女を好きなやつだ。彼もまた花タバコを取り出して一服し出す。
「今は一人か」
「基本一人だな。タバコ吸えるのがここだけになったし」
その返答に「そうか」と短く反応した。
二回ほど煙を吐いたとき、ルーメン民族の女を好きなやつは「クオンからの伝言」とIDSHAREを取り出しながら教えてくれた。
「アークが暇なときでいいから、自分の研究室に来て欲しいだとよ」
「あの小さいのが? 実験か何かか?」
「そこは知らん。何か頼みごととかしていたか?」
「いいや、何も身に覚えがない」
間違いなく、記憶にはない。そう言うSIPW8-00000は短くなった花タバコを灰皿に押し付けた。その様子を見てそいつが「タバコはどこで買っているんだ?」と訊いてくる。
「ここの売店か? お前、結構な頻度で吸っているよな?」
その割には売店でアークの姿を見掛けないとジョクラトルは思っていた。一応はここで販売しているとは教えていたのだが。
ジョクラトルの質問にアークは「いや?」と答えた。
「町で買ってる」
町で購入しているという返答に、ジョクラトルは片眉を上げてしまった。どういうこっちゃ、と。日用品や嗜好品の大抵のものはここにある売店で購入できるはずなのに。花タバコにも様々な種類があるが、アークが愛用しているのは自分と同じもの。それも、売店で買えるものだ。
「なんでまた? 気分転換か?」
だとしても、アーク自身が外に出てしまえば、義勇兵宿泊施設〈インシグネ・ゲネリス〉の事務局も門兵も、町の人たちもいい顔をしないだろう。それは本人も体感できているはずなのに。
あまりにも気になるものだから、訊いてみると――。
「インペリウム人に売る物はねぇ、だとよ」
「…………」
「本当は暴れてやろうかと思ったが、先にポンコツ一号が止めてきたからな。どうせ、売る気がないなら外に出て買った方がまだマシだと考えた。あと、売るとしてもぼったくり値段だったし」
「それは……知らなかった」
「まあ、あんたとはほとんど会わないもんな。そうともなりゃ、会話も減るってもんだ」
アークの方を見た。面持ちからして、気にしてはいなさそうではあるが――ジョクラトルにとってはあまりいい話とは思えない。嫌に思う。
「……そんで、町で売ってくれる店はあったか?」
「一軒だけ。ばあさんが一人で経営している小さな店だよ」
もっと嫌なことが起こるかもしれない。窓の外を見た。たくさんの人々が行き交う道路を一際目立つ集団がいるではないか。一人はグローリア民族とは違う容姿をしていて、他は――人と言うより、機械だ。というか、遠くからでも見たらわかる。あれはパティとサックス。ならば、一緒にいる人物はカーリーだ。
「あいつら、どこに行っているんだ?」
アークも気付いたらしい。新しい花タバコを咥えて、窓の外を傍観していると、ジョクラトルが「お前、どうせ暇だろ」と言ってきた。彼はまだ長い花タバコを灰皿に押し付けて火を消した。もったいないなと思う反面、視線をアークにわざと合わせるようにして――。
「なんだよ、それ」
アークは眉間にしわを寄せて、花タバコを噛んでいた。
「ムカつくな」
「アークの言うお店の人の安否が気になるなら、一緒に来い。多分、カーリーたちだけじゃ……」
カーリーはルーメン民族だ。正直言うと、グローリアはクラルスと仲が悪いだけではなく、そもそものルーメン民族との折り合いがよくないのである。おそらく、彼女が動いているのは、パティあたりに相談でもされて、その店の人が危険だと覚ったから行動を移しているのだろう。
「もし、あんたの予測が現実になれば、俺はそいつらをぶっ飛ばしてもいいのか?」
「そうすれば、裁判でお前が勝てるかの問題に発展してくる。頼むから、これ以上は俺に仕事を増やさないでくれ。これでも、一日に数回のタバコタイムが楽しみなんだからよ」
「そいつは悪いな」
この言い分は殴り飛ばさないと見なしてもいいのだろうか。段々と不安になってくるジョクラトルは「問題は起こさないでくれよ」とアークに言うしかなかった。
◆
パティに案内されて、訪れたお店。アークの行きつけである店は――すでにめちゃくちゃだった。こじんまりとした店内は陳列されていたはずの商品で散らかっているではないか。その現状を見たカーリーは「ひどい」と一言発する。
「最初からこんな状態じゃなかったはずだよね?」
《もちろんですとも。数十分前に来たときは床に散らかってなどいませんでしたし》
《しかし、一体誰が?》
とにかく、マルガリータを探さなければ。カーリーが人の気配で探していると、彼女はすぐに見つかった。店の奥で頭を抱え込んでいるではないか。
《マルガリータ殿!》
パティの声にマルガリータは肩を強張らせていたが、その真ん丸の身体を見て一安心していた。
「ああ、確かインペリウムの子と一緒にいる……」
《僕はパティと言います。マルガリータ殿、お怪我は?》
「あたしは大丈夫だけど、お店がねぇ」
見れば見るほどひどい惨状であったことがわかる。一頻り店内を見ていたカーリーは「誰がしましたか?」と訊いた。グローリアの軍人? それとも町の人たち? ドミナが言っていた。グローリアの人たちの犯行であることは間違いないはずだが。
「さあねぇ……覆面をしていたからわからないよ。三、四人ぐらいだったと思うけど……」
――覆面? 犯人は顔を隠したがっていた?
ここでサックスが《魔法エネルギーに関する情報はありませんでした》と報告してくれた。
《犯人は魔術を使わずして犯行に及んだようですね》
「何だか、あやしいな。それ」
後ろからジョクラトルの声が聞こえてきたかと思えば、アークも一緒にいた。彼は店内の惨状に顔をしかめている。
「ジョクラトル! えっ、あやしいってどういうこと?」
店をぐちゃぐちゃにするために、あえて魔術を使わなかったことがあやしい?
「犯人は多分、魔法エネルギーを軍か何かに知られることを恐れているんだと思う。ということは、前科持ちの連中の確率が高いか、もしくはそこら辺の事情に詳しいやつか、普通に頭がいいやつかだ」
ジョクラトル曰く、グローリアでの犯罪者は軍より魔法エネルギーの質を調べられるとのこと。確かに、個々の質に違いはある。同じ民族であっても、精密な魔術工学機器を利用すれば、判別は可能なのだから。
「おばあさん、ここ最近でおかしな連中が来店した記憶はありますか?」
「よくわからないよ。その子以外の客はみんなして、インペリウム人と関わるなって言ってくるだけだし」
なかなかの手詰まり。これにジョクラトルがあごに手を当てていると、カーリーは店の外に出て周囲を見渡し始めた。パティやサックスに至っては店内を見ているが――。
「あたしはどうしたらいいのかねぇ。商品のほとんどがダメになってしまったし」
嘆くマルガリータをよそに、ジョクラトルはパティたちのところへと赴き「何かわかったか?」と訊いた。もしかしすると、彼らは犯人が残していった何かしらの証拠を掴む機能があるかもしれない。そう思って。
事実、その通りだったようで――。
《もちろんですとも》
《今がした、床にある足跡をすべて検知いたしました》
「それはすごい!」
《ただ、たくさんの足跡があるので、特定に時間が掛かります》
嬉しいお知らせではあったが、同時にしょうがないところが出てきた。それもそうだ。パティたちは床にある足跡すべてを検知したのだから。まだ犯人の物はわからないはずだった。彼らの答えにアークが「使えねぇな」と悪態をつく。
「一発でわからねぇのかよ」
《無茶を言わないでくれます? いくら、僕たちが〈OPERATOR〉だからと言って――》
《パティ、アークの相手をするだけ時間が過ぎます。放っておきなさい。早く特定に戻るのです》
《サックスの言う通りでした》
パティはアークの相手をするまい、と足跡の特定に急ぎ始めた頃――店の外からカーリーが「ああっ!」と声を出しているではないか。何事だと外へと出てみれば、彼女はどこかへと向かって走り出した。
だがしかし、足の速さには追い着けなかったようで――「サックス!」とサックスを呼ぶ。すぐさま彼女は来てくれた。
「ねえ、ここの足跡で新しいのを特定できる? あっちの方に逃げていった!」
流石はルーメン民族。自分たちの会話が聞こえていたらしい。カーリーの言う足跡特定をするサックスはすぐに結果を出した。
《特定完了。パティ、足跡の持ち主の情報です》
《ありがとうございます》
「よし、ポンコツども。早く教えろ」
もちろんですとも、とアークに情報提示をする前に、ジョクラトルが「待て」とパティを掴んできた。
「ちょっと待て。お前、犯人を追い掛けてどうするつもりだ?」
「どうする? そんなの――」
「お前が持っている常識以外の考えで答えてもらう」
アークとジョクラトルの目が交差した。しばし、互いをじっと見つめていると、アークが「ここに連れ戻す」と明らかな不満顔で答えた。
「そんで、あのばあさんに謝ってもらって、店の片付けをさせる」
「じゃあ、訊く。アークからの制裁は要ると思うか?」
「……要らない」
「犯人は誰からの制裁を一番受けた方がいいと思うか?」
「ばあさん」
「上出来だ。犯人は複数のはずだから、分かれて追おう」
ジョクラトルの合図により、アークはパティと。カーリーとジョクラトルはサックスと共に店荒らしを追うのだった。
◆
サックスの後を追いながら、カーリーは思っていた。気になる。だからこそ、半歩先を走るジョクラトルに「ねえ」と訊いた。
「アークが気になるなら、一緒に行動はしないの?」
もっともな話。あれだけのことを忠告するというのは、アークが追い詰めた犯人を痛めつける可能性があると見込んでいるからだろうに。それなのに、今回の彼のストッパー役はパティのみ。強引なアークの命令は逆らえないのに。
その疑問があったが、これにジョクラトルは「いいんだ」と前だけを見ていた。
「カーリーだって、知っているだろ? アークは変わってきているんだ。いつまでも、付きっ切りなのは……子どもじゃないんだし」
「そっか、そうだよね」
カーリーがそう納得したところで、彼女とサックスが、犯人が路地へと入っていく姿を捕らえた。ということは、入り組んだ道を彼らは知っているということになる。ならば――。
「ジョクラトル、飛ぶね!」
サックスがカーリーの背中へと寄って、羽になろうとするが――。
「止めておけ」
何でも、町に条例があるらしい。町中で魔術を使うことは原則禁止である、と。
「おまけにカーリーは外国人だ。下手なことをしていると捕まる」
「そんなぁ!」
二人が使えるカードはただひたすら相手を追い掛けることである。
「だったら、アークはそれ守らなさそうだけど!?」
「一応は目で訴えたけど……そうではないことを祈るしかないな。カーリーたちはそのままあいつを追い掛けてくれ。挟み撃ちをしよう」
アークに対する不安は残っているが、とにかくは犯人を捕まえることが先決である。そのため、ジョクラトルは間道へと入った。狭い道。邪魔なごみ箱。浮浪者が地面に座っている物だから――。
「すみませんでしたっ!」
間に合わずして、踏ん付けてしまう。最悪としか言いようのない状況。それでも、犯人に近付いているという感覚はあった。後は――。
町中で魔術の使用は禁止。であっても、壁や建物を自力で乗り越えるということは問題のないはず。だって、これは魔法エネルギーを使用しているのではなく、自分の体力を使っているのだから。
その行動をジョクラトルはもちろんのこと、実はカーリーもやっていたことを知るのは後の話である。
◆
カーリーは一つ、二つと建物の屋根を飛び越えた。ここでは屋根に足を着けている。魔術はおろか、魔法エネルギーは一切使っていない。使えないという条件はこれまでに経験があったから手こずることはあまりない。屋根の上から路地を見渡した。
「ジョクラトル発見」
すぐにジョクラトルを見つけた。続いて、犯人の居場所は――この目で見ているからわかる。いた。あそこだ。
「サックス、先にあっちに行っていて」
《カーリーは?》
「私は別ルートから行くから」
◆
インペリウム人が後ろから追い掛けてきているのがわかった。何度か遠くから見たことはあるが、ここまで間近に迫ってきているの初めてだった。
後ろから追ってくるインペリウム人を気にし過ぎて戸惑いを隠せなかった。まさか、あの忌々しいやつらがこの土地に足を踏み入れてくるなんて。グローリアの誰もがインペリウム人に恨みを持っていると思っていたのに。
始めは店の店主に忠告をしたつもりだった。なぜならば、歴史で習ったから。インペリウム人は卑劣であり、国の領土の一部を勝手に奪っていた者たちだから。戒めのつもりで、伝えたのに。それなのに、彼女はその忠告すらも聞き流して――。
――なんでだよ!
ちょっとした脅しのつもりだった。それなのに、あのインペリウム人は店主のために自分を追っているだなんて。冗談じゃない。もう訳がわからない。
――しかも、よりによって俺の方に来るなんて!
仲間たちとは分かれて逃げたはずだ。まさか、自分の方にインペリウム人が来るとは思わなかった。それだからこそ、必死になって逃げる。しかも、ちらりと後方を見れば、妙な機械までいるじゃないか。恐ろしい!
自分たちの計画では、インペリウム人が悪いと周囲に見せしめるために店を襲うことが第一段階。そして、店主も誰もかもが、あいつがいるからだと憎悪を仕向けさせる予定だった。それでも、こうして犯人を捕まえようとするものならば――町の人たちに手を出せば、何かしらの処分が待っているはず。最終手段が今まさに、この状況であるも――。
――怖い。
当たり前だ。よくわからない外国人が自分を追い掛けてきているのだから。当然だ。町で唯一インペリウム人受け入れていた店がめちゃくちゃだもの。あいつが怒って追いかけてくるのは至極当然!
――ああ、そうだ! 声を出せばいいんだ!
逃げることに必死になっていて、忘れていた。だからこそ、大声で「誰かぁ!」と叫んだ。
「誰か、助け……!?」
だがしかし、皮肉なことに逃げた先には――行き止まり。目の前にある壁を乗り越えようにも、高過ぎて不可能。踏み台すらもない。これはもう、もっと大きな声で叫んで助けを求めるしかない。
そうして、勢いよく息を吸ったときである。
《そこまでです》
いきなり、拘束された。後方を見れば、あのインペリウム人が息を切らして立っているではないか。光のない目をこちらに向けている。
これは本格的に危険。慌てて声を上げようとする前に――。
「ポンコツ一号、口も塞げ」
体を拘束していた物が口までも塞ぐ。これでは助けを呼べないではないか。誰もいない路地。それも逃げ道なんて一切ない場所。恐怖心以外のものなんてあるはずがなかった。
インペリウム人は盛大に息を吐くと、嗤ってきた。
「助けは呼ばせねぇからな」
――嘘だろっ!? 俺、どうなるの!?
「さぁて、どうなるだろうなぁ?」
人間ってこんな風にして不気味な笑顔ができるのか。もはや、絶望しかなかった。
◆
今、犯人が角を曲がった。だが、ジョクラトルは曲がらずして、跳躍をつけて壁を乗り越えた。
「うわぁ!?」
一気に距離が縮まったことによって、犯人が情けない声を出す。これでご尊顔は把握した! ――と、言いたいところだが――。
「前を見ろ」
ジョクラトルにそう言われて、何のこっちゃ状態の犯人。半信半疑で前方を見れば――。
《止まってください》
丸い機械がいた。それに急ブレーキを掛けようにも、ぶつかる――直前で、誰かとぶつかった。そいつではない。では、誰なのか。その場に尻もちをついた犯人が「なんで!?」とどうやら、知った人物にぶつかったようだった。ちなみに先ほどまで目の前にいた丸い機械は真上へと逃げていた。
「いつの間に!?」
「そんなの関係あるかっ! 早いところ――」
「無駄なんだからっ」
前方からはカーリーがやって来た。どうやら、彼女にとっては二段重ねの挟み撃ち作戦だったようである。以外にも二人を同時に挟み撃ちできるものだな、と思いつつもジョクラトルは「一緒に来てもらおうか」と相手を見下す。
「理由が何であれ、お前たちがしたことは立派な犯罪だ」
「このっ……売国奴がっ!」
ひどい言われよう。感情的になることはないにしても、ムカっ腹は立つ。一発殴りたい気持ちはある。だが、グローリアという土地に足を踏みしめているせいか、なかなか実行ができないでいた。
犯人たちがジョクラトルに攻撃を仕掛けてこようとするのだが、そうなる前に――。
「サックス、二人を拘束」
《かしこまりました》
カーリーの命令でサックスが犯人を拘束した。これにより、二人は喚き散らす。この騒ぎで周囲の人たちは怪訝そうにしているが、悪いのは彼らである。
「魔術が禁止ならば、魔術工学で造られた機械の使用は問題ないよね」
条件の隙をついた彼女の一言。カーリーは「後は任せてよ」と言った。
「サックスと一緒にお店に戻っているからさ。ジョクラトルはアークの手伝いをしてあげて。絶対、パティだけじゃ制御できないと思うんだ」
「あ、ああ」
カーリーがそう言うのであれば。ジョクラトルが行動を移そうとしたときである。
「俺のことをバカにしてないか?」
二人組が現れた。一人はパティに拘束されており、もう一人――アークは不機嫌そうな顔でこちらに近付いてきているではないか。だが、心なしか犯人は顔が青ざめているようである。これを不審に思ったジョクラトルが「何もしてないよな?」と訊ねた。
「その人、顔色が悪いみたいだけど」
「何もしてねぇよ。元から青かったけど?」
アークが犯人に同意を求めると、すぐさま反応するかのようにして激しく肯定した。ますますあやしい気がするが? 逆に不安になってくる。
「あの、本当にこいつは何もしていませんでしたか?」
「何もしていません、何もしていません、何もしていません、何もしていません、何もしていません、何もしていません、何もしていません。この方は何もしていません」
「……アーク?」
「本人が何もしていないって言うんだから、問題ねぇよ」
本当に何もなかったら、顔は青ざめていないだろうし、どこか怯えるはずもないだろうに。だとしても、これぐらいがちょうどいいのかもしれない。ジョクラトルはあまり深く考えようとはせず、犯人たちをマルガリータの店へと連行していくのだった。
◆
老婆店主の判断で犯人たちは歓喜に満ちていた。なぜならば、自分たちの罰は店内の片付けだけで済んだから。どうも、彼女は寛大な心の持ち主のようである。いや、そこで花タバコを吸ってふんぞり返るインペリウム人と売買関係を築いているならば、そうであろう。
カーリーも犯人たちと一緒になって片付けながらアークに「よかったね」と言っていた。
「これでアークはまた買い物ができるよ」
《だとしても、僕は、タバコは止めていただきたいのですがね》
未だとして、アークの喫煙に不満があるパティ。だとしても、そのようなことはお構いなし状態の彼は紫煙を燻らせながら「いいじゃねぇか」と反論をした。
「人間、自由が一番。なっ、ばあさん。なっ、ミレル・リーキタス君」
すぐさま犯人の一人――おそらくはミレルという人物が「その通りですね、兄貴!」――妙な舎弟関係になっていやしませんかね? この反応に誰もが不振がるのも当然で、犯人の仲間たちが「どうしたんだよ」と言う傍らジョクラトルが「お前」と呆れる。
「やっぱり、彼に何かしただろ」
「何もしてねぇって。なっ、ミレル君」
「ええ、そうですとも!」
「なっ、ばあさん」
「そこをあたしに訊くのかい?」
「……絶対、脅しか何かはしているよ」
カーリーは一人小さくツッコミをするのだった。だとしても、インペリウムの人間であったアークがグローリア連邦共和国の人に受け入れられる第一歩であることは確信できた。マルガリータという老婆がいたからこそ、彼もまた成長ができた。ただ――。
「ミレル君。俺、花タバコでグレードタイプ吸ってみたいんだけど、奢ってくれない?」
「もちろん、喜んで!」
ミレルに関しては可哀想としか言いようがない。




